ポートレート(前編)
夜更けまでディーンと酒を飲みながらたわいもない話を続けていたが、そろそろ明日に備えて寝ることにした。
「じゃあ、収穫祭が終わったら飲みに行こう。また誘いに来るよ」
「ああ、楽しみにしてるよ。おやすみ、ディーン」
「おやすみ」
ディーンは機嫌良く部屋に戻っていった。
僕もテーブルを片付けたらすぐに寝ようと、グラスを手にして顔を上げた時、「あっ…」と気づいた。
僕が座っていたソファの後ろの棚に、小さな絵が飾ってある。手のひらよりも一回り大きいくらいのキャンバスに、水色のドレスを着たエメが描かれている。
「飾ったままだったな…」
エメと別れて数ヶ月後、マリーが描いたこの絵をエドウィンが送ってきてくれたのだ。
僕が王都へ戻った後も、マリーはエメを誘って二人だけのティータイムを時々楽しんでいるそうだ。その中で、あの茶会でのドレスをもう一度エメに着せてこの絵を描いてくれたのだという。
最近、このような小さなポートレートを飾るのが貴族の――特に男性の間で流行っている、とエドウィンの手紙には書いてあった。恋人や妻の絵を飾ることが多いが、独り身の者は、特に誰というわけではなく、綺麗な女性のポートレートを飾るんだとか。だからお前も、気にせず飾れるんじゃないかとエドウィンは言う。この絵なら、ただ綺麗な女性だから飾っている、と誤魔化せるだろうって。
そう言われて本棚に飾っていたのだが、いつもは誰か部屋を訪ねてきた時は片付けていた。
今日は、うっかり飾ったままにしていた。ディーンはこの絵を見たのだろうか?特に何も触れなかったから、気づかなかったか、もしくは流行りのポートレート程度に思ったのだろうか…?
まあ、エドウィンが言うように、綺麗な女性のポートレートを部屋の装飾にしていただけと誤魔化せばいいか。
それにしても、マリーの絵の才能は素晴らしいと思う。絵の中のエメは、背筋を伸ばして凛とした雰囲気がある一方、表情は絵のモデルになることを照れたようにはにかんで、その少し赤らめた頬は温かさを感じさせた。そして、こちらを見つめている瞳の深い青色は僕の記憶そのままで、届いた時は思わずその絵を抱きしめた。
よく見ると、胸元には僕が贈ったネックレスまで描かれていて、エメがわざわざそれを身につけて絵のモデルになってくれたと思うと嬉しかった。
もちろん本人に会いたいが、この絵があるおかげで、寂しさが少し紛れた。
今年の収穫祭には、エドウィンとマリーも王都にやってくる予定だ。二日目に盛大なパレードがあり、国中の騎士団が団旗を掲げて王城から王都中心の広場まで行進する。それにエドウィンも参加するらしい。僕も近衛兵団の列に加わる。
パレードの日の夜に、三人で食事に行く約束をしているから、その時にマリーにはよくお礼を伝えるつもりだ。
◇ ・ ◇ ・ ◇
収穫祭の初日は、開会式が行われる広場で挨拶されるアレン皇太子殿下のため、その周辺の警護に当たった。その後は、時間ごとに交代して祭り会場内を馬で巡回した。小さな揉め事を除けば、特に問題なく一日を終えることができた。
翌日となる今日は、騎士団の騎馬パレードのため、早朝から王城の修練場に国中の騎士団の代表が集められた。パレードの流れや注意事項を確認した後、開始時間まで近くで待機となった。
「よぉ、リュウ、久しぶり」
聞き慣れた声に振り返ると、エドウィンが手を上げてこちらに歩いてきていた。僕も二年ぶりに会う友の顔を見て嬉しくなった。
「ああ、エド!久しぶりだな」
「リュウ、しばらく見ないうちにデカくなったか?」
「そう、かもしれないね」
僕より背が高いと思っていたエドウィンと視線が同じ高さになっていて変な感じがした。
「それにお前のその格好……、本当に近衛兵なんだな」
近衛兵の式典での正装は、白地に銀糸の刺繍が施された上着に紺のラインが入った白いパンツ、騎兵を示すゴールドで縁取られた青のサッシュを肩から掛け、紺色のマントを羽織る。式典でしか被らない羽飾りのついた帽子はマントと同じ紺色だ。
対して騎士団は、深緑に白の刺繍の上着に黒いパンツ、そして緑のマント、帽子は黒と見た目が大きく異なる。
「信じてなかった?」
「ああ…、剣が強いのは知ってるけど、どっちかというとぼーっとしてるからな。ちゃんと務まってるのか?」
「ははは、なんとかやってるよ」
昔から知っているエドウィンとの会話は、気が楽になった。近衛兵団は実力主義とはいえ、年上の団員ばかりに囲まれて気を遣っていたのかもしれない。
僕がそう言うと、エドウィンは「俺も年上なんだが?」とわざとらしく睨んだ。
程なくしてパレードの時間となり、騎士たちは馬に跨り王城を出発した。先頭は王城騎士団、その後ろに各地の騎士団の代表者たち、そして最後に近衛兵団が続いた。
僕は、色とりどりの団旗がはためくパレードの隊列を壮観だと後方から眺めていた。皆、背筋を伸ばして馬を歩かせているが、家族や恋人の前を通る時には笑みをこぼし、小さく手をあげたりしていた。隊列の中程にいるエドウィンも、沿道にマリーを見つけて手を振っていた。
―――ああ、エメも沿道から手を振ってくれたら、どれほど嬉しいだろうか……
叶わないこととわかっているから、周りにはわからないように小さくため息を吐いて諦めた。
◇ ・ ◇ ・ ◇
その日の夜、任務を終えて着替えてから、予約した街なかのレストランへ向かうと、エドウィンとマリーが先に着いて待っていた。
「待たせてごめん」
「いや、俺たちもさっき着いたばかりだよ」
隣でマリーも微笑んでいる。
「リュウさん、素敵なお店を予約してくださってありがとう。入る前から楽しみだわ」
ウィリアムに勧められた小洒落ているけど入りやすいという店を予約したのだが、気に入ってもらえたようでよかった。
「僕、邪魔だったら遠慮するから、二人で食事してくれてもいいけど…」
窓から見える店内はほとんどが恋人同士と言う雰囲気だ。エドウィン達に僕が同席していたら浮きそうだな、なんて思った。
「変な遠慮するな、馬鹿。お前に会いにきたんだ」
「そうよ。私、リュウさんに渡したいものがあるし、エメちゃんの話もしたいわ」
「それは…!僕も聞きたいです。同席させてください」
ころっと態度が変わった僕を二人は笑い、三人で店に入った。
久しぶりの更新で緊張します>_<。楽しんでいただけたら嬉しいです。




