浮かれて沈んで
エメ宛ての招待状を送って十日ほど経ったある日、母上から手紙が届いた。
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先日の茶会への招待の件、出席と先方へお返事差し上げて問題ございません。
貴方が、その日に確実にこちらへ来られよう調整をされますよう。
では、お身体に気をつけて。
母より
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用件だけのシンプルな手紙を、僕は何度も読み返していた。
エメが茶会への招待を受けてくれたのはもちろん、母上から参加していいとわざわざ手紙を送ってくれたことも嬉しかった。
僕が確実にその日に帰れるか心配されているが、冬の休暇の期間にあたるのだから大丈夫だろう。風邪はひかないように気をつけよう。
早速、僕達の出席を知らせるため、エドウィンに手紙を書き、すぐに発送してもらえるよう手配した。
―――エメと茶会へ行くことができる、本当に⁈
なんだか実感はわかないくせに、嬉しさがじわじわと込み上げてきた。
ニヤけそうになるのを自覚した瞬間、スパンッと後頭部を叩かれた。
「痛っ!」
後頭部を押さえて振り返ると、そこには呆れ顔のディーンがいた。
「お前、自分が廊下を歩いてるの、忘れてないか?」
「あー………忘れてた」
「はぁぁぁ…」
ディーンは盛大なため息を吐いた。今、僕は彼とすれ違ったのに気づかず、ニヤけながら歩いていたと言う。
「えっ、ニヤけてた⁈」
「はぁ…、ちょっと来い」
もう一つため息を吐いて、ディーンは僕を談話室に連れて行き、空いた一角に座らせた。
「で、どんないいことがあったんだ?」
ディーンもソファに座ると、興味津々の顔で聞いてきた。
「えっと、いいこと………」
どこまで話していいかと考えたら、口籠ってしまった。
今度は小さくため息を吐き、肘掛けに頬杖をついたディーンは少し困ったような顔をして僕に言った。
「どうせ、前に話してた森で助けてくれた子に関係することで嬉しいことがあったんだろ?」
「………ああ」
「お前、その子への気持ちを隠しておきたいんだろ?多少事情を知ってる俺にも上手く説明できないのに、簡単に顔に出すなよ。さっきみたいに聞かれたらどうするつもりなんだ?」
「………」
僕は唇を噛み、膝に置いた拳に視線を落とした。
「そんな落ち込まなくていいけどさ、気をつけろよ」
そう言うと、ディーンは立ち上がり、僕の肩をポンッと叩いて「じゃあな」と談話室を出ていった。
ディーンは、僕の気持ちが周りに知られたら、その仲を引き裂かれると思っているようだ。少し違うけど、ディーンの言ったことは、僕を冷静にした。つい浮かれてしまった自分を反省しつつ、ため息を吐いた。
―――はぁ、でも、嬉しくても喜べないのは結構辛いな…
みんなが婚約者だったり、幼馴染の女の子だったり、嬉しそうに話すのを、前はあまり興味もなく話の輪に入ることもなかったけど、それに加わることができたら楽しいだろう。今ならその気持ちがわかる。冷やかされたりしたら嫌だろうと思っていたが、それもまた嬉しいんだろうな。
僕が、何も気にせずにそんな話をすることができる日は来るんだろうか。そんな日が来たら嬉しいけど……
―――それが叶わなかったとしても、僕はエメがいい。
そう、『エメがいい』んだ。自分の選択がはっきりすれば、すべきことも見えてきた。
エメは王都から逃れてきたのだから、王都では彼女のことは出来る限り隠しておきたい。誰かに興味を持たれないように気をつけなければ。
ふぅっと息を吐いて気持ちを落ち着け、僕も談話室を出た。
◇ ・ ◇ ・ ◇
落ち込んでも、他人を羨んでも仕方がないと気分を切り替え、日々やるべきことに集中することにした。
冬になればエメに会える。それを考えるだけで、なんでも頑張れる気がした。最初はエメを思うと顔が緩みそうなのを堪えていたが、いつの間にか、顔に出さずにいられるようになっていた。
木々の葉が黄色や赤に変わり始めた頃、久しぶりにアレン様が朝から授業に出席されていた。
「アレン様、おはようございます。今日は一日出席されるんですか?」
「いや、昼前にはここを出なければいけないんだ」
「お忙しいですね」
アレン様は、わざとらしくうんざりした顔をされた。
「ああ、昼食ぐらいはここで取りたかったんだが。ところで、ニコラは?」
「今日は休みです。家の用事があるとか」
「そうか、ちょうどよかった。この授業が終わったら、少し時間をくれるか?」
「はい」
どんな話か伺おうかと思ったら、先生が教室に入ってきて授業が始まった。『ちょうどよかった』と、僕にだけの用件のようだけど…
◇ ・ ◇ ・ ◇
授業が終わると、アレン様は行き先を告げることなく歩き出された。普段通り、最近学校であったことを聞かれるので、僕は答えながらアレン様に並んで廊下を歩いた。
「………校長室…ですか?」
アレン殿下が重厚な扉を開けて先に入られ、僕にも入るよう促された。
僕は戸惑って、足が進まなかった。なぜここに呼ばれたのか見当もつかないが、校長室で告げられることなんてと思うと、入室を躊躇っていた。
「リュウ、こちらに」
「はい、失礼します」
殿下の声に背筋を伸ばし、入り口で一礼して部屋に入った。
殿下は、校長の大きな机に組んだ手を置き、リラックスした表情で座られていた。校長は、その隣に立っている。
僕は机の前に直立し、殿下の言葉を待った。
「リュウ、近衛兵団に入ってくれ」




