石に嫉妬
「じゃあ、エメの家まで連れていってくれる?」
帰りは石を頼りに一人で戻れそうなのを確認できたので、僕は安心してエメの家までお土産を運ぼうと、エメに案内をお願いした。
「ええ、わかったわ。行きましょう」
にこっと笑って歩き始めたが、いつものエメと少し様子が違う気がした。
「エメ、どうかした?」
何があったのか見当もつかないから、漠然とした聞き方になってしまった。それに対して、エメはただ首を横に振った。
やっぱり、どこかおかしい。いつも、――といっても、これまでに数回しか一緒に森を歩いていないが――僕の手を引いて歩いてくれた。何度も僕の方を振り返りながら、いろんな話をしながら歩いていたのに……。
今は僕とは手を繋がず、うつむき加減で静かに歩いている。絶対に何かおかしい。
エメの様子が変わったのは、僕が森の出口を石に聞いた後だろうか?その時、僕が何かいけないことを言っただろうか…。
僕は先を歩くエメの前に回り込んだ。エメは足を止めて、僕を見上げた。
「エメ、僕が何か君が悲しくなるようなことを言ってしまっただろうか。そうなら、教えてくれないかな。僕はエメを悲しませたくはないよ。きっと何か誤解があると思うんだ…」
エメは少し考えてから、遠慮がちに口を開いた。
「あの…、ルゥは悪くないの。この間、帰る時に石が森の出口を教えてくれなかったでしょ。ルゥがまだ一緒にいたいと思ってくれてるのがわかって嬉しかったの。でも今日は……」
ああ、エメが元気がなくなった理由がわかった。
「ごめん、エメ。石への聞き方を言わなかったから、不安にさせてたんだね。さっきは『エメを暗い森を一人で歩かせたくないから、僕に森の出口を教えて』って石に頼んだんだ」
「えっ……」
エメにとっては予想外の返答だったようだ。
「石は、僕の本当の気持ちしか聞いてくれないと思って試してみたんだ。もちろん、エメとは一緒にいたいけど、森の出口まで案内してもらったら、暗い道をエメ一人で帰さないといけないでしょ。それはどうしても避けたかったから」
「……そうだったの?」
「うん。でもエメに言ったら、暗くても大丈夫って帰り道も案内しそうだから、どう石に頼んだのかは言わずに誤魔化そうかなって思って…」
いらない心配をさせて悪かったな、と思っていると、エメは言葉を探すように小さな声で言った。
「えっと……、あの…心配してくれてありがとう。それから、ごめんなさい」
「どうしてエメが謝るの?」
「だって、石がルゥが一人で帰れるように案内したからって拗ねてたら、ルゥは困るでしょう?」
少し頬を赤らめて、僕から視線をずらしている。「嫉妬相手が石だなんて…」と小さく呟いているのもまた可愛くて、思わずふっと笑ってしまった。
「僕は嬉しいけど。だって、それはエメが帰り道も僕を案内してくれるつもりだったってことでしょ?その時間も一緒にいたいって思ってくれるなんて、すごく嬉しいよ。ありがとう、エメ」
エメは少し恥ずかしそうに、でもこちらを向いて嬉しそうに笑ってくれた。エメの表情が明るくなって、僕は安堵した。
僕はエメの手を取って「家までの案内お願いできる?」と聞くと、エメはその手をきゅっと握り返して頷いた。
◇ ・ ◇ ・ ◇
「えっ、そんな早くに出発したの⁉︎」
いつものように手を繋いで歩きながら話していたら、エメが驚いた顔をして僕を見上げた。ここへ寄るために、今朝はいつ頃トリドの街を出たのかと聞かれたので、日が昇る前から支度して出発したと答えたからだ。
「僕は明日の朝に会いに来ようかと思ってたんだけど、護衛で一緒にトリドへ行った従兄弟達に、女性を早朝に訪ねるなんて非常識だって怒られてね…」
「えっ、そうなの?なんで?」
エメの反応が僕と同じで、思わず吹き出した。エメは、僕が笑った理由がわからず首を傾げている。
「僕もエメと同じように『なんで?』って聞いたんだ。そしたら、ご令嬢方は化粧したり支度の時間が必要だから、早朝はダメだって。僕はエメのような雰囲気の方が好きだけど」
「………ごめんなさい。私、ちゃんと支度もせずに出迎えて…」
エメは繋いでない方の手で顔を隠している。
「僕は、エメが支度してないなんて思ってないよ。エメのそのままの姿ですごく綺麗だと思う。この間のラベンダー色のワンピースを着た時も綺麗だったけど」
僕は思ったままの感想をエメに伝えた。それなのに…
「ルゥのばか!」
怒られた。
「え……、あの…、ごめん。僕、…」
言葉を間違えただろうか?
