父と会談へ向かう馬車にて
エドウィンとマリーの婚約披露の夜会から一夜が明け、僕は父上と馬車に揺られて、レーンフィル領へと向かっていた。
レーンフィル領はディーンの父パーカー伯爵が領主を務める地だ。夏に予定していた会談への同席は、あの怪我でキャンセルしてしまったが、この冬にも領主同士で話すことがあることがあるとのことで、改めて同席させてもらえることになった。片道半日ほどかかるので、今晩はパーカー家に泊めてもらい、今日の午後と明日の朝に話し合いが行われる予定だ。
護衛にはレオンとマークが帯同している。二人も幼い時から僕と同じような教育を受けてきたが、彼らがフィレイナード騎士団に入団してからは僕だけが領主になるための準備をしていた。しかし、僕が近衛兵団に入団が決まったため、彼らも領主に必要な知識の習得と経験を積むことを再開することになったのだ。今回の会談の席にも同席する予定である。
領主の代替わりの時に、万が一、僕が領地に帰ってこられなかったとしても、二人のどちらかがこの地を治めるのだ。僕は領主になるよう育てられてきたが、その立場に特に固執していない。領地が豊かで安定的に治められるなら、レオン達が領主になっても全く問題ない。僕はそれを支える立場に喜んでなるだろう。
レオン達には『面倒だから、ちゃんと帰っていこいよ』と言われているが。
馬車は森の横を通過するところだった。
向かいに座る父上は書類に目を通している。連日忙しい父上とはすれ違いが続いていて、僕が帰郷してからゆっくり顔を合わせるのは今日が初めてだった。
「父上」
「ん、なんだ?」
「先日、師匠…ディックにこの森で会いました」
父上は書類から顔を上げ、少し驚いた顔をしてから笑い出した。
「ははは、ジェフに会ったか。驚いただろう」
「なぜ、前に彼らがこの森に来た話をしてくださった時に、師匠が実はジェフで、この森に住んでいると教えてくれなかったのですか?」
僕の言葉に、父上の視線は車窓を流れる森の木々に向けられ、少し考えてから再びこちらを見た。
「話していなくてすまなかった。でも、ジェフに確認せずにお前に話すわけにもいかなくてな」
「確かに…そうですね。最近は師匠に会うことはないのですか?」
「会わないわけではないが、頻繁に会うと気にする者もいるかもしれないから、年に数回だな」
「なるほど」
「森の管理報告を受けるという形で会っているが、夏はお前が帰ってくる前に済ませていたから、お前に話してもいいか確認したのは先月のことなんだ」
「そうだったのですね。今回帰ってきた時に森を歩いていたら、偶然、師匠に会ったのでびっくりしました」
「ははは、それは悪かったな」
「悪い話ではないので、よかったですが…。先日は少し剣の相手をしていただいて、ここにいる間に時間があればまた稽古をつけてくださるそうです」
「そうか。お前はジェフとの稽古は、いつも楽しみにしていたからよかったじゃないか」
父上が、僕にジェフについて何か理由があって隠しているのかと思ったが、ただその機会がなかっただけと知って、ほっとした。そしてふと剣術大会でのフランシス侯爵の話を思い出した。
「そういえば、父上、師匠は王城の騎士団に所属していたと話されていたと思いますが、近衛兵団にいたこともあるのですか?」
その質問に対して父上は手を顎に当てて「うーん、あるかもしれんなぁ…」と答えた。
「かも?」
「ああ、私が王都の騎士団にいた時は、ジェフも含めて友人とよく飲みに出掛けたが、領主を継ぐために王都を離れてからは、彼らが逃げてくるまで会ったことも、手紙を交わしたこともなかったからな…」
「最後に会った時は王城の騎士団にいたということですね」
「ああ、その通りだ。でも、彼の剣の腕はずば抜けていたから、近衛兵に抜擢されても不思議ではないと思ってな」
そこまで言って、父上は僕の質問に引っ掛かりを覚えたようだ。
「でも、どうしてそんな話になったんだ?」
「僕の近衛兵団入団の話が出る前に、近衛兵団長が剣術大会を観にこられたんです。その時に僕の剣筋を見て、剣の師が近衛兵だったのか、って聞かれたんです」
「なるほど。近衛兵団長…、フランシス侯爵か」
「はい」
「それで、お前はどう答えたんだ?」
「北の辺境騎士団に所属していた地元に住む父の知り合いだと答えましたよ。そう聞かされていましたから」
僕はずっと真実を隠されていたことを、少し拗ねるように答えた。
「ははは、話していなかったことは悪かったと思うが、仕方がなかったんだ」
「わかっています。僕も知らなかったおかげで、変に動揺することなくてよかったです」
僕も本気で拗ねているわけではないので、ふっと小さく笑った。父上もそれはわかっている様子で「そうだな」と安心したように笑った。
その後は、父上に夏以降の領内でのことや、商談について聞き、僕は学校での出来事を話した。しばらく田舎道を行くと領境の境界石の横を通り過ぎ、レーンフィル領に入った。




