木々の合間
丘へ行った数日後の狩りの日、父上とフィレイナード領内各地をまとめる子爵男爵家当主らと共に僕もいつもの猟場に来ていた。
今日は友人のエドウィンが来られないと聞いていたので、あまり気が乗らなかったが、不参加という訳にもいかなかった。
エドウィンは領内の街の一つフリントとその周辺を管理するミラー子爵家の次男で、僕より二つ歳上だ。幼い頃から一緒に過ごすことが多く、今日のような集まりでは彼と話すのが楽しみだったが、今年から我が領地に拠点がある騎士団に所属し、今日は任務があるので来られないのだ。
他の歳の近い子息らもいないようなので、今日は一人でしばらく狩りを楽しんだら、適当な理由をつけて帰ろうと思っていた。
今日は騎乗しての狩りではなく、木々の間に潜む獲物を狙う。猟場の馬留めに自分の馬を繋ぎながら、目の前の森の木々を見上げた。
猟場は手入れされ、陽の光が差し込んでいるが、柵の向こうの森は自然のままで木々の葉が生い茂り薄暗い。足元も草で覆われて、よそ者が入るのを拒んでいるかのようだった。
―――この森の奥にエメがいるのかも…
そんな思いもよぎったが、入ってはいけないと自分に言い聞かせた。
先日丘の上で光った石は、今日も上着の内ポケットに入っている。その日の夜には光を失い、ただの小石に戻っていたが。
―――もしかしたら森に入ったら光るんじゃないか…?
僕は上着の上から石がそこにあることを確かめた。心臓の鼓動も一緒に伝わってくる。少し早いのは興奮しているのだろうか。
―――だめだ。ここに立っていたら森への好奇心が膨らんでしまう。
僕は狩りに使う弓矢を手にすると、足早に猟場の木々の中へと入っていった。
◇ ・ ◇ ・ ◇
狩りを始めてしばらく経ち、僕はふと辺りが薄暗いことに気がついた。草が膝丈まで伸び、木から木へと蔓草が這っている。人の手が入っていない鬱蒼とした場所に踏み入れていた。いつの間にか猟場を外れ、あの森に入ってしまったようだ。
―――どこか柵が壊れていたのだろうか?
柵を跨いだ記憶はなかった。
まだ森に入ってそれほど歩いていないはずなのに、辺りはすっかり木々に覆われ、猟場からは見える畑の小屋などは全く見えなかった。
―――前に森で迷子になってから何年経っただろうか?僕は10歳になっていなかったから、7、8年前になるのか。あの時は木の実か何かに夢中になっていたんだっけ。
僕は不思議なくらい落ち着いていた。上着のポケットからお守りの石を取り出した。
「やっぱり光ってる…」
周りが暗い分、光っていることがはっきりとわかる。エメに会える気がして嬉しくなった。
石を向ける方向によって光がゆらめく。僕は明るく光る方向へと足を進めた。
◇ ・ ◇ ・ ◇
しばらく石の光を頼りに歩いていたが、段々と道が険しくなっていた。できるだけ平らなところを選びながら、斜面を横切るように進んだ。
平らと言っても整地されているわけではないので草の陰に岩があったり、へこみがあったりして歩きにくい。左手は急斜面…というより崖だ。僕は落ちないように慎重に歩いた。
もう少し行けば斜面は終わり、少しは歩きやすくなりそうだ。
―――エメはあの時は5歳くらいだったろうか。正直なところ、子供の歳はよくわからないが、なんだか舌足らずな可愛らしい話し方だったな。そして綺麗な青色の瞳と…
昔のことを思い返しながら歩いていたら、行く手のその先の木々の合間に何かが見えた。
そこだけスポットライトが当たるように木漏れ日が差していた。その光の中に一人の少女が立っていて、飛んできた小鳥をその腕に止まらせようと差し出しているところだった。
そして、その少女もこちらに気づいて僕を見ていた。
ガラッ
少女に気を取られて足元を見ていなかった僕は、大きめの石を踏んだ。その石はガラガラと音を立てて転がり、僕は体勢を崩した。
「しまった!」
近くの枝を掴んだが、バキッと折れて僕の手のひらを思いっきり引っ掻いた。その痛みを確認する間もなく、僕の体は崖へと投げ出された。
崖に添うように生える木に思いっきりぶつかった後、地面に左手を付いたが痛みが走っただけで倒れる勢いは止められず、転がるように落ちていった―――
◇ ・ ◇ ・ ◇
―――ここは…?僕はなぜこんな山小屋のようなところにいるんだろう……
そう思いながら起きあがろうとした。
「痛っ!」
全身がものすごく痛い。
右手は手のひらが包帯でぐるぐる巻きになっている。左手は手首を包帯でがっちり固定されていた。手をついた時に捻ったんだろう。ズキンズキンと響くように痛い。左肩も打撲の痛みがあり、確認のために腕を動かそうとしたが痛くて諦めた。
足はブランケットの下で見えないが、左の足首を捻ったようで、腫れて熱を持った感じがする。
右のおでこ辺りもズキズキ痛くて右手で頭に触れると、そこにも包帯が巻かれていた。他にも打ち身や切り傷があるんだろう。どこが痛いんだかよくわからないくらい、あちこちが痛かった。
「ルゥ、気がついた?」
不意に声がした方を見ようとした。
「い゛ったたたた!」
「急に声を掛けてごめん」
そう言って栗色の髪を緩く後ろにまとめ、シンプルな淡い緑色のワンピースを着た少女が僕の視界に入ってきた。心配そうに僕を見るその深い青色の綺麗な瞳には見覚えがあった。
何より、僕のことを「ルゥ」と呼ぶのは一人しかいない。
「………エメ、なの?」
恐る恐る、その名を呼んでみた。
「ええ、そうよ」
エメは小さく微笑んだ。




