近衛兵団か、それとも
「リュウ、近衛兵団に入ってくれ」
―――は?
と、なんとも不敬な返答をしそうなところを堪えたが、アレン殿下はそれが聞こえたかのように、小さく笑われた。
「あの…、自分が近衛兵に、ですか」
「ああ、急な話で驚くと思うがその通りだ。まあ、楽な姿勢にしてくれていい」
殿下の言葉に、手を腰の後ろで組み、姿勢だけは休めにしたが、話の内容に緊張してきた。
近衛兵は、かなりのエリートだ。騎士学校を卒業し、騎士団の中で実績を積んだ優秀な騎士の中から選ばれる。騎士学校を卒業してすぐに近衛兵団に配属されることは、数年に一人程度はいると聞くが、一度騎士団に入団してから選ばれているはずだ。在学中に近衛兵に選ばれるなんて聞いたことがない。
「殿下、何か特別な理由でも?」
「いや、特別なことはない。近衛兵団の一班を入れ替えることになり、私が一名推薦できることになったから、君を推すことにしたんだ」
近衛兵団や騎士団の班を入れ替えは、何か不正などの問題があったことを示す。不正と言っても、立場によって主張は異なる。この入れ替えは、アレン皇太子殿下と宰相の対立に関わるのだろうということが、僕にでもわかる。たぶん、宰相寄りの班で起こした問題を契機に、皇太子殿下寄りの人材を近衛兵団に増やすということだろう。
「リュウ、君が想像していることは、恐らく合っていると思う。でも、今、君にその詳細を話すことはできない」
ただの学生の僕に、宰相との対立について説明できないのは当然だろう。
「はい、それはわかります」
「リュウの知識や洞察力、そして剣術のレベルは近衛兵に推して問題ない。団長にもそれは確認している」
「フランシス侯爵にですか?………あ、だから剣術大会で…」
「ああ、実際に見てもらった」
近衛兵団長が騎士学校の剣術大会に来られるなんて普通はないことだから、殿下の護衛か、ニコラの父親として観戦されているのかとその理由を考えていた。まさか、近衛兵候補となり得るか、僕の剣術を見に来られていたなんて……。
殿下は、いつから僕を近衛兵になどと考えられておられたのだろうか。
「しかしながら、殿下、私はいずれ我が領地を継ぐ立場にあります」
「それは承知している。だが、シュライトン伯はまだまだ元気であろう?十年、いや五年でもいい。リュウは、私の立場に遠慮せず自分の意見を言ってくれる貴重な存在だ。だから、その間だけでも王城に勤めてほしいと思っている」
「それは、大変光栄です。しかし…」
いずれ来る王位継承の時を見据えて、殿下の周りの人材を固めているのだと思われるが、そこになんの実績もない僕が入っていいのだろうか。
でも、殿下から入団の話が出たということは、それは決定事項だ。僕に入る、入らないの選択権はない。それは理解している。だから『しかし…』の先の言葉は飲み込んだ。
ただ、ひとつだけ気になることがあった。
「殿下、それはいつからでしょうか」
僕が近衛兵団への入団を承諾…、というか諦めたことを確認して、殿下は満足そうに微笑まれた。
「年明けからだ。冬の休暇はのんびりしてくれ」
「はい、ありがとうございます」
「いや、本当はな___」
殿下の話は続いていたが、僕は年明け後のことを考えていた。
騎士団へは在学中に入団する学生が毎年何人かいる。卒業後に即戦力となれるよう、入団が決まったらすぐに訓練に参加したり、行事などの任務に駆り出されるようになる。学業と並行して行われるから、かなり忙しい。そして、学期中は訓練時間が十分取れないので、休暇がその足りない時間に充てられ、ほぼ潰れるらしい。近衛兵団も同じだろう。
―――来年はフィレイナードにほとんど帰れない……
休暇ごとにはエメに会いに行けると思っていたのに、それが叶わなくなるなんて思ってもいなかった。
その後の殿下の話は、問題なく受け答えはしたと思うが、話に集中するのが難しく、この先の不安が頭の中を駆け巡った。
「ではリュウ、年明けから頼んだ」
話の終わりを告げる殿下の言葉に、僕は姿勢を正した。
「はっ、かしこまりました」
殿下と校長に一礼して、部屋を出た。
