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迷いの森、光る石の道しるべ  作者: 千雪はな
第5章 冬の休暇
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《幕間》早朝の見送り

「早朝の見送り」は、エメ視点のお話です。

(第5章「しばしの別れ、星空の下」あたりのお話になります)

「この休暇が終わったら、一、二年会えなくなると思う」


冬の休暇でルゥが帰ってきたその日、そう聞いた時はショックだった。


ルゥは「待ってて」とは言ってくれない。守れるかわからない約束はしないということなんだと思う。夏の休暇の終わりの時も、待っててとは言わなかったけれど「エメに、ちゃんとかっこいいって言ってもらえるように、王都でしっかり勉強してくるよ」と少し照れて笑いながら、でもまっすぐに私の目を見て言ってくれた。次の休暇なのか、その次なのかはわからなかったけれど、また私と会いたいと思ってくれるのを感じて、寂しいながら希望があった。


でも今回は違った。一、二年は帰ってこられない。


―――だから、今回が最後かもしれない。


ルゥの声色、表情の向こうに、そんな言葉が見え隠れした。


会えないうちに、どこかのご令嬢と婚約が決まるかもしれない。そうなれば、もう私はこの距離にいることはできない…。


その場で泣いたりしたらルゥを困らせると思って必死に(こら)えた。でも、家に帰って一人になると、涙が溢れて、寂しさに押しつぶされそうだった。



自分ですらどこの誰なのかよくわからない私が、この領地を治める伯爵家子息であるルゥと一緒にいることだけでも、分不相応であることは最初からわかっていた。


それでも、ルゥのことが好きな気持ちを手放すことができなかった。私とルゥの関係は、ルゥに正式な婚約者が決まるまでの一時的で脆いものだけれど、その時が来るまででいいから、ルゥの側にいたかった。


その終わりの時が見えてきただけのことだった。


この冬がルゥの側にいられる最後の機会かもしれないと思ったら、わがままな気持ちが芽生えた。ただ側にいられるだけでいいと思っていたのに、ルゥの側にいた思い出が欲しくなった。


ルゥは、私のことをとても大切にしてくれる。優しく抱きしめ、頬やおでこにキスをして、好きだと言ってくれた。十分すぎるくらいのはずなのに、いざその時になったら欲が出た。恋人のように私のことを見つめて欲しい―――そしてキスをして欲しい。頬やおでこではなく、唇に…。



私がお気に入りの星が見える場所で、ルゥにキスしてと言ったら、彼は一瞬言葉を失った。そして当然のことながら驚いた顔をした。でも、私の言葉を茶化すことも誤魔化すこともなく、私のことを心配してくれた。


「僕はこの先のことは約束できないから、それは…、いつか将来を約束できる人とした方がいいんじゃないだろうか」


いつか将来を約束できる人……、ルゥ以外でそんな人が現れることは全く想像ができなかった。ただ、たとえ現れたとしても、ルゥとの思い出は何一つ後悔につながることはないことは確信できた。


「私、初めてキスをするのは、初めて大好きになったルゥがいいの…」


「………」


ルゥは返事に困っているようだった。ルゥは嫌じゃないと言ってくれたけど、ただ私の気持ちを汲んでそう言ってくれたのかもしれない。それなら無理強いしたくない。


「だめ……かしら?」


少し諦め気味に聞いた。


「……僕でいいの?」


ルゥの少し低くて優しい声が戸惑いながら、私の願いを叶えてくれることを伝えていた。


嬉しく感じると同時に、心臓が跳ねた。これまで気を張っていたのが緩み、別の緊張が襲ってきたようだ。


気づくと、ルゥの手が私の両肩にそっと添えられ、私のドキドキが大きくなった。その手から伝わってしまうのではないかと思うほどに。


ルゥが私を見つめていた。星を見るために灯りをつけていなかったから暗くて色は見えないけれど、いつも真っ直ぐ見つめてくれる瞳の色を私は覚えていた。薄い茶色で、木漏れ日を受けると少し緑色が混ざって見える。森の色をガラス玉に集めたみたいだとよく思った。


ゆっくりとその瞳が近づいてくる。大好きなルゥの瞳を見られるのも、もうわずかかと思うと涙が滲んできた。涙が溢れる前に目を閉じると、ルゥと私の唇が重なった。


温かくて幸せな時間だった。


ゆっくり目を開けると、ルゥが少し照れた顔で微笑んでいた。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


ルゥと別れてどう家に戻ってきたのかよく覚えていないくらいドキドキは続いていた。


家まであと少しのところまで来てお別れだと思った時、ルゥに引き戻されて、もう一度キスをした。


涙が次から次へと溢れる私を、ルゥは優しく抱きしめてくれた。私が大好きと言って彼の上着をギュッと掴むと、ルゥも好きだと答えて嗚咽する私の背中をさすってくれた。


寝衣に着替え、寝台に潜り込んでも背中にはルゥがさすってくれた感触がまだ残っていた。


キスをしたドキドキと、ルゥとしばらく会えない、もしかしたらもう会えないかもしれない寂しさで眠れなかった。時々うとうとするものの、すぐに目が覚めてしまう。それを何度か繰り返しているうちに、夜明けが近くなったようで、窓から見える木々の向こうの空が白んできた。


服を着替え、外套を羽織って、ランプを手に外へ出た。葉を落とした枝の間から見える空には、まだ星が輝いていた。


「明日はここに寄らずに王都に向かうね。エメに一目会ってから行きたいけど、それだと帰舎の期限に間に合わなくなっちゃうんだ」


別れ際にルゥは少し寂しそうに笑って、具体的にいつ出発するかは話さなかった。


もしかしたら、もう行ってしまったかもしれないけど、他にすることも思いつかず、森の出口へと歩いていった。


森の横を通る道が見える頃には日が登り始め、手にしていたランプを消した。と、その時、ルゥが近づいてくる感覚と同時に馬の蹄の音が聞こえ始め、私は反射的に木の影に隠れた。


私がここに立っていることに気づけば、きっとルゥは馬を止めて私を抱きしめてくれただろう。帰舎の時間に遅れると罰を受けるというのに。


木の影で息を潜める私の横を、ルゥの乗る馬は風のように走り去っていった。


毛艶の良い馬に(またが)るルゥは、物語の挿絵の王子様のようにかっこよかった。紺色の厚手の外套にえんじ色のラインが一本入った白いパンツ、よく磨かれた革のブーツを履き、少し癖のある髪を(なび)かせて真っ直ぐに前を見ていた。


ルゥは意識を向けていない者の気配を感じなくてよかった。瞬く間に小さくなるルゥの背中を、見えなくなるまで見つめた。


「ルゥ、また帰ってきて。私、ここで待ってるから」


本人には言えなかった言葉を呟いた。

いつも読んでいただき、ありがとうございます。


エメから見た再会と別れの場面、いかがだったでしょうか。ここまででお話の前半はおしまいです。GW明けから、後半再開予定です。(もし書けたら、明日、出だしの一話を投稿したいと思っていますが、書いたり消したりしているところです…)

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