君に会いたくて
レーンフィル領への訪問から五日経ち、明日は王都へ戻る日だ。その後は、エメにいつ会えるかわからないと思うと、いろんな不安が襲ってくる。僕はエメに会えずに耐えられるだろうか……、なんていうのは少し大袈裟だが、寂しくてしばらくへこむのは間違いなさそうだ。
半年前の夏の休暇の時は、頻繁に会いにくるなんて迷惑だろうと思って遠慮したが、この五日間は、本当に顔を見る程度の短い時間しかなくても、毎日エメに会いに来ていた。そんな日はすごく慌ただしいが、エメはいつもと変わらず嬉しそうに僕を迎えてくれた。
毎日会うようになった初日―――レーンフィル領での会談から帰ったその日は、日が暮れるギリギリ前にエメの顔を見るためだけに森へ行った。
ディーンと話をしてから、エメに会いたくて仕方がなかった。いつもより冷え込んだ森を歩いていると、いつものようにエメが嬉しそうに走ってきてくれた。ただ木々の中をこちらに向かってくる姿を見ただけで寒さを忘れるほど心が温かくなり、彼女が本当に天使のように見えた。
「エメに会いたくて、こんな時間に来てごめんね」
抱きしめたエメからは料理をしていたのだろう、香ばしいいい香りがした。
「忙しいのに来てくれてありがとう。ルゥは、今日は隣の領地まで行ってたんじゃ…」
「今、帰ってきたんだ。エメに一目会いたかったし、これも渡したかったから」
僕は紙袋を手渡した。
「ありがとう」と言って受け取ったエメは、袋を覗いて目を輝かせた。
「うわぁ、いい香り!美味しそう」
僕のところまで紅茶の香りが漂ってきた。袋には、紅茶の葉を練り込んだカップケーキが入っている。ディーンが、紅茶好きならとレーンフィルで人気の品を土産にと用意してくれたのだった。
「それ、あまり日持ちしないから、明日のうちには食べてね」
エメはパッと顔を上げた。
「これを届けてくれるために、忙しいのに今日来てくれたの?」
その表情と声は、また予定が詰まっている僕のことを心配してくれていて、少し心が痛んだ。だって、カップケーキを持ってきたのは……
「実は、エメの顔だけ見に来る口実に持ってきたんだ…」
「………?」
エメは僕の言った意味がよくわからないと言った様子で首を傾げている。
「そのケーキ、友人が勧めてくれたんだ。今日のうちに会いに行きたいけど、時間が遅いし、すぐ帰らないといけないから迷惑かと僕が言ったら、日持ちしない土産なら、今日届けないといけないだろう、って」
一瞬、ぽかんとした顔をしてから、エメはクスクスと笑い出した。
「そんなこと気にしないで、会いにきてくれたらいいのに。顔だけでも見られたら、私は嬉しいわ」
「本当?迷惑じゃない?」
「全然。じゃあ、私もわがままを言ってもいいかしら…」
「ああ、ぜひ。遠慮なく言ってくれ」
エメのわがままってなんだろうか。何でも聞いてあげたい。
「あのね、王都に帰るまで、毎日会いに来て欲しいの。今日みたいに顔を見るだけでいいから」
「毎日?」
「あ、やっぱり毎日は無理かしら…」
「いや、毎日来てもいいの?」
「うん、来てほしいの」
僕は嬉しくて、エメを抱きしめようとその腕を引き寄せた。
「ちょっと待って!」
エメが慌てた。どうしたのかと思ったら、エメが「ケーキが潰れちゃう」とにこっと笑った。そして、エメの方から僕の胸にトンッと頭を寄せて、紙袋を持った手を僕の背中に回してくれた。僕は改めてエメを抱きしめて、柔らかな髪に口付けた。
「はぁ…、好きだ…」
「え、何か言った?」
思わず気持ちが口をついて出た。その小さな独り言に、エメが顔を上げた。綺麗な青い瞳がこちらを見つめている。僕も自然に頬が緩んだ。
「エメ、大好きだ」
「ふふふ、私もルゥのこと、大好きよ」
エメを潰さないように、きゅっと優しく抱きしめた。僕とエメの重なったドキドキが心地よかった。
◇ ・ ◇ ・ ◇
その日は、翌日の商談の準備があり、本当に土産を手渡して、エメを家に送るだけで帰ったが、翌日からは、なんとか時間を作ろうと頑張った。
日が暮れてからしか時間が取れなかった日は、遅い時間に家に上がり込むのはどうかと思い、玄関先で顔を見るだけのつもりだった。でも、エメが温かい紅茶を淹れてくれ、玄関ポーチのベンチに並んで座って、少しだけ話をした。
ジュディさんが「そんな寒いのに。誰も見てないから、家の中で話したらいいのに、律儀なことだねぇ」と笑っていた。確かに誰も見ていないけど、エメのことは後ろめたいことがないように、僕がしたかったのだ。
師匠に剣の稽古をつけてもらった日は、エメが夕食を用意してくれた。そして今日も、剣の稽古が終われば、エメが夕食を作って待っていてくれる。
師匠との稽古は、再会したその日と比べると、かなり激しくなった。僕も木々の中で剣を振るうことにも慣れ、剣が木に当たることもほとんど無くなっていた。それでも、師匠には全く敵う気がしない。
僕が力一杯打ち込んだ剣は、容易く受け止められ、それよりもずっと重い一振りが返ってくる。集中が切れれば怪我をしかねないとの緊張の中、剣を握る。静かな森の中に絶え間なく木剣のぶつかる音が響いた。
「今日はこれくらいにしようか」
師匠のその一言で、僕も剣を下ろし一礼した。
息は上がり、膝に手を当てて地面を見つめると、鼻先から伝って落ちる汗が地面にシミを作っては、やがて吸い込まれていった。肌がピリッとするほど空気は冷たいのに、僕は暑くて汗が止まらなかった。
―――このあとエメに会うのに、汗臭くなってしまったな…。
エメのことを思い出した途端、ふわっと彼女の気配を感じて顔を上げた。
稽古をしていた所から少し離れた木に隠れるようにエメが立っていた。僕と視線が合うと、にっこり笑って手を振ってくれた。




