森の魔女
お腹が満たされたら、僕は眠っていたようだ。
目を覚ましてぼんやりと天井を眺めていると、カタンッと音がした。
「エメ?」
僕は音がした方を見て、ビクッと身構えた。
「痛っ!」
そこにいたのはエメではなく、大人の女性だった。こげ茶の髪を後ろですっきりとまとめて、生成りのシャツに紺色の長いスカートを履いてその上にエプロンをつけている。僕の母上よりは少し年上に見えるが。
―――誰…だろう。
身動きが取れない今、相手が女性であっても見ず知らずの相手は僕にとっては怖かった。
「おや、起きたかい。驚かせてすまなかったね」
「あの、貴女は…」
僕がその女性に話しかけた時、パタパタと足音が聞こえて、エメが部屋に入ってきた。
「ルゥ、起きたのね。痛いって聞こえたけど、大丈夫?」
「ああ、私が驚かせてしまってね」
「かあさんが?」
エメが『かあさん』と呼ぶ人は、エメとはあまり似ていなかった。エメは父親似なんだろうか?
黙ったままの僕を見て、エメが優しく声を掛けてくれた。
「ルゥ、知らない人が突然居たら驚くわね。ごめんなさい。
今からラリーさんをお迎えに行くから、かあさんにあなたの側にいてくれるように来てもらったの。少しの間、二人で待っててね」
「エメのお母様だったんだね。僕の方こそ、お世話になっているのに驚いてごめんなさい」
「お母様、だなんて柄じゃないよ。ジュディと呼んでくれるかい」
「…ジュディさん?」
僕がまだ緊張しながら名前を口にすると、ジュディさんは満足そうに笑った。
「かあさんは、昔、お医者さんだったのよ。一昨日もかあさんが診てくれたの。この小屋にたまたま居たから、すぐに手当ができてよかったわ。痛いところがあったら、ちゃんと言うのよ。
そろそろラリーさんが来られると思うから、迎えにいってきます。かあさん、ルゥのことお願いね」
エメはスカートの裾をふわりとなびかせて出掛けていった。それを見て、昔、エメが森の中を軽やかに歩く姿を思い出していた。あの時は、まるで物語に出てくる森の妖精のようだと思った。
エメを見送ってぼんやりしていたら、無意識のうちに疑問が口をついて出ていた。
「あなたたちは魔法使いか何かですか…?」
言ってしまってから、ハッと我に返った。
「あっ、違うんです、ご、ごめんなさい!失礼なことを言いました!」
慌てる僕を見て、ジュディさんは予想外に大笑いした。
「ははははは、この森は不思議な雰囲気があるからね。私達が魔女に見えたかい?」
「いや、えっと、…ごめんなさい」
そんな僕に対して、ジュディさんはまだ笑っていた。
「ははは、謝らなくてもいいよ。私もこの森に慣れるまでに時間が掛かったから、わからなくもないよ。
この古い森には、説明のつかない不思議な力はあるように思う。エメは、森に住む精霊の力だって言うけどね。
まあ、その力は人がどうにかできるものではないんだろう。残念ながら私もエメも魔法は使えないよ。使えたなら、あなたの傷も瞬く間に治せたんだろうね」
「エメは、精霊を信じているんですね」
「そうだよ。その精霊があなたのことを気に入ってるから助けてあげたいんだ、ってあの子が言ってたよ」
「精霊が僕のことを気に入っている…?」
「あの子はこの森で育って、ほとんどここから出たことがないから、感性があなた達とは少し違うのかもしれないね。一応、世の中の常識は私がわかる限りは教えたけど。
さあ、傷の具合を見せてくれるかい」
ジュディさんは、僕の体を起こして、クッションをいくつも使って背中を支えてくれた。
「いたたたたた……」
「ははは、大丈夫かい。少し動くだけでも痛いだろうね」
「は、はい…、大丈夫…です」
僕は座るだけで息絶え絶えだ。ジュディさんは寝台の横の椅子に座り、まずは頭の包帯から外し始めた。「あの子は包帯を巻くのが下手だねぇ」と少し笑いながら。
「ジュディさんは、お医者さんだったんですね」
「ああ、10年以上前のことだけどね」
そう言いながら、僕のおでこの傷を確認している。
「傷口は薬が効いているみたいだね。強くぶつけたみたいだけど、気持ち悪かったり、物が二重に見えたりはしないかい?」
「はい、大丈夫です」
頭に包帯を巻き直すと、手足や背中など他も次々と確認した。
「エメはこの森で生まれたんですか?」
「いや、違うよ。ここから遠い街で生まれたんだけど、あの子の母親が病気で亡くなる前に私に託したんだ。『静かなところで育てて欲しい』ってね。それでこの森に来たんだよ」
「………」
まさかそんな話をさらっと聞くことになるなんて思ってもいなかったから、僕は言葉を失った。
「エメの生い立ちを詳しく話すつもりはないけど、私が実の母親でないことは隠すことじゃないからね。エメも知っているし、なにより似てないだろう」
「父親似なのかと…」
「ははは、エメは母親似だよ。とても綺麗で優しい女性だった」
ジュディさんは、昔を思い返しながら、少し寂しそうに笑った。
「今は、ジュディさんがエメのお母さんなんですね」
「ああ、『かあさん』って呼んでいることかい?あれは少し違うんだよ。
私はエメの母親になるつもりはなくてね、最初は『ジュディ』って呼ばせようと思ったんだけど、エメが全然言えないもんだから『かあさん』でいいよ、ってことになったんだ」
それを聞いて、今度は僕が笑った。
「それなら僕と同じですね」
「ルゥじゃないのかい?」
「お世話になったのに、名乗りもせず失礼しました。リュウ・シュライトンと申します」
「あら、ご丁寧に。リュウっていうんだね。確かにあの頃のあの子はちゃんと言えなそうだね」
僕たちは顔を見合わせて笑った。
「これからは、リュウって呼んだ方がいいかい?」
「どちらでもいいのですが、この森にいる時はルゥの方がしっくりくる気がします」
「じゃあ、ルゥと呼ばせてもらうよ」
「はい、よろしくお願いします」
ジュディさんの言葉は少しぶっきらぼうだけど、どこか優しさが感じられた。最初に驚いたり、魔法使いだなんて聞いたりして、失礼だったことを反省した。




