エメへの手紙
『親愛なる エメへ___』
もう何枚もそう書き始めては、途中で丸めて屑籠に捨てていた。
収穫祭五日目の最後の任務、会場内の巡回を終えて部屋に帰ってから、机に向かってエメへの手紙を書いていた。明日、エドウィン達は王都を離れてフィレイナードへ帰るから、今晩のうちに書かなければならない。
エメに僕の気持ちを伝えるだけでいいと思うのに、書いているうちに言い訳だらけになってしまう。
「あー、なんて書こう!」
大きな独り言を吐いて、天井を仰いだ。
天井を見つめても言葉が降ってくることもなく、ぐぅ…っとお腹が鳴った。
「はぁ……」
緊張感のない自分にため息を吐いて、帰り道の屋台で買っておいたパンを口に運んだ。香草入りの肉団子をパン生地で包んで揚げたものだ。腹持ちが良く、味も悪くないので、兵舎の食堂すら行くのが面倒な時によく買って帰っていた。ただ、手が油まみれになるから、ひとまず手紙を書くのは中断だ。
行儀が悪いが、パンを咥えたまま、手紙に何を書こうかと部屋を歩いたり、ソファーの背もたれに軽く腰をかけたりとウロウロしながら考えを巡らせた。
酒の一杯でも飲めば勢いがつくだろうかとも思ったが、酔っ払って書けなくなるのがオチだろうと我慢する。
パンを食べ終え、手をきれいに拭うと机に戻った。
「よし、今度こそ書き上げよう」
残り少なくなったエメ用にと用意した薄緑の便箋に、また『親愛なる』から書き始めた。
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親愛なる エメへ、
元気にしていますか。
収穫祭で王都に来たマリーさんが、貴女へ手紙を届けてくれると言うので、託すことにしました。
フィレイナードを離れて二年が経ち、今も毎日貴女を想っています。こんなに愛おしい貴女に、二年前、きちんと私の気持ちを伝えなかったことを、今更ながら後悔しています。
そして、このような大切なことを手紙で伝えることを許してほしい。
私は、貴女のことを心から大切に思っています。それは、この先何年経っても変わることはないでしょう。
今の私は、貴女のことを迎えに行ける立場にはありませんが、いつかそうできることを真に願い、その道を見つけるための努力は惜しみません。
その道が見つかった時には、必ず貴女を迎えに行きます。貴女が待っていてくれる限り、迎えに行きます。
貴女が私のことを待っていてくれたら嬉しいです。でも、気持ちが変わった時には、貴女のその気持ちに従ってください。
貴女は、貴女が幸せになれる道を進んでください。それが私の一番の喜びです。
次の夏には、貴女に会って改めて私の想いを伝えたいと思っています。
いつも貴女が笑顔でありますように。
心から貴女のことが大好きなルゥこと、
リュウ・シュライトンより
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「ふぅ、書けた……」
読み返したら、また書き直したくなりそうだ。誤字がないことだけ確認して、便箋と同じ色の封筒に手紙を入れ、普段よりも丁寧に封蝋をした。
◇ ・ ◇ ・ ◇
翌日、午前中に行われた軍楽隊の屋外演奏会の警備が終わるや否や、広場の屋台街へと向かった。
色とりどりのアクセサリーが並ぶ店の前まで来て、急に緊張してきた。手紙だけでは寂しいから小さなアクセサリーでもと思ったが、いざ選ぶとなると、喜んでほしいという欲が出る。
屋台に並べられたアクセサリーを順に見ていった。
「お兄さん、恋人に贈り物かい?左半分だけじゃなくて、反対側のもお勧めだよ」
そう言われて向かって右手もちらりと見た。確かに可愛らしいものが並ぶが……
「そちらの石はイミテーションだろう?小さくともちゃんとした品を贈りたい」
「へぇ、驚いた。お兄さん目が利くね。じゃあ、特別にこれを見せてあげるよ」
そう言って屋台の主人は、棚の下からアクセサリーが五つだけ乗ったトレーを出してきた。
元々、陳列されていた商品も左半分は天然石を使ったものだったが、トレーの上に並ぶのは、質が違った。
「屋台でも、このように質がいいものも置いているんですね」
「特別だって言っただろう。わかる人にしか見せないよ」
そう言って、店主は笑った。
母や姉のアクセサリー選びに付き合って、宝石商の持ってきた石を一つ一つ確認していたあの苦痛以外の何ものでもない作業が、役に立つ日がくるとは。
トレーの上のローズピンクの石を使ったブローチを手にした。エメがマリーの結婚式のお祝いに駆けつけた時のピンクのドレスより少し濃いピンクで、透明感のあるその石が、エメによく似合うだろうと思った。
値段が少し高いと思ったので、交渉して妥当な価格で買うと、「お兄さんに高く買ってもらおうと思ったのに」と店主は悔しそうな顔をしてから、「想いが届くことを祈ってるよ」と言って、ブローチを可愛らしい袋に入れてて渡してくれた。
◇ ・ ◇ ・ ◇
午後の任務の前に、約束した場所へ向かうと、エドウィンとマリーが帰り支度を済ませた格好で待っていた。
「これをエメに渡してもらえますか」
そう言って手紙とブローチが入った袋を手渡すと、マリーはにっこりと微笑んだ。
「はい、確かにお預かりします」
「エメちゃんの反応は、また俺からの手紙に書くよ」
「ああ、そうしてくれると嬉しい」
エメがあの手紙を読んでどう思うか、正直怖い。今頃勝手なことを言って、と気分を害するかもしれない。それでも、僕の気持ちは伝えるべきだと、そしてどのような反応であっても受け止めるべきだと思った。
と、その時、背中をバシッと叩かれた。
「リュウ、緊張してるのか?心配するな。失恋したら慰めてやるから」
カラッと笑うエドウィンを睨んだ。
「僕の想いが届くように願ってくれよ」
「ははは、願ってる、願ってる」
ちっとも気持ちがこもっていないが、かえって気が楽になった。
「馬車の用意ができたみたいだわ」
マリーの声にエドウィンは大きなカバン二つを両手に持ち、馬車に積み込んだ。僕も残った一つを持ち、それを御者に渡した。
「気をつけて、エド、マリーさん」
「ありがとう、リュウさん。楽しかったわ」
「リュウ、近衛兵団は大変だろうが頑張れよ。エメちゃんは、お前が帰ってくるまで俺たちも見守ってるから」
「ああ、ありがとう。すごく心強いよ」
「まあ、夏には帰ってこい」
「僕も、そうしたいと思ってる」
その言葉に、エドウィンは満足そうに僕の肩を叩いて、マリーに続いて馬車に乗り込んだ。
馬車はゆっくりと動き出し、窓から手を振る二人に向かって、僕も笑顔で手を振った。