「………そんなに褒めないで、ばかルゥ…」
顔を隠した手の向こうに、耳まで赤く染まった横顔が見えた。エメが『ばか』っていう時は、どうやら照れて恥ずかしい時のようだ。
「ごめん。でも本当にそう思ってる」
「ばか」
「うん、ごめん」
「ごめん、って思ってないでしょ」
「うん、思ってないかも」
「ふはっ、はははは!」
エメが吹き出して大笑いした。僕も一緒に笑った。
一般的なご令嬢のように着飾ってなくても、はしたないと叱られそうな大笑いをしても、エメは可愛らしくて、綺麗だと思う。理由はわからないけど、エメの纏う雰囲気がそう思わせた。
幹に大きな穴のある木を緩く右に周ると、遠く正面に蔦のカーテンが見えた。
この間の帰り道にエメが話してくれた場所を一つずつおさらいしながら、エメの家へと向かっていくうちに、少し森の中の位置関係がわかってきた気もする。エメに手を引かれてたのが、手を繋いで並んで歩けるようになってきた。
「エメはあの蔦の裏に隠れてたんだよね」
僕が前にエメが話したことを思い出して聞くと、恥ずかしそうに首をすくめてにこっと笑った。
「ルゥは?何か嫌なことがあった時はどうしてたの?」
「一人で馬に乗れるようになってからは、あの丘まで駆けて景色を眺めて気持ちを整理してたよ」
「小さかった時は?」
「そうだね……、厨房に逃げることが一番多かったかな。みんな上手に隠してくれるし、甘いものもらえるし」
そんなこともしてたなぁ…、と懐かしく思い出してると、エメがクスクスと笑った。
「おやつも貰えていいなぁ。私を隠してくれるのは森だったな…」
「森が?」
「どうしても見つかりたくなくて森に隠してってお願いしたら、霧が出て隠してくれたのよ。最近やってないから、もう出ないかもしれないけど…」
「すごいね。この森でエメと隠れんぼしたら絶対敵わないね」
「そうね、ここで隠れんぼしたらルゥに勝てる自信があるわ」
エメは勝ち誇った顔をし、僕らは顔を見合わせると弾けるように笑った。
蔦のカーテンの前を通り過ぎたら、すぐに石造りのエメの家が見えた。
「……もう着いちゃった」
エメが少し大袈裟にしょんぼりして言った。でもすぐに笑顔になって続けた。
「でも、忙しいのに約束通り来てくれて、すっごく嬉しいのよ」
僕の都合に合わせてこんなに慌ただしいのに、そう言ってくれて、僕は本当に幸せだと思う。
「ありがとう、エメ」
ありきたりのお礼しか出てこない自分にため息が出そうになった。
「ルゥ、お茶を飲むくらいは時間があるかしら?それとも、すぐ戻らないといけない?」
木々の間から見える空の色はまだ青いから、夕暮れまでもう少し時間がありそうだ。
「少しなら大丈夫だよ。僕、エメに見てもらいたい紅茶をお土産に持ってきたんだ」
「紅茶を見るの……?」




