《幕間》救出と再会(前編)
「救出と再会(前・後編)」は、エメ視点のお話です。
(第1章「木々の合間」のあたりのお話になります)
ルゥとエメの再会と冬の別れの場面を、エメ視点で書いてみたくなりました。数話、お付き合いいただけましたら嬉しいです。
※怪我の描写があります。苦手な方はお気をつけください。
夏のある日、いつものようにかあさんと小屋の脇の畑で薬草の手入れをしていた。小屋は、普段生活している家からは少し離れた小川の側に建っている。
ツンッとエプロンの裾を引かれる感覚がして、ふと立ち上がってそちらの方へ振り返った。
「誰か森に迷い込んだのかい?」
「ええ、そうみたい……」
頭の片隅には、森に入った人の様子が思い浮かんでいる。その雰囲気は優しく、そして懐かしい感じがした。
その人は何か光る物を手にしている。もしかして……
―――ルゥかもしれない。
その人のイメージは、もう頭に中から消えていた。森に入ってきた人のイメージは断片的で、分岐点に来るとまた見えたりする。
さっき見えた所へ行ってみようか、とも思ったが、その人が淡い記憶の向こうにあるルゥである確証もなく、そこへ行っても自分から声を掛ける勇気はなかった。
「少し休憩しようか」
かあさんが立ち上がって、そう言った。
「私、ちょっと森を歩いてくる」
「ああ、行っておいで。お茶を用意しておくから、戻ったら飲んだらいいよ」
「ありがとう、かあさん」
私はとりあえず、お気に入りの場所へと向かった。木々が開けているので、空が綺麗に見えて心が落ち着くのでよくここに来ていた。
―――次にその人のイメージが見えたら、そこに行ってみようかな。
そう思いながら、近くに飛んできた小鳥を見ていた。人懐っこい小鳥で、私の方へ飛んでくるので手を差し出した。
と、その時、背後に気配を感じて振り返った。そこには、さっき頭に浮かんだ人が、崖のように急な傾斜を横切るように歩きながら、こちらを見ていた。
―――なぜそんなところを歩いているの?
そう首を傾げかかった時、その人がバランスを崩した。
「えっ、うそ…」
あっという間に崖の向こうへ落ちてしまった。慌てて崖の下へと回り込むと、地面に仰向けにその人は倒れていた。
「大丈夫ですかっ!?」
その人の左肩に手を添えて呼び掛けたけど、返事はない。添えた手のひらに違和感を感じて見てみると、血がついていた。肩を怪我して、服に血がじわじわと滲んできていた。
慌ててエプロンを外して、服の上からきつ目に縛る。顔を見ると、前髪の下から血が流れてきた。恐る恐る前髪を上げると、右眉の上がぱっくりと切れていた。頭に巻いていたスカーフを取って、その傷を押さえたけど、血が止まる様子がない。
「どうしよう、どうしよう…」
小屋までで母さんを呼びに行こうか、それとも運んだほうがいいか………運ぼう。ここでは手当てできないもの。
どうにか背負うために、一度彼を座るように体を起こすことにした。私よりだいぶ背が高く、なかなか動かない。ようやく体を起こして背中に乗せ、立ちあがろうとした時、すぐ横に丸い小石が落ちていることに気づいた。
淡く緑色に光る石―――ルゥの石だ。小さな頃の最初の出会いのあやふやな記憶の中、この石のことはよく覚えていた。迷子になったルゥを心配するように、森の中で光っていた。あの時と同じように、今も光っている。
―――やっぱり、この人はルゥなのね。
誰であっても助けたいと思うけど、ルゥであれば、その気持ちはより強くなった。
その石を拾ってスカートのポケットに入れると、肩から前に回した彼の腕をしっかりと掴み、もう一度立ちあがろうとした。
自分よりも大きな人を背負っては、立つことはできないみたい。左手も地面について、這うように斜面の緩いところを選んで進み始めた。普段はなんて事のない道なのに、木の根につまずいたり、バランスを崩して押しつぶされそうになる。
すぐそこにあるはずの小屋が遥か遠くに感じた。
気づけば、私の右腕に血が伝っていた。ルゥの額の傷から垂れてきているのだと思う。
「かあさん!……はぁ、かっ、かあさん!たす…け、てっ!」
息が切れながらも、声を振り絞った。すぐに異変に気づいたかあさんが小屋から飛び出してきた。
「どうしたんだい⁈」
「ルゥが、ルゥ…が、…」
「エメ、落ち着いて。まずは中に運んで」
かあさんは奥の小さな部屋にあった寝台を、治療がしやすいようにと広い部屋に引きずり出してきた。かあさんの手も借りてルゥをそっと寝かせると、かあさんは手際良く傷の確認を始めた。
「エメ、奥の部屋から綺麗な布を持ってきて。あと、キッチンにお湯が沸いているから、それもここへ」
「はい、かあさん」
私の手も足も小刻みに震えていた。自分より大きなルゥを担いだ反動だろうか、それとも流れてきた血を見て怖くなったからだろうか。
とにかく、必要な物を揃えるために動かないと。
布とお湯をかあさんの側のテーブルに置くと、次は小屋から少し離れた森の奥にある家へと走った。かあさんの部屋から、昔使っていた医療道具を入れた鞄を持ち、すぐさま小屋へと戻る。
「かあ、さん!鞄…持って、きた…っ」
息が切れ、胸が痛いくらい苦しくなった。かあさんは、手を止めて私を抱きしめてくれた。
「かあさん!ルゥ、のこと、…ルゥ、を、診て!」
かあさんは、私の背中をゆっくりと叩いた。
「もう大丈夫だよ。呼吸も脈も安定してるし、血も止まってきたよ」
「ほん、とう…?」
「ああ、本当だよ。傷が深いところを縫えば、あとは様子を見るだけだよ」
かあさんは鞄から道具を出して、傷を縫う準備をしていた。カバンは古いが、道具はよく手入れされていた。
「よかった…」
私はその場にへたり込んだ。
「エメ、今のうちに膝の傷を洗っておいで」
「……膝の傷…?」
スカートをたくし上げて初めて痛みを感じた。両膝とも何度もつまずいて転んでできた擦り傷だらけだった。
「まあ、全身洗った方がいいだろうね」
落ち着いて自分を見ると、服はルゥの傷から流れた血と、土でドロドロ、髪の毛にも血が付いて絡まってボサボサだった。
小屋の裏にある井戸で手や髪を洗った。ベッタリと付いた血を改めて見たら怖くて手が震えるけど、かあさんは大丈夫って言っていた。
「イタタタ……」
なぜ気づかなかったか不思議なくらい擦りむいた膝の傷に水が沁みた。でも、ルゥが助かるとわかったら、この傷も誇らしく思えた。
「よかった…、本当によかった」




