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迷いの森、光る石の道しるべ  作者: 千雪はな
第5章 冬の休暇
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初めての茶会(前編)

僕は馬車を降り、続いて降りるエメに手を差し出した。その手のひらに乗せられた彼女の手は、緊張しているからか、少しひんやりしていた。僕はその手をそっと握り「足元、気をつけて」と声を掛けると、エメはこちらを向いて小さく微笑んだ。


エメがステップを下り、僕の横に並んで立つと、正式な茶会のように着飾ったエドウィンとマリーが笑顔で迎えてくれた。エドウィンは、一瞬、驚いたような視線を僕に向けてから表情を戻した。


「エメさん、今日は来てくれてありがとう。リュウも久しぶりだな」


「ああ、エド、久しぶり。マリーさんも今日はお招きいただきありがとう」


「本当に来ていただけて嬉しいわ。続きは中で。さあ、お入りになって」


エドウィンには多少の事情は話してあるから、マリーもそれに配慮して、エントランス前での挨拶は早々に、屋敷の中へ招き入れてくれたようだ。


僕は腕をエメの方へそっと出し「エメ、行こうか」と声を掛けると、彼女の左手をその腕に添え、僕を見上げてニコッと笑った。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


僕達は、庭に面した明るい広間に通された。大きな暖炉には炎が静かにゆらめき、暖かな部屋の窓際には綺麗に飾られたテーブルが用意されている。数人の使用人が部屋の隅に立ち、部屋の大きさの割に人が少なく、静かに感じた。


その静けさを明るくしたのはマリーだった。エメの前に立つと、その両手を取ってにっこりと微笑んだ。


「エメさん、今日は来てくださって本当にありがとう。この夏から、ずっとあなたに会ってお礼を伝えたかったのよ」


「あ、あの…」


エメはマリーに両手を握られたまま、少し戸惑った様子を見せると、マリーもそれに気がついて「ごめんなさい、会えたのが嬉しくて、つい…」とその手を離した。エメは、優しく微笑んで、スカートを軽く持ち上げてお辞儀した。


「エドウィン様、マリー様、今日はお招きいただきありがとうございます」


その流れるような美しい所作に、エドウィンもマリーも目を奪われ、口はぽかんと半分開いている。森の中で育った少女がこれほどまでに美しいお辞儀で挨拶をするなんて思ってもいなかっただろうから、驚くその気持ちはわかる。僕は二人の間の抜けた顔に(こら)えきれず、横を向いて皆に聞こえないように小さく笑った。


すぐにエドウィンとマリーは笑顔に戻り、エメの挨拶に答えた。


「エメさん、俺達に『様』はいらないよ。エドって呼んでくれたら嬉しい」


「ええそうよ。私達に遠慮しないで」


「じゃあ、エドさん、マリーさんと呼んでも?」


「ええ、もちろん。『さん』もいらないくらいだけど。まあ、呼び方は慣れてきたら変わるでしょうから、あまり気にしないで。さあ、お茶でも飲みましょうか。お二人とも、座って」


マリーの明るいお喋りに、エメも笑顔になって用意されたテーブルに着いた。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


「えっ、エメちゃん、あの日のこと聞いてないの?」


マリーが驚いたように僕を見た。


僕はその視線から逃げるように、窓の外を見た。『あの日』とは、僕がサドラー家との茶会をすっぽかした日のことだ。エドウィンとマリーにしたら、出会った記念すべき日なんだろうが、僕にしたら、勝手なことをして叱られるかと思った出来事だ。


エメも少し申し訳なさそうな顔をしている。


「あの日って、私がリュウさんの忘れ物を届けた日のことですよね?マリーさんとのお約束があったのに、すっぽかしてしまったって…。エドウィンさんにもご迷惑を掛けたみたいで…」


「本当だよ。リュウが俺に茶会を押しつてけて出て行った時のことは忘れられないな。『お茶を飲むだけだ。できるだろう?』って言って、さっと部屋を出ていったんだ」


エドウィンが妙に上手に僕の声色を真似て、あの時のことをおかしそうに話した。


「それ、ここで言わなくても…」


「でも本当のことだろ?」と言うエドウィンを無視して、僕は恐る恐るエメの顔を見た。


エメは「ルゥ、そんなこと言って出てきたの?」と眉をひそめて小声で聞いてきた。


「………うん…、エメに会いたかったのもあるけど、毎日、二つも三つも茶会の予定があって、限界だったんだ…」と僕も小声で言い訳を呟いた。


僕らの様子を見て、エドウィンが大笑いし始めた。


「二人とも、そんな小さくなって、申し訳なさそうにしないでくれ。俺達は、この出会いを二人に本当に感謝してるんだ」


「そうよ、そのおかげで私達は出会えたの。偶然だとしても、そのきっかけをくれたエメちゃんには感謝しかないんだから」


マリーの笑みにつられて、エメも微笑んだ。


それからは、マリーが入れてくれるお茶を飲みながら、街で流行っているものや、春の祭りの準備などいろいろな話をして楽しい時間を過ごした。


エメも慣れて緊張もほぐれてきたようで、楽しそうにしていている。明るい陽の光の中、美しい所作でティーカップを口に運ぶエメは、森で見る彼女とは違った雰囲気で、思わず見惚れてしまい、油断すると口を開いてぼーっとしてしまいそうだ。



ふと会話が途切れたところで、マリーがエメに聞いた。


「ねぇ、エメちゃんにお願いがあるんだけど…、来てもらってもいい?」


「……?私にできることなら…」


何をお願いされるのかと少し心配そうなエメに、マリーが耳打ちした。エメはチラッと僕を見た気がしたが、僕がそちらを向いた時にはマリーと顔を見合わせて笑っていた。


「何?」と僕が聞いても、「何でもないわ」と言うだけだった。


「リュウさんはエドと少し待っていてくださる?」


「ああ、構いませんよ」


「じゃあ、エメちゃん、行きましょう」


マリーは席を立つと、エメの手を取って部屋を出ていった。エメの緊張もすっかり解けたようで、楽しそうに部屋を出ていく後ろ姿を見て、僕は嬉しくなった。

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