森の精霊
しばらくの間、エメが確かにここにいることを感じながら、彼女をぎゅっと抱きしめていた。エメも何も言わず、僕の胸に頬を寄せて優しく抱きしめてくれていた。
ずっと心の隅にあった不安が小さくなり、代わりに心が温かく満たされていくような感じがした。
僕が抱きしめる手を緩めると、エメは顔を上げて優しく微笑んだ。僕も笑い返し、エメの手を引いて歩き出した。
森に入ってからエメの気配をを捉えていた僕の感覚は、次はエメの家に向いていた。やっぱり、気のせいではないようだ。
「………ルゥ、どうしたの⁉︎」
これまではエメに手を引かれて歩いていた僕が、先を歩いているのを見て、エメが驚いている。向かっている方向も間違っていないようだ。
僕はその顔を見て、少し得意顔で笑った。
「何故だかわからないけど、今日、森に入った時から感じるんだ」
「感じるって………石じゃなくて、…ルゥが?」
「ああ、さっきは、エメが僕に向かって来てくれるのがわかった。今は…、エメの家は、この方向だろう?」
「………ええ、合ってるわ」
驚くエメの手を引いて、歩きながら僕は話した。
「何度も森に通ってるうちに、僕の感覚が敏感になっているように思うんだ。王都にいる時もね、剣術の対戦で、前とは比べ物にならないくらい相手の剣筋や気配を感じるようになってね。練習での上達だけではないと思ってたんだけど…」
振り返ると、エメは真剣に聞いてくれていた。視線がぶつかると、エメは柔らかく笑い、僕は森の入り口で感じた感覚を改めて思い出した。
「今日、森に入った時、エメを感じたんだ。綿毛がフワッと飛んできたみたいに」
「フワッと…?」
「そう、飛んできた方向にエメがいるって…。その時は、綿毛が頬をかすめたように感じたけど、エメが笑ってくれた時の嬉しい気持ちにも似てるかも」
エメは「フワッと…」と、また言って首を傾げて歩いている。その様子が可愛らしくて、僕は自然と笑顔になった。
「エメとは感じ方が違うのかな?」
「私は…、見えるって言ったらいいのかしら…。どこかから誰かに呼ばれたような気がして、そこに気持ちを向けると、その人がいる場所が頭の中に浮かんでくるの」
「へぇ…、そうなんだ。僕の感じているのとは違いそうだね。呼ばれるのか…」
「ええ、服の裾をキュッと引かれるような感じで。だから、私、小さな頃は森に小人がいて、教えてくれてるんだと思ってたわ」
エメは、少し照れたような顔で昔の話をしてくれた。
「そういえば、ジュディさんが前に、森の不思議な力は、エメは森に住む精霊の力だって言ってる、って話してたな…」
初めてジュディさんと話した時のことを振り返ったら、「あっ…」と思わず声が漏れた。
「どうしたの?」
当然、エメは不思議そうな顔をしている。
「僕、その話をする前にジュディさんに『魔法使いですか?』って聞いたんだって思い出して……。会ったばかりなのに、失礼なことを言ったな、と…」
それを聞いたエメが大笑いした。
「かあさんが魔法使いって、あはは。ルゥは、私が雨の歌を歌った時も、私が雨を降らせたのかって言ってたわね。ルゥは、意外とロマンチストなのね?」
「そんなことないよ。エメこそ、小人に袖を引っ張られるんだろう?」
僕は、エメの揶揄うような口調に大袈裟に拗ねたように答えた。
「小人を信じていたのは、小さい頃よ。ルゥに初めて会った時くらい、ずっと前のことだもの」
エメもわざとらしくムキになっている。
そして「でもね、」と言って続けた。その声のトーンが変わったことを感じて振り返ると、真っ直ぐに僕を見つめる青い瞳は、ここまでのおどけていたのとは違い、エメが真剣に話していることを伝えていた。僕は足を止めた。
「小人のような可愛らしいものは、もう信じてないけど、精霊というか……、森には何か神聖な力が宿っていることは信じているわ」
エメの言葉に、僕の手は自然と胸元にある石を服の上から押さえていた。
「ああ、それは僕も信じるよ。この石が何度も僕を助けてくれたし、今日、僕もエメを感じたからね」
「ルゥも同じように感じてくれて、すごく嬉しい」
そう言って嬉しそうに微笑んだ瞳は、一つ瞬きをして再び僕の方へ向けられた。その青色は益々深みを増したようで、本当に吸い込まれてしまいそうだ。胸元にあった手は彼女の頬に伸び、無意識のうちに思っていたことを口にしていた。
「君は、森の妖精なんじゃないかと思う……」
エメの瞳が驚きで大きくなったのを見て、僕はハッと我に返った。
「あっ、違っ……、えっと…」
ついさっきロマンチストだと言われたのを反論したのに。僕は頬が熱くなるのを感じながら慌てた。
「ふふふ、やっぱりルゥはロマンチストだわ。ふふふ…」
僕は赤くなっているであろう顔を隠すように、再びエメの家の方へ歩き出した。エメの手を引いて、少し早足になってしまった。エメは、僕の後ろでクスクス笑っている。
少し恥ずかしいが、なんて楽しい時間だろうか。
近衛兵団への入団の話があってから感じていたプレッシャーや不安はすっかり忘れていた。




