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迷いの森、光る石の道しるべ  作者: 千雪はな
第3章 前に進む
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港町トリド

広い石畳の通りを馬車が行き交っている。その両側には様々な店が建ち並び、その多くが朝早くから商いを始めていた。東向きの窓は、だいぶ高くまで昇った陽の光を反射して眩しかった。王都にも似た活気が溢れるこの街、ティエナール王国第二の都市トリドに僕は訪れていた。


僕が住むコルンの街から片道一日掛かるトリドは、大きな港を持ち、国内の他の港町との取引だけでなく、他国との交易も盛んに行われている。この街なら何でも揃うと言われるほどだ。



この街への訪問の一番の目的は商談だ。我がシュライトン家は、爵位を与えられ領主となる前は商人だった名残で、今でも主食の小麦を中心に、食料品の取引を行なっている。


今回の商談相手は、昔から我が家から出入りしているグレンという商人だ。この街に店を構えて様々な物を取り扱っている。


いつもはグレンが我が家まで来て父上と商談を行なっているが、今回は父上が頼んで、僕が別の街へ出掛けて商談を行う経験のためにこちらから出向いて商談を行うことになった。昔からの馴染みのグレンを信じて、この商談は父上は同席しない。僕だけで商談をまとめるのだ。


グレンとは、僕も小さな頃から会っているので、顔を合わせる緊張はないのだが――父上は、「グレンは、騙すような酷いことはしない男だが、商売については手加減はしてくれないぞ。どこまで負けずにまとめてくるか、楽しみにいている」と笑っていた。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


この街には昨日の夕方に着き、宿に泊まった。今日は、朝から予定されている商談のためにグレンの店、ミルズ商会の建物に向かっていた。


「ここですね」


僕の隣に立つ長身の男の一人が、手にした地図の書かれたメモと見比べながら僕に言った。


護衛のために、僕の五歳年上の双子の従兄弟、レオンとマークが帯同してくれている。彼らはエドウィンと同じフィレイナード騎士団に所属している。地図を持っている方が、兄のレオンだ。


ブロンドの癖っ毛は僕のより少し暗い色味だが、ヘーゼルの瞳は僕も同じで3人で歩けば兄弟かとよく言われる。背も同じくらい伸びるといいんだけど…。


彼らは、昔から僕と同じ師について剣術の稽古をするなど、一緒に過ごすことも多かった。兄のような存在の彼らが、この旅に同行してくれて心強く感じていた。


「そうだね。ここで間違いないね」


僕は足を止め、赤煉瓦の三階建ての建物を見上げた。壁には『Mills’(ミルズ) General(雑貨) Store()』の看板が架けられ、通りに面した一階はガラス張りの店になっている。店内には、小麦粉と見慣れない雑貨が並んでいた。


ミルズ商会は、元々は先代の主人により小麦を扱う店から始め、その頃から我が家と取引があった。今の主人のグレンが小麦だけでなく、調味料や乾物など食料品を中心に広く交易品を扱うようになり、このトリドでも有数の規模を誇る商売を行なっているという。


僕らは店ではなく、事前に聞いていた建物の横の小道を入ったところにある、煉瓦の壁に溶け込むような赤茶色の扉の横の呼び鈴を鳴らした。僕は扉の上に架けられた『ミルズ商会』と書かれた小さな看板を見ながら、扉が開くのを待った。



「ああ、リュウさん、いらっしゃい。遠いところまでよく来たね」


扉が開くなり、グレンの商売人らしい明るい大きな声が迎えてくれた。


いつもの丸眼鏡にお洒落なネクタイを着けた見慣れたグレンを見て、初めての街での商談を前に緊張していた気持ちが少しほぐれた。


「グレンさん、おはようございます。今日はよろしくお願いします」


「こちらこそ。さあ、お入りください」


グレンは僕達を建物の中に招き入れ、扉横の階段を上がり始めた。


「商談は二階でさせていただきます。どうぞこちらです」


僕らもグレンの後に続いて階段を上った。通された応接間は通りに面した大きな窓から光が差し込み、とても明るかった。


「どうぞお掛けください」


グレンに勧められ、僕はソファの中央に座った。レオンとマークは僕の後ろに立った。


グレンも向かいの一人掛けの椅子に座ると、すぐに紅茶が出され、部屋にいい香りが漂った。


「さて、今回、価格交渉を予定していた品物と、新しく扱うようになった品物のリストです」


そう言ってグレンは書類をテーブルに広げた。まずは価格交渉の分から。


事前にもらっていたリストと内容に相違がないことを一通り確認し、値上がりの理由やその内訳を聞いて、出された価格を受け入れるか、削れるところはないか、一つ一つ交渉していく。


ただ値上がりを阻止するのが交渉のゴールではない。値下げされる品物もあるので、どうしても下げられない分は、値下げ分と相殺できれば問題ない。


理屈はわかるが、対象品目が多いため、パッと答えが出てこない。計算は得意だと思っていたが、自信がなくなりそうだ。


「すみません、少し考える時間をください」


何度もそう言って、話を止めて考える時間をもらいながら交渉を進めた。


「ははは、リュウさんが納得いくまで考えて、答えを出してください」


グレンは笑ってお茶を飲みながら待ってくれた。こんな相手を待たすような交渉は、相手が彼だから許されるんだろう……。



全ての価格交渉が終わるまでに、父上が交渉している時間を思うと倍ほど掛ってしまったが、何とかまとまった。


「すみません、時間が掛かって…」


僕が謝ると、グレンは笑った。


「いやぁ、まだ経験もない中で、よくできていると思いますよ。今回は、もう少し値上げさせてもらえるかと期待していたのに、甘く計算した分は綺麗に削られてしまいましたからね。かと言って、無茶な要求もなく、驚いているくらいです」


「本当ですか…?」


「はい。それと、やっぱり親子って似るもんですね。フィレイナード伯も、先代から継がれたばかりの頃は、『考える時間をください』ってよく仰ってましたