森での再会
「えっ…、それは………寂しいわ…」
エメの家に着き、ジュディさんに挨拶を済ませると、僕とエメは家の周りを散歩しながら話をした。離れていた数ヶ月のお互いの出来事だったり、子供の頃の思い出だったり、たわいもない話をした。そして、ふとお互いに話が途切れたタイミングで、僕が近衛兵団に入団するため、一、二年くらいはここに帰ってくるのが難しいことを伝えた。
エメは足を止め、風に吹かれて顔にかかった髪も気にせず僕をじっと見つめて、寂しいと言ってくれた。僕は、その髪をそっと耳に掛けた。
青い瞳が潤むのを堪えている様子が、ただ口先だけで寂しいと言っているのではないことが伝わってきて、僕も寂しいながら少しだけ嬉しかった。
「二、三日の休みなら取れるみたいだけど、それだとここまで帰ってはこられないんだ…」
「そうなのね……」
「………」
その後は二人とも言葉が見つからなくて無言のまま、再び歩き出した。
―――僕はエメ以外考えられないけど、一、二年先の状況が想像もできないから、待っててとも言えないし……
「ん?」
ぐるぐる考えながら歩いていると、何か音が聞こえた気がして、僕は右手の斜面の上を見上げた。
「どうしたの?」と右隣に歩いていたエメも僕と同じように見上げた。
「ああ、ディックの家よ」
「えっ?」
「昔からこの森に住んでて、時々私達を助けてくれるの」
「ディック?」
「ええ、ディックっていう人よ。前にルゥの話をしたら、今度会ってみたいって言ってたからちょうどいいわ。会いに行きましょう」
そう言ってエメは、僕の返事も聞かずに手を取って、その家へ続く坂道を駆け上がっていった。
僕は、エメに引っ張られるように後をついて走りながら、いくつかの疑問が頭を駆け巡っていた。
―――この森に、エメ達の近くにいるということは、王都から一緒に逃げてきたジェフという人だろうか。もちろん、偽名を使っているだろうけど、ディックって……
坂を上りきったところにある丸太小屋の前で、薪割りをしている人がいた。背が高く、がっしりとした体格で、捲り上げた生成りのシャツの袖から覗く鍛えられた腕で鉈を振るい、次々と薪を割っていた。
「ディック!」
「師匠⁉︎」
エメと僕の声が重なった。
「えっ、ルゥ⁈ディックのこと知ってるの?」
「えっ、師匠⁈なぜこんな所に?」
エメと僕は、それぞれ別の方を向いて疑問を口にして噛み合っていない。それを見て、エメがディックと呼んだその人が笑い始めた。僕の記憶にある師匠とは違い、髭を蓄えて、いかにも山男という風貌だが………間違いなく僕の師匠だ。
「ルゥ…?」
その声に振り向くと、エメが驚いた様子で僕を見つめていた。
「えっと、彼は僕の剣の師匠なんだ。小さい頃から騎士学校に入るまで、剣術を教えていただいていた」
僕は師匠の方へ向き直った。
「師匠、ご無沙汰しています」
「ああ、リュウ、久しぶりだな。五年、いや六年ぶりか?少し逞しくなったな」
僕と師匠のやりとりを、エメは不思議そうに、でも嬉しそうに見ていた。
「ディックとルゥが知り合いだったなんて、知らなかったわ」
「僕も、師匠がエメの知り合いだったなんて…。でも師匠、貴方は隣町に住んでいると…」
「ははは、ここも隣町だろう?」
「あ……」
確かに、この森の脇を通る道が隣町との境界ではあるが…。
「でも、ここに住んでいるとは…」
「ははははは、思ってもいなかっただろうな」
ディックは豪快に笑っている。
「はははは…」
僕はなんだか騙された気分で力無く笑い、それを見て、エメもクスクスと笑っている。
「ディックはルゥのこと知ってたのに、教えてくれなかったのね?」
「いやいや、『崖から落ちたルゥっていう男の子を助けて仲良くなった』としか聞いていないぞ。それが、シュライトン伯爵家のリュウだとはわからんだろう」
「あれ、私、言ってなかったかしら?」
エメが眉間にしわを寄せて、記憶をたどっている。その様子を、師匠がまた笑った。
僕は顔が熱くなっているのを感じた。
「師匠に崖から落ちた話が伝わっているなんて…」
「ははは、気にするな。誰でも失敗はあるさ。今はこうしてピンピンしているんだろう」
「はい…、もうすっかり治っています」
「じゃあ、これから挽回すればいいじゃないか」
師匠は笑いながら、僕の背中をバシッと叩いた。かなり痛い…。
「あら、ルゥはすごいのよ。剣術大会で優勝したんですって」
さっき、僕が話したことを、エメが得意そうに師匠に話した。
「騎士学校の大会で優勝したのか?なかなかやるじゃないか」
「はい、師匠の教えのおかげです」
「ははは、もう何年も教えていないんだ。お前の実力と努力の結果だろう。自信を持ちなさい」
「ありがとうございます」
「それにね、」とエメが付け加えた。
「ルゥは、近衛兵団に入るんですって。ディック、それって、やっぱりすごいことなのよね?」
「近衛兵に?いつからだ」
「はい、年明けからです」
「そうか……」
その後しばらく師匠は黙って考え込んでしまった。エメが心配そうにしている。
「ディック…?何か悪いことでも?」
「いや、学生のうちに近衛兵に選ばれるなんて聞いたことがなかったから、驚いただけだ。まあ、学生から入団すると、実績のないことを気にする奴がいるだろうが、認められて選ばれたのだから胸を張って任務にあたりなさい」
「はい、頑張ります」
「ディックが黙っちゃうから、心配したわ」
エメが安心した顔で僕に笑いかけた。それから、ハッと立ち上がってエメの家の方を見下ろした。
「いけない、昼食の準備を手伝わないと!」
そういえば、いい香りが漂ってきている。
「ルゥはここでもう少し待っててくれる?準備ができたら呼ぶから。ディックも一緒に来てね!」
そう言って、エメは僕らの返事も聞かずに家の方に戻っていってしまった。
「慌ただしい子だな。嬉しい時は、人の話を聞かないからな…」
師匠は、エメの後ろ姿を目で追いながら笑った。それは優しく見守る眼差しだった。
ディックと名乗るこの人が、ジェフである確証はない。しかし、もしそうであれば、彼がずっとエメの近くで暮らしていること、そして父上が彼に僕の剣の指南を頼んだことも説明がつく。
万が一、違うことも頭に入れて少しだけ曖昧に、でもジェフならわかるよう、どう問うべきかを考えた。
「師匠…、」僕は姿勢を正した。師匠も、真っ直ぐ僕を見て次の言葉を待っている。
「父から、エメがこの森に来た時の、雨の日の話を聞きました」
「ああ、セドリックがお前に話したことは聞いている。私からも少し話したほうがいいだろう」




