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迷いの森、光る石の道しるべ  作者: 千雪はな
第3章 前に進む
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紅茶を見る

「紅茶を見るの……?」


エメの家の前まで来た時に見せたい紅茶があると僕が言ったら、エメは不思議そうに首を傾げた。


「見たらわかるよ」


その言葉にエメは笑顔になって、「じゃあ、早く見せて」と僕の手を引いて、家に招き入れてくれた。


「かあさん、ただいま」


「ああ、おかえり。ルゥには会えたかい?」


階段横の開いている扉の奥からジュディさんの声が聞こえてきた。すぐに彼女が顔を出し、僕を見て優しく笑い「いらっしゃい」と声を掛けてくれた。


父上からジュディさんがエメを連れて逃げてきた話を聞いてから、初めて顔を合わせる。聞きたいことはもちろんあるが、それは今ではないと言葉を飲み込んだ。


「ジュディさん、お邪魔します」


「かあさん、お湯沸いてる?ルゥがお土産に紅茶を持ってきてくれたの」


「ああ、あるけど、少し前に沸かしたから、もう一度火にかけた方がいいね」


「あ、ジュディさん、ちょっと待って」


僕はジュディさんを呼び止めた。


「お湯は、少しぬるい方がいいんです。あと、レモンもありますか?」


「ああ、あるよ。じゃあ、すぐに持ってくるね」


そう言ってジュディさんは、扉の奥へと戻っていった。



僕はダイニングテーブルを借りてお土産を並べ始めた。紅茶店で勧められた小さな紅茶缶を並べると、エメが寄ってきて目を輝かせた。


「お人形のお茶みたいね。可愛い」


エメが嬉しそうな笑顔で僕を見た。


―――やっぱり、小さい缶が並ぶと可愛いのか。よかった。


エメは、テーブルに置かれた缶を屈んでのぞき込んだ。そしてラベルに書かれたお茶の名前に目を止めた。


「『パンケーキの後で』、『星を眺めて』……?これがお茶の名前なの?」


「そうだよ、面白いでしょ。ブレンドティーなんだ。いろんな茶葉やハーブがブレンドされてて、『星を眺めて』は砂糖粒が入ってて、それが星のように浮かぶんだって」


「じゃあ、これ見せてくれるの?」


エメが『星を眺めて』の紅茶缶を手にして僕に聞いた。


「ううん、こっち。『朝焼けの空』」


僕がその缶を取り上げると、ジュディさんがヤカンと切ったレモンを手に戻ってきた。


「ジュディさん、ありがとうございます」


僕はお礼を言い、「これもお土産なんだ」と鞄からガラスのポットを取り出した。そして小さな茶漉しに茶葉を入れ、ジュディさんから受け取ったヤカンのお湯をポットへと注いだ。


「わぁ、綺麗…」


お湯を注いだ途端、薄い青色のお茶でポットが満たされていく。もう少しだけ茶漉しを浸して待つと、青は深みを増した。


「これくらいかな」


僕が茶漉しをあげると、ポットの中のお茶はまるでエメの瞳のような綺麗な青色になっていた。ポットの向こうの青い瞳もキラキラと輝いてとても綺麗だった。


「綺麗ね、ルゥ。これを見せたいって言ってたのね」


納得した顔でエメがこちらを向いた。


「まだこれからだよ。まだ夜が明けてないからね」


「『朝焼けの空』……?」


エメはまた不思議そうな顔に戻って、お茶の名前を思い出して呟いている。僕はその反応を楽しみながら、ポットにカットされたレモンをギュッと絞り入れた。店で教わった通り、静かに、でも一気に思い切って。


