帰り道と瞳の色
いつまでも続けばいいのにと思った楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、僕はエメと帰りの馬車に乗っていた。
「ドレスを脱いだら魔法が解けちゃったみたい」
エメは少しおどけてピンクのワンピースのスカートを撫でた。その表情は、行きの緊張したものとはうってかわって、頬を紅潮させ、目はキラキラと輝いていた。
エメにとっても、楽しい時間だったようでよかった。特に、ドレスを着たことが嬉しかったようだ。
「あのドレスね、マリーさんのお気に入りで三色あるの。黄色と水色とピンクのね。最初は、私がこのピンクのワンピースを着ていたからピンクにしようって着替え始めたんだけど、マリーさんがネックレスに気づいて『これには水色の方がいいわね』って選んでくれたのよ」
「ああ、ドレスによく似合ってると僕も思ったよ」
「本当?嬉しい」
エメはにっこりと微笑んで、またペンダントトップを手に取って眺めた。
「この石、ルゥが私の瞳の色って言ってくれたでしょう?」
「うん、そうだね」
「あのね、かあさんが昔言ってたんだけど、私の瞳の色……、お父様と同じなんですって」
「エメのお父上の?」
エメが母親似だと聞いたことはあったが、父親の話は初耳だ。
「ええ、でも鏡の中の自分の瞳を見ても、お父様の顔を知らないし、あまりピンとこなかったんだけど…。それが、この石を見てると、不思議とお父様はこんな色の瞳で私のこと見てくれてたのかな…と思うの」
エメはその石を愛おしそうに、そしてどこか懐かしそうに見つめていた。
「そんなに大切そうにしてくれて、その石を選んでよかった。ありがとう、エメ」
「ふふふ、また贈り物をくれたルゥがお礼を言うのね。お礼を言わなければいけないのは私よ。こんなに素敵なネックレスと今日一日、私のために時間を作ってくれてありがとう」
僕がエメと茶会に行きたくて今日の時間を作ったのだが、エメが『私のために』と言ってくれて、彼女も今日の茶会を同じように楽しみにしていてくれたと思うと、すごく嬉しかった。エメは笑うけど、何度でもありがとうと言いたいくらいに。
「エメ、隣に座っても?」
「ええ、もちろん。どうぞ」
エメは少し右にずれて僕が座れるよう空けてくれた。僕は向かいの席に移り、エメと触れ合う距離で座った。
別に馬車が小さいわけではない。間を空けて座ることもできるが、くっついて座っただけだ。
僕が見下ろすと、エメも見上げて微笑んだ。僕の二の腕にエメの肩が触れ、ほんのりと温かく感じた。僕が右手を手のひらを上にして差し出すと、エメは左手をその上に重ねてくれた。一つ一つの小さな触れ合いが、僕の中のエメへの愛おしさを膨らませた。僕はその手を優しく握り、親指で彼女の手の甲を撫でた。
御者台に座るラリーもこちらの様子を察してか、馬車をゆっくりと走らせている。
いつもよりもゆっくりと車窓を流れる景色を眺めながら話しているだけなのに、何て幸せなんだろう。時々、エメと視線を通わせて笑い合った。
やがて森が近づいて、今日の楽しい時間の終わりを告げていた。
「ルゥ、この後はあまり会えないのよね…」
「そうだね…。あと一週間ここにいるけど、今日の時間を空けるために、他の日に予定を詰めたから」
「そうよね。この間会った時もそう話していたものね」
もしかしたら、予定が変わって時間が空いていないかと期待してくれたんだろうか?そんなふうに思うのは僕が期待しすぎだろうか。
「あ、でも、空いた時間に師匠が稽古をつけてくれることになったんだ。顔を見るだけになるけど、森に行った時はエメの家に寄ってもいいかな?」
エメの顔がパッと明るくなった。
「本当⁉︎時間は気にしなくていいから、絶対寄ってね。約束よ」
エメは繋いでいた僕の右手を両手でぎゅっと握りしめて、嬉しそうにこちらを見上げていた。
僕はその背中に左手を回して抱き寄せて、その花びらのような唇に口付けを―――したい衝動をぐっと堪えた。
エドウィンとマリーの仲の良いところを目の当たりにしたのもあってか、そんな欲求が湧き上がってきて…
―――ふうぅぅぅ……
深呼吸をして気持ちを落ち着けた。そして恋人同士の口付けではなく、騎士らしくエメの手の甲にキスをした。そしてエメの手から顔へと視線を上げ、その綺麗な瞳を真っ直ぐに見て言った。
「ああ、約束する」
少し頬を赤らめて嬉しそうに微笑むエメに、僕も笑い返した。恋人のように振る舞うことはできないけれど、エメのこんな表情を見られるだけで今の僕には十分だと思う。
―――いや、恋人のように振る舞いたいけど、本当は。
そう思って大きなため息を吐きそうになったけど、エメが何事かと気にするだろうから、それは飲み込んだ。
◇ ・ ◇ ・ ◇
僕は一人キャビンに座り、左頬に手を当てて窓枠に頬杖をつき、屋敷に続く道の景色をぼんやり眺めていた。
森に着いて、エメを家まで送り届けてきたところだ。
いつものように手を繋ぎ、森を歩くところまでは幸せな気分が勝っていた。でも、エメの家の前まで行き、この先、一、二年会えないと思ったら寂しくなって、僕は下を向いたまま言葉が見つからなくなってしまった。
その気持ちを察したようにエメが僕の両手を取って、こちらを優しく見つめた。
「まだ一週間あるわ。できるだけディックのところに稽古に来てね。私、待ってるから、ね」
「ありがとう、エメ。ははは、どっちが年上かわからないな」
僕は力無く笑った。エメも小さく微笑んだ。
「ルゥ、少し屈んでくれる?」
「………?」
僕が少し膝を曲げて目線をエメと同じくらいにすると、エメは僕にそっと抱きつき、顔を肩口に埋めた。
「エ…エメ⁈」
「ルゥ、私も寂しい。今日が楽しかった分、きっとこれから寂しくなるわ……。でも、いつかまた今日みたいな日が来るかもって、少しだけ楽しみにしてる」
エメの言葉がじわっと心に温かく広がって、少し前を向いて頑張れそうな気がした。僕は両手をエメの背中へ回し、抱きしめた。
しばらくそのまま抱きしめていると、エメが少し顔を上げた。こちらを向いた気がして手を解こうとしたら、エメの唇が、僕の左頬に触れた。
ドキン、ドキン、ドキン……
初めてのことではないのに、心臓の音が大きく聞こえた。
その柔らかな唇が頬から離れても、僕はぼーっとしていた。
ハッと気がつくとエメは僕の前、一歩離れて微笑んで立っていた。エメの頬も赤く染まり、青い瞳は少し潤んでキラキラと輝いていた。
「ルゥ、大好きよ。今日はありがとう。また会いに来てね」
「あ、ああ……、僕の方こそありがとう」
エメは、にっこり微笑んで家の中へと入っていった。




