ポートレート(後編)
レストランの席に着くと、とりあえず事前にウィルから聞いていたおすすめの料理をいくつか頼み、運ばれてきた酒で二年ぶりの再会に乾杯した。
「二人の結婚式に行けなくて、申し訳なかった。今日は二人へのお祝いとマリーさんが描いてくれた絵へのお礼だから、遠慮なく食べて欲しいんだ」
去年の夏にエドウィンとマリーの挙式が執り行われたが、僕はフィレイナードまで帰ることが叶わず、参加することはできなかった。
「そんな気を使わなくてもいいのに。元々来られないだろうって聞いてたからさ。婚約の時は来てくれたしな」
「いや、ちゃんとお祝いさせてほしい」
「それなら、遠慮なくご馳走になろうかな」
エドウィンの言葉に、僕も笑顔になった。そして酒を飲み始めると、マリーがエメの話を始めてくれた。
「エメちゃんはね、挙式の前に、私の控室には来てくれたのよ。可愛らしいブーケを作ってくれて。今でもドライフラワーにして部屋に飾っているんだけど、ハーブで作ってくれたみたいで、とってもいい香りがするのよ」
「ラリーがエメちゃんを連れてきてくれたんだ」
「ラリーが?」
―――聞いてないぞ、ラリー…
「控室に来るだけなのに、可愛らしく着飾ってきてくれてね。嬉しかったわ」
「そうなんですね。僕も見たかったです…」
「そうかと思って…、ふふふ」
マリーがイタズラっぽい顔をして、鞄から布に包まれた何かを取り出した。その布を捲ると……
「そっ、えっ、ぅわぁ…」
僕の口から言葉にならない声が漏れた。
エメのポートレートだ。そこには、淡いピンク色のドレスを着て手には小さなブーケを持ったエメが描かれていた。
前にもらった姿勢を正したものとは違い、その表情は自然で柔らかく、マリーのウェディングドレス姿を見たエメの祝福の気持ちが伝わってきた。僕は、見ているだけで幸せで心の中が温かくなるような感じがした。
そのキャンバスに触れてもいいかと僕の手は宙をウロウロしていた。
「これ、売ってくれませんか⁈」
「あはは、貴方に見せたくて描いたものだもの。お金をいただくつもりはないわ」
「いいんですか?こんなに素敵な絵は、お金を出してもなかなか買えませんよ」
「もちろん。受け取っていただけると嬉しいわ」
「ありがとう。前にもらった絵も素晴らしくて、今日はそのお礼のつもりだったのに、また今度改めて……」
「ふふふ、今日のこの食事で十分だわ。何より貴方のそんな嬉しそうな顔が見られたもの。さあ、どうぞ」
僕はマリーからその絵を受け取った。嬉しくて手が震えた。
「可愛いでしょう?こんな可愛らしい子にお祝いしてもらって、私も幸せな気持ちになったわ」
「ええ、すごくすごく羨ましいですが、エメがこんなに嬉しそうな顔をしていたというのは、僕も嬉しいです」
「リュウ…、お前、エメちゃんへのベタ惚れが酷くなってないか?」
「そうかもしれないね。会えない分、想いが募っている気がするよ」
つい本心を口にしたが、言った後で恥ずかしくなってきて、僕は「ははは…」と誤魔化すように笑った。
そこへ料理が運ばれてきて、僕らはそれを取り分けて食べ、酒を飲み、楽しく話をした。
エドウィンの手紙から、マリーとエメが時々お茶をしているのは知っていたが、その様子までは書かれていなかったから、マリーから聞く話はどれもエメが楽しそうにしていて嬉しかった。
「リュウさん、エメちゃんに待ってるように伝えてないんですって?」
ふとマリーの表情が真剣になった。
「それは……、僕は彼女を迎えに行くと約束できる立場にはないので…」
「でも、エメちゃんは貴方のことを待ってるわ」
「エメがそう言ったのですか?」
「いいえ、でも見ていたら、待っていることは明らかよ。待っててもいいのか、時々迷いながら。曖昧なまま待たせるのは、エメちゃんが可哀想よ」
マリーの言葉に、僕はハッとした。エメを悲しませたくないと思って、僕は『待ってて』の一言を我慢しているが、それが彼女を不安にさせていることに初めて気づいた。
