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迷いの森、光る石の道しるべ  作者: 千雪はな
第6章 冬の訪れ
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それぞれの今

卓上ランプが灯された大きめの机に向かい、翌日からの収穫祭の警備計画の書類に目を通していた。


___コン、コン、コン


扉をノックする音で、僕は顔を上げ振り返った。窓辺に配置された机の後ろには、簡素ながら質の良い応接セットが置かれ、その向こうに扉がある。ここは僕の現在の部屋だ。


僕が近衛兵団に入り、間もなく二年が経とうとしていた。



去年の冬、騎士学校を卒業して寄宿舎からこの兵舎へと移った。ある程度階級が上がるまでは、近衛兵も騎士団の兵も兵舎に部屋をあてがわれる。王城の敷地内にあるこの兵舎には、近衛兵と王城騎士団の若い兵たちが寝起きしていた。


席を立って、ソファの背もたれをポンポンと叩きながら歩き、誰が来たかと思って扉を開けると、そこにはディーンが立っていた。


「おお、リュウ。一杯飲まないか?」


酒の瓶とつまみが入っていそうな紙袋を手にしていた。我が国では、18歳から成人となり酒が飲める。


「僕、明日は朝早いから、あまり遅くなると困るけど」


「わかってるよ。俺も明日は街の警備に出るからな」


明日からの収穫祭は、王都全域で様々な催しが一週間予定されている。国中から人が押し寄せ、警備をする側としては気の抜けない日が続く。


明日に酒が残っては問題だが、その前夜に少し酒を飲みながらリラックスする時間を持つのが兵たちの恒例となっていた。


「ディーンは、同じ隊の人達と飲まなくていいのか?」


「ああ、大酒飲みばかりで、明日に響きそうだからな。リュウと程々に飲みたいんだ。あっちは大部屋でうるさいしな」


ディーンも酒は強い方なのに、さらに大酒飲みとは恐ろしい。


「ははは、わかったよ」


僕はディーンを招き入れた。


ディーンはソファに座り、寛ぎ始めた。僕も机に置いていた書類を手に、ディーンの向かいのソファに座った。


「書類の確認がもうすぐ終わるから、先に始めてくれ」


「ああ、ありがとう」


ディーンは慣れた様子で、僕が座るソファの後ろの棚からグラスふたつとつまみを入れる木の器を出した。そして、グラスに琥珀色の蒸留酒を注ぎ「やっぱり個室はいいな」と言いながら飲み始めた。


近衛兵は、それなりの階級の者が選ばれることが多いからか、一年目から個室が与えられる。対して騎士団は入団してしばらく大部屋だ。王城騎士団に属するディーンは僕と同じ兵舎にある四人部屋で寝起きしているが、最大で十人部屋まであるらしい。体格のいい男どもが十人も同室だなんて、考えただけでむさ苦しい。稽古や任務の後、静かな一人部屋に戻れる贅沢に感謝した。


ちなみに、ウィリアムも王城騎士団に所属しているが、公爵家子息としての役割が多々あるため、兵舎に入らず王城のすぐ近くにあるウォルシュ公爵邸から通っている。


ジョージは、希望した故郷に近い南部辺境騎士団で頑張っている。隣国のプリアジュール公国と接する地で、国同士は友好関係を築いているが、国境付近では治安が悪い地域もあるため、訓練がかなり厳しいと聞く。でも、彼なら問題なくやっているだろう。


ニコラは騎士団ではなく、文官の道を進み、王城内で時々すれ違う。いつも書類を抱えて忙しそうにしているが、彼らしい選択だと思った。


「そういえば、ウィルはこの間会った時に、収穫祭の間、プリアジュール公国の公女様のお相手をするんだって言ってたな」


ディーンは豆菓子をつまみながら言った。


僕は書類から目を上げて、その話から記憶を辿った。確か、アレン皇太子殿下のお妃候補の一人だ。


「プリアジュール公国……ナタリア公女だっけ?アレン殿下のお相手が、セレン王国のオフィーリア王女に決まりそうだって聞いたけど、それで公女様のお相手にウィルが選ばれたってこと?」


「ああ、そうらしいよ」


「ふーん……」


家同士、領地同士、国同士の都合で結婚相手が決まる。僕らにとっては、珍しくない話だ。だから、自分のことのようにも思えた。


「リュウ…、お前が不安そうな顔してどうするんだ。お前の婚約相手を決めるのは、当分先送りにしてもらえたんだろ?」


「ああ、そうだけど…」


必要があれば政略的に婚約者を決める前提ではあるが、僕が望む相手が現れるまで先延ばしにしてもいいことに今のところなっている。


『___お前の結婚に頼らなくても、この領地をまとめることくらいできる。お前に子供がいなければ、レオン達の子供でもいいと思っているくらいだ。この領民の幸せが一番だが、お前も幸せになれる道もあればと私は思っているよ』


二年前、近衛兵団に入る直前の冬の休暇中に、こう父上に言われた。その前の夏の休暇では、僕の婚約者を選ぼうと茶会をたくさん開いていたことを思うと、その後、父上と母上とで話し合って、僕の思いに沿うように考えてくださったんだろうことが想像できた。


『___もちろん、お前が想う人を伴侶として迎えて、その子供が跡を継いでくれたら一番いいんだけどな』とも付け加えられたが。


僕の状況はこの二年、全く進展も何もしていないが、エメは変わらず森で暮らしている。兵舎の手紙は検閲を受けるので、直接のやり取りは避けているが、ラリーやエドウィンからの手紙で、僕にはわかるようにエメの様子に触れてくれているので、それを楽しみにしていた。


一方、ディーンは、着々と幼馴染の婚約者イザベルとの婚礼の準備を進めているようだ。


「イザベルさんは収穫祭には来るの?」


「ああ、神殿へのパレードを見にきてくれるんだ。その日から三日間は王都にいるから、休憩時間にベルと一緒に祭りを見て回ったりするつもりだ」


「そうか、それは楽しみだな。神殿へのパレードは三日目だっけ?」


「ああ、リュウは?何かパレードとか出るのか?」


「僕は二日目の騎馬パレードにね……よし、終わった」


僕は、書類の束をテーブルの上でトントンと揃えると、机の書類入れへと放り込んだ。そして、ソファに体を預けて大きく息を吐いた。


「お疲れ」とディーンが差し出したグラスを礼を言って受け取り、一口酒を飲んだ。


―――ああ、僕もエメと祭りに行けたら、どんなに楽しいだろうか…


会えなくなってから二年経っても、僕は相変わらず何かとエメのことを思い出していた。

エメと別れ、近衛兵団に入ってから二年後のお話が始まりました。次話の投稿はGW開け 5月8日以降の予定です。


新章が始まってすぐの中断で申し訳ないです。キリのいいところで終わってしまうと、再開を先延ばしにしてしまいそうで、今日、このお話を投稿しました。


またGW明けに続きを読んでいただけるように頑張ります。


大型連休で特別な予定を立てられている方も、いつも通りの予定の方も、素敵な日々を過ごされますように…

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