◇ ・ ◇ ・ ◇
校長室から戻り、午前の残りの授業をぼんやりと受けた。そして昼食の時間になったが、まったく食欲がわかなかった。
僕は、食堂には向かわず、人気のない校舎裏で午後の授業まで時間を潰すことにした。緩やかな丘になっていて、芝が綺麗に刈りそろえられている。
僕は大きな木の下に腰を下ろし、膝に顔を埋めて殿下の話を思い返した。
父上の跡を継ぐ時までは、騎士団に所属し誇れる実績を積むことを目標に努力してきた。今回の近衛兵団の話は、目標以上の話だ。エメの存在を理由に、その目標を変えるつもりはない。でも……
「はぁ…」
幹に頭を預けて見上げると、綺麗に手入れされた枝が風に揺れ、乾いた木の葉が擦れ合う音が静かに聞こえる。
―――あの森の木々は、こんな上品な木とは違って幹に蔦が這って、根元は苔生して…。そこに立つエメは、森の妖精のようで……
何でも思いがエメに繋がってしまう。
「はぁぁぁぁ………」
「盛大なため息だな」
「うわぁっ!」
急に声を掛けられ驚いた。横には、ディーンがまた呆れ顔で立っていた。
「リュウ、昼飯食べたのか?」
「いや、まだ…」
「まだ、って食べる気なかっただろ。食堂に来ないで…」
「なんかお腹減ってなくてね…」
ディーンは僕の隣に座り、サンドイッチの包みを突き出してきた。
「やる。後で食べようと思って買ったやつだから気にするな」
「いや、悪いよ」
「お前が倒れて、また運ばないといけない方が嫌だぞ。ちゃんと食え」
「…ありがとう」
『また』を強調され、僕は笑いながら包みを受け取り、サンドイッチを食べ始めた。
「で、どうしたんだ?話を聞いてもいいのか?」
「ああ、あまり触れ回ってほしくはないけど…」
「そんなことはしないよ」
「うん、わかってる」と僕は答え、一呼吸置いてから話した。
「僕、近衛兵団に入ることになった」
「………えっ⁈」
「驚くよね。僕もついさっき殿下から聞いたばかりで、まだ実感が湧かないんだ」
「殿下から…、じゃあ、打診じゃなくて、決定ってことなんだな」
「ああ、そうなるね…」
「えっと、それは卒業したらってことか?」
「いや、年明けから」
ディーンは言葉を失っていた。やはり在学中の近衛兵団入団は、それほど驚くことなのだ。
「………それは、すごいな。まあ、リュウの成績なら納得だけど」
しばらく経って、ディーンがそう言ってくれた。
「ありがとう。でも、騎士としての実績がない僕で大丈夫だろうかと不安でね」
「まあ、そうだろうな。俺は、頑張れとしか言えないけど。それより、領地のことはどうするんだ?」
「それは、僕が父上の跡を継ぐ時になったら、退団していいと言われている」
「言われている…。ははは、その時に本当に辞めれるのかね」
「ははは、そうできることを祈るしかないかな」
僕も力無く笑った。
「物分かりがいい奴だな。ま、リュウらしいか」
「僕を近衛兵に推してくださったのは殿下なんだけど、本当は殿下の側近にと希望されていたらしい」
「はぁ…、それもすごい話だな。でも、側近だったら、跡を継ぐからって辞められないだろ?」
「そうだろうね。殿下も、その点は配慮して側近じゃなくて近衛兵に推してくださったみたいだ。まあ、もし近衛兵団を辞められなかったとしても、僕の従兄弟の誰かが継いでくれると思う」
僕は、双子の従兄弟レオンとマークの顔を思い浮かべた。彼らのどちらが僕の代わりに跡継ぎとなっても問題ないだろう。
「リュウがそこまで考えてるなら、大丈夫じゃないのか。すごく名誉なことなんだから、自信持ってやってみれば?」
「うん、ディーンに話して整理できたよ。それまで考えがまとまらなくて、どうしようかと思ってた。ありがとう」
「それならよかった」
ディーンの笑顔を見て、僕はほっとしていた。
一番モヤモヤしているのは、エメになかなか会えなくなることだけど、それは伏せて話した。エメ以外のことだけディーンに話したら、その部分はなんとかなるような気がしてきた。
僕はサンドイッチを食べ終わると、ディーンと午後の授業を受けに教室棟へと向かった。