「待たせるくらいなら、別れを告げたほうがいいと…?」
別れ、その言葉に胸が痛くなった。
「そうじゃないわ。貴方が迎えに行くつもりが少しでもあるなら、待っていてほしいって伝えるべきだってこと」
「そう言ってもいいのか?」
自信がなくてエドウィンに意見を求めた。
「お、俺に聞かないでくれ」
頼りにならなかった。
「どうしても迎えに行けなくなるような事態になれば、その時はエメちゃんも理解してくれると思うわ。賢い子だもの」
「約束して迎えに行けなくなるなんて、そんな酷いことしていいのでしょうか…」
「待ってていいのか、それとも待ってたら迷惑になるのかって迷いながら何年も待たせる方が酷くないかしら。貴方は優しさのつもりかもしれないけど、無責任よ」
「無責任…」
マリーの言葉が、次々と鋭く僕に刺さった。
「エメちゃんに約束するのは嫌というわけではないんでしょう?それとも、自由でいたいとか?」
「そんな、自由でいたいなんて!僕自身の都合で伝えていないわけじゃない」
僕だって迎えに行くと約束できるものなら、とっくに待っててほしいと伝えている。そう思うと口調がきつくなってしまった。マリーに当たることではないのに。
「あっ…あの…」
マリーに謝ろうと口を開いたが、彼女はにっこりと微笑んでいた。
「それなら、貴方の気持ちをエメちゃんにきちんと伝えるべきよ」
「……そうですね。僕の気持ちを伝えたほうがいいですね」
マリーの言うことは十分に理解できた。「でも、どうやって伝えたら……」思わず独り言を呟いていた。
「手紙なら預かれるわ」とマリーがにこりと微笑んだ。そして小声で僕に囁いた。
「___検閲なしでね」
マリーはまたイタズラっぽい顔をして僕にウインクした。
僕がエドウィンの顔を見ると、「マリーには敵わないだろう」と笑った。僕も笑うしかない。
こうして彼らが王都を離れる三日後までに、エメへの手紙を書いて渡すことになった。
◇ ・ ◇ ・ ◇
食事を終え、僕はあまり遅くならない時間に兵舎へと帰ってきた。
エドウィンとマリーはもう少し飲みたいと言うので、比較的上品な客が多い酒場へ連れて行き、その店の前で別れた。
今日はエメの話をたくさん聞けて、本当に楽しかった。この二年、マリーがエメを妹のように大事に思い、サドラー邸へ招いてお茶を飲んだり、一緒に絵を描いたりして楽しく過ごしている様子を知ることができて、本当に嬉しかった。
僕がお礼を言うと、マリーはきっぱりと言った。
「貴方のためにしたわけじゃないわ。エメちゃんが可愛いからよ。もし貴方が不誠実なことをしてエメちゃんが悲しむようなことがあれば、私が赦さないから」
僕がエメに対して不誠実なことをするなんて考えられないけど、その言葉にピッと背筋が伸びた。
そんなやりとりを思い出し、僕は一人で笑った。
そしてソファに座って、マリーから受け取った包みを開け、ポートレートを手にした。小さなキャンバスから溢れ出すエメの可愛らしさに、しばらくただただエメのことを思い出してため息が出た。
「ああ、エメに会いたいな…」
二年前、エメに「待っていてほしい」と言えずに別れたけど、僕は彼女に待っててほしかったんだと自覚した。
僕が迎えに行った時に、もしエメがいなくなっていたら、もし他の誰かを選んでいたら……その時に言い訳ができるように、逃げていただけだった。
それがエメを不安に思わせていたなんて…。エメに僕の気持ちが届くように、手紙を書こう。上手く書ける自信はないけど……
手にしたエメのポートレートを高く掲げて少し悩んだ。
―――どこに飾ろうか。
先にもらったもう一枚と並べて棚に飾るか、書類作業の時にすぐ見られるように机の上?いや、こんな可愛らしい彼女を、部屋を訪ねてきた輩に見せたくはないな。寝室にしよう。
寝室の小さな机にポートレートを飾り、その愛しい笑顔に「おやすみ、エメ」と声を掛けて、僕は寝台に潜り込んだ。
たとえ絵でも、エメの笑顔は僕の心を幸せな気持ちで満たしてくれた。