ポットの底の方からじわっと赤紫に色が変わり、広がっていく。


「わぁ、すごいすごい!夜が明けたわ」


朝焼けのような薄い赤紫に色を変えたお茶を見て、エメの瞳はキラキラを増しているように思った。


喜ぶエメを見て、僕は嬉しくなった。


「ありがとう、エメ」


「えっ⁈お土産を持ってきてくれたルゥがお礼を言うの?」


驚いたエメが顔を上げた。


「こんなに喜んでもらえたら、旅の疲れも吹き飛んだから」


「ふふふ。ありがとう、ルゥ」


「はぁ…、僕、初めて淹れたから、うまく色が変わってよかったよ。これ、淹れ方が書いてあるんだ」


僕は紅茶店でもらった紙をエメに渡した。説明書きと睨めっこしながら淹れたら格好がつかないと思って、このお茶の淹れ方だけは帰りの馬車の中で覚えてきたのだった。


「他のお茶も淹れ方がそれぞれ違うのね」


「あまり難しく考えずに、楽しく淹れるのが一番だってお店の人は言ってたけどね」


「ありがとう、他のもまた今度飲んでみるね」


「うん、そうして。あと、ミルクティー用は大きい缶で買ってきたんだ。エメ、好きでしょう?」


「わぁ、嬉しい!ミルクティー用っていうのがあるのね」


「濃いめに出る茶葉を選んでるんだって」


「そうなのね」と言いながら、エメは缶を受け取って頬擦りまでしている。そしてラベルを見て、僕に聞いた。


「『甘めのミルクティーに』って、他のミルクティー用の茶葉もあるの?」


「『大人のミルクティー』っていうのもあったな。これはエメ用じゃないなぁ、って甘めの方を選んだんだ」


僕が少し揶揄(からか)うような口調でそういうと、エメも大袈裟に拗ねてみせた。


「ルゥのいじわる!」


そして二人で顔を見合わせて笑った。


「最後にね、もう一つお土産」


僕は少しドキドキしながら鞄から髪留めを出した。ミルズ商会の一階の雑貨店で買った、外国から仕入れたというビーズの髪飾りだ。いろんな緑が使われていて、森を連想させるその色を一目見て、エメの髪につけたら綺麗だろうと選んだんだけど、気に入ってもらえるか不安だった。


緊張しながら手渡すと、エメは受け取ってじっと眺めていた。僕のドキドキは大きくなっていく。


「綺麗……」


エメのその一言を聞いて、ほっとした。


「エメの髪に着けてもいい?」


僕が聞くと、エメが驚いて顔を上げた。


「ルゥが着けてくれるの⁈」


「ああ、姉上の髪飾りがずれた時に僕が近くにいると、すぐに直させるから、簡単になら着けられるんだ」


「それじゃあ、お願い」


僕はエメから髪留めを受け取ると、エメに椅子に座ってもらい、その後ろに回った。


エメの右耳の上の髪を少し(すく)った。丁寧に()かれた柔らかな髪を手にして、僕は少しドキドキした。見ると、エメの耳も赤くなっている。緊張しながら、手にした髪を軽く捻ると耳の少し後ろに髪留めを挿した。


「前からでも見えるように、真後ろじゃなくてここに着けてみたんだけど…」


気に入ってもらえるだろうか、と少し不安に思ったが…


「ちょっと見てきていい?」


とエメは二階の自室へ駆け上がっていってしまった。


「エメ、ゆっくり上がりなさい」


いつかと同じようにジュディさんの声が奥の部屋から追いかけてきた。


「ごめんなさーい!」


エメの反省のない返事が二階から返ってきた。僕はそんな二人のやり取りを、一人で小さく笑った。


エメはすぐに手鏡を持って下りてきた。


「ありがとう、すごく素敵」


そう言ってもう一度、鏡で髪留めを見ている。よかった、よく似合ってる。



はぁ………


すごくすごく名残惜しいけど、鏡を覗き込むエメに声を掛けた。


「慌しくて申し訳ないけど、そろそろ帰らないと」


「そうね、日が傾いてきたわね」


森の外はまだ明るいだろうが、木々に囲まれたここは段々と暗くなってきていた。


気を利かせて奥の部屋にいたと思われるジュディさんもダイニングへと出てきた。


「では、お邪魔しました」


「そろそろ王都へ戻る頃だろう。気を付けて」


「ありがとうございます、ジュディさん」


そしてエメに「帰るね」と声を掛けた。


「じゃあ、家の前まで…」


エメは僕の後ろを元気なく着いて外に出てきた。玄関ポーチを下りると、僕は石のネックレスを取り出して森の出口を尋ねる。石は出口の方角を指して光った。


僕の隣でエメが頬を膨らましている。石の上に手をかざして光の先を通せんぼするような仕草をしている。


「エメ…、何してるの?」


「道案内の邪魔できないかと思って」


「僕、迷ったら困るんだけど…」


「そしたら私が助けに行けるでしょ」


石の道案内に対抗心を燃やすエメをそっと抱き寄せた。


「本当にありがとう。顔を見るだけの短い時間で、ごめんね。でも僕、エメに会いに来てよかった。エメの顔を見ると、ホッとするんだ」


エメは僕の胸に顔を埋めたまま言った。


「来てくれてありがとう。………いつ、王都へ行ってしまうの?」


「明後日」


「明後日…」


「朝早くに()つんだ。ここを通る時に、会いに来ていい?女性に対して非常識な時間だけど…」


エメは顔を上げないままクスッと笑って答えた。


「私も会いたい。着飾ったりしないままだけど…」


そう言って涙目の顔を上げて、少しいたずらっぽく笑った。エメの右手は、僕の左手を優しく握っていた。僕はエメの左の頬に涙で貼り付いた髪をそっと耳に掛けてやり、おでこに軽くキスをした。


エメはちょっと照れて微笑んだ。


「じゃあ、明後日の朝」


「うん、待ってる」


僕が立ち去ろうとした時、繋いでいたエメの手に一瞬だけ力が入った。しかし、すぐにそれは(ほど)けて、僕は石の光る方へと歩き出した。

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