《幕間》救出と再会(後編)
「救出と再会(前・後編)」は、エメ視点のお話です。
(第1章「木々の合間」のあたりのお話になります)
ルゥの怪我の手当てが一通り終わり、片付けを始めた頃、森の周りが慌ただしくなってきたことを感じた。一人、また一人と森へ入ってはすぐに出て行く。
―――ルゥを探しているんだわ。
街の人達は、森へ入ると大概迷ってしまうから、近づくことすら滅多になかった。ただ、森に隣接する猟場で狩りをしている間に、間違って森へと迷い込むことはあるけど。きっとルゥもそうだったんだろう。
ピリッ、ピリッと空気が張り詰めるような感覚がするたびに、森の入り口に人が集まっている光景が頭に飛び込んでくる。
人が増えても、まとめてではなく一人ずつ光景が映し出される。光景と光景が重なって頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
「エメ、大丈夫かい?」
かあさんの温かい手を背中に感じ、その声に目を開けると、私は床に座り込んで頭を抱えていた。森に人が入るたびに感じるその緊迫した空気に息が詰まりそうだった。
「その人たちに事情を伝えてくるから、エメは彼の様子を見ているんだよ」
そう言ってかあさんは小屋を出ていこうとした。
「待って、私が行くわ。かあさんがここにいて」
「でも…」
「大丈夫よ。ルゥに何かあった時、かあさんがここにいた方がいいもの」
◇ ・ ◇ ・ ◇
かあさんには大丈夫と言って森の端まで来たけれど、すぐに木の影から出ていくことができずにいた。
「リュウ様ー、リュウ様ー!!」
「どこにいらっしゃいますかー?」
「リュウ様、出口はこちらです!」
日が暮れてきて薄暗くなった森に多くの人が集まって、大きな声で呼びかけながらリュウ様――ルゥのことを探していた。
ふぅっと息を吐いて心を決め、その人達の方へ歩いていった。
狩猟服の人、護衛の制服の人、そして屋敷の使用人と思われる濃紺の服を着た人……いろいろな格好をした人達がいた。ルゥを探すために集められたのかもしれない。
その中で、穏やかそうな使用人と思われる一人に声を掛けた。
「………あの…」
「はい、どうされましたか?」
「私…、先程、森で怪我をされた方を助けたのですが、貴方がたが探されている方ではないかと思いまして……」
「本当ですか!それで、リュウ様は今どちらに⁈」
その切迫した声に、私は一歩後退った。それを見て、相手もはっとして穏やかで丁寧な口調に戻った。
「申し訳ございません。私共の大切な方が行方知れずのため声を荒げてしまいました。当家の主人が側におりますので、少しお待ちいただけますか」
「…は、はい、わかりました」
―――ルゥは何者なのかしら。
質の良い服を着ていたから、貴族か、裕福な商家の子息だろうと思ったけど、こんな大人数で探しているなんて…。
思いを巡らせていると、すぐに先程の人が、狩猟服を着た、ルゥと同じダークブロンドの髪の男性を連れて戻ってきた。顔立ちは…、ルゥの顔を見る間もなく崖から落ちてしまったから似ているのか、よくわからないけど。
「私はシュライトン家の主、セドリック・シュライトンだ。貴女が私の息子のを助けてくれたと聞いたのだが、今はどこにいるのだろうか?」
私は驚いた。シュライトン家といえば、この領地を治めるシュライトン伯爵家ということを、私ですら知っている。その当主の方が、私に名乗って挨拶をしてくださるなんて。私も失礼にならないよう、緊張しながら挨拶を返した。
「私は、この森に住むエメと申します。ご子息は、怪我をされていて…」
「怪我を⁈では、すぐに迎えを。ラリー、」
「あ、あのっ、私の母は昔、医者をしていたので応急処置はいたしました。数日は動かさない方がいいと…」
「なるほど、では私共の使用人達をそちらに向かわせたらいいだろうか?」
それは…、知らない人が多く来るのは私が困る。
「私達は静かに暮らしていますので、様子を確かめる方、お一人だけご案内いたします。ご子息のお世話は私達にお任せいただけないでしょうか?」
シュライトン伯爵は、少し考えてから優しく答えた。
「では、この者、ラリーを向かわせます。お任せできるかは、彼に判断させます。それでいいですか?」
「はい。では、ご案内いたします」
ラリーと呼ばれた方に声を掛けて歩き出そうとした。その時、シュライトン伯爵の声が追いかけてきたので振り返った。
「エメさん、息子を助けてくれてありがとう」
私は、そう言ってもらえたのが嬉しくて、伯爵に心を込めてお辞儀をした。伯爵は少し驚いた顔をして、すぐに笑顔に戻った。なぜ驚いた顔をされたのか少し気になったが、ラリーさんに「ご案内、お願いいたします」と声を掛けられて、小屋に向かうことにした。
◇ ・ ◇ ・ ◇
一昨日、ラリーさんがこの小屋に来て、ルゥを数日は動かさない方がいいことを納得してもらうことができた。そして昨日は、念の為ということで、街の医者の診察も受けた。
そして、三日目となる今日、ルゥはまだ目を覚ましていなかった。
寝台の横に椅子を持ってきて、眠るルゥの横顔を眺めていた。あちこち包帯だらけで痛々しいが、顔の腫れはだいぶ引いていた。一昨日、話をしたシュライトン伯爵に似ていると思った。
ダークブロンドの髪は緩く癖があり、窓からの光が当たると、艶やかで少し透けた感じがして綺麗だった。思わず手を伸ばして触れたくなり、瞼にかかった前髪をそっと横に流した。それがくすぐったかったのか、瞼が少し動き、眉間にシワが寄った。
私は慌てて立ち上がり、寝台から離れた。ルゥと二人だけの静かな部屋に、私の心臓の音が漏れ聞こえているように思うくらいドキドキしていた。
でもまだルゥは目を覚ますわけではなかったようだ。私はほっとして、部屋の隅に置いていた乾燥させた薬草の整理を始めた。
しばらく静かな時が流れた。
「……んっ…」
寝台の方から漏れた声に顔を上げると、ルゥが眩しそうに目を開けていた。そして、包帯が巻かれた手や額を確認している。
「ルゥ、気がついた?」
嬉しくて声をかけると、ルゥはこちらを見ようとして顔をしかめた。
「い゛ったたたた!」
「急に声を掛けてごめん」
ルゥの横に行ってから声を掛ければよかった。慌てて駆け寄ったけれど、触れても痛いかもしれないと思うと摩ることもできず、ただ、大丈夫かと見つめることしかできなかった。
ルゥもこちらをじっと見ていた。とても優しい色の瞳に見入っていると、ルゥが恐る恐る聞いた。
「………エメ、なの?」
ルゥも私のことを覚えていてくれた。嬉しい。
ルゥが怪我をしていなかったら、ぎゅっとハグして再会を喜びたいと思うくらい。けれど、ルゥはまだ状況を整理できず、戸惑っているようだった。
だから私は、控えめに、落ち着いて答えた。
「ええ、そうよ」
再会できるなんて思っていなかった、でも、いつか会えたらいいなと思っていた思い出の人が目の前にいるだけで、すごくすごく嬉くて頬が緩んだ。




