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迷いの森、光る石の道しるべ  作者: 千雪はな
第5章 冬の休暇
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剣の手合わせ

師匠と久しぶりに剣の手合わせをすることになり、上着を脱いでベンチに投げ捨てると、使い込まれた木剣が手渡された。稽古をつけてもらっていた頃に使っていたのと同じ、師匠が作ったものだろう。その握り具合を懐かしく感じた。


「さあ、始めようか」


師匠の声に、僕は少し戸惑った。


「えっ、ここでですか?」


「いい練習になるだろう?」


ここは一人で薪割りができる程度のスペースしかなく、二人で剣を振りあえば、剣がすぐに周りの木に当たってしまうだろう。でも師匠は、何事もないように軽く素振りをしている。


確かに、森の中の実戦を考えれば、いい練習場所だ。


「そうですね。では、お願いします」


僕は剣を構えた。


わかっていたが、師匠の構えに隙はない。冬の冷たい空気が、より一層張り詰めたように感じた。


僕は、一歩踏み込んで剣を振るった。師匠はそれを容易く受けて跳ね返し、すぐに切り込んでくる。


「くっ!」


その受け止めた剣の重さに歯を食いしばった。なんとか受け流して、その勢いで剣を振り上げたら、剣先が枝に引っかかり、師匠の剣は僕の喉元を捉えた。


「ははは、大きく振り上げすぎだ」


「はい!もう一度お願いします」


こうして僕は師匠に敗れては、再び向かっていった。師匠は小さな動きで、剣に最大限の体重を乗せてくる。それを真似ながら何度も挑むうちに、この木々の間でどう戦うか少しわかってきたところで、フワッとエメがやってくるのを感じた。


意識が一瞬そちらに向いた隙を師匠は見逃さない。僕の剣を払い落とそうと、師匠の剣が振り下ろされる。僕はその剣筋を感じてなんとか受け流し、次の攻撃へ移った。


最初と比べると、だいぶ打ち込めるようになったが、師匠にことごとく受け止められ、しなやかに流される。その(きっさき)を彼に突きつけられる気がしなかった。


「ここまでにしようか。確かに上達したな、リュウ」


エメが僕達を呼びに坂を上ってきたのに気づいた師匠が、キリのいいところでそう言った。


「は…はい…、ありがとう、ございました…」


こんな狭い場所で大して動き回っていないのに、僕の額にはうっすらと汗が滲み、息が上がっていた。それに対して、師匠は涼しい顔をしてエメに「昼食の準備ができたのか?」と聞いている。上達したとは言ってもらえたが、師匠のレベルには遠く及ばないことを感じて少し落ち込んだ。


師匠とエメが言葉を交わす横で、僕は膝に手を当てて立ち、地面に視線を落として呼吸が整うのを待った。


「リュウ、私は先に行っているから、落ち着いてから来なさい。エメも、リュウとゆっくり来たらいい」


「ええ、わかったわ」


師匠は一人でエメの家へと坂を下りていき、入れ替わってエメが僕の隣に来た。


「ルゥ、大丈夫?」


「ああ、ありがとう。大丈夫だよ。やっぱり師匠には敵わないな…」


ジンジンとする両掌を見ながら、ため息を吐いた。


「でも、すごいのね!ルゥはいつも穏やかだから、剣を振る姿が想像できなかったんだけど、かっこよかったわ」


「ほ、本当?…かっこいい…⁉︎」


エメの言葉に思わず顔を上げると、キラキラした瞳がこちらを見つめていた。


「ええ、とってもかっこよかったわ」


「……あ、ありがとう」


ついさっき落ち込んだばかりなのに、エメにそんなふうに褒められて気分は一気に軽くなった。そしてすぐに顔が熱くなるのを感じてエメから見えないよう顔を背け、その後の言葉が早口になってしまった。


「エメ、ジュディさんも待ってると思うから行こうか」


エメは僕が照れているのを見透かしている様子で、優しく笑いながら僕の視界に回り込んできた。そして、ベンチに放り投げていた僕の上着を手にしながら言った。


「そうね、行きましょう」


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


エメとジュディさんが用意してくれた肉団子入りのシチューはとても美味しかった。師匠は食べ終わるとすぐに「ごちそうさま」と帰っていった。そして、ジュディさんも片付けをすると家の奥へと行ってしまった。食後も四人で話をするのかと思っていたから、エメと二人でゆっくりできることに、僕は嬉しくて顔がにやけそうになっていた。


一方、エメはそんなことは全く気にしていない様子でお茶を用意してくれていた。


「この頃、街で、夏にルゥがお土産にくれたようなお茶が売られているのよ。これもこの間、街で買ってきたの」


楽しそうに話しながらエメがポットにお湯を注ぐと、フルーティーな香りが部屋に広がった。


「これは……りんご?」


「ええ、いい香りでしょ。乾燥したりんごが入ってるのよ。ほら、この白いの」


ガラス製のポットの湯の中で、茶葉と一緒に小さくカットされたりんごが舞っていた。エメは段々と開く茶葉を時々確認しながら、最近の街での買い物の話をしてくれた。もう、街へ出掛けるのもすっかり慣れたようで、楽しそうに買い物する様子が目に浮かんで嬉しくなった。


「そろそろいいかしら」


エメは、カップにお茶を注ぎ、僕の前に「どうぞ」と置いてくれた。一口飲むと、紅茶の苦味とりんごの爽やかな香りが広がり、食後のさっぱりしたい気分によく合った。


「美味しいね」


僕が感想を言うと、エメは嬉しそうに笑った。


「そうでしょう。二番目にお気に入りなの」


「一番はミルクティー?」


「もちろん!」


エメの無邪気な答えがたまらなく可愛い。僕は、エメが美味しそうに紅茶を飲んでいるのをただ見るだけで幸せな気持ちになった。


「そういえば、明後日のお茶会……本当に私が行ってもいいのかしら…?」


「どうして?エメに会いたくてエドウィンとマリーさんが開いてくれるんだから、エメが行っていいに決まってるじゃないか」


「本当…?私、お茶会の作法も何も知らないもの…」


「ああ、心配しなくていいよ。他には誰もいないし、作法も何もないよ。お茶会なんて美味しいお茶を飲んで、楽しくおしゃべりしたらいいだけだしね」


エドウィン達と四人だけの個人的な茶会とはいえ、エメにとっては初めて招かれた場で、緊張しない方が無理だろう。でも僕は、何も心配していなかった。参加できるものなら、公式な大きな夜会でも、エメは問題なく立ち振る舞えるだろうと思う。


「エメの所作はとても綺麗だよ。そんなエメをエスコートするなんて、僕の方が緊張しそうだ」


「ふふふ、それは褒めすぎね。……でも、ありがとう。ルゥにそう言ってもらったら、明後日が少し楽しみになってきたわ」


不安そうにしていたエメの表情が明るくなり、僕はほっとした。

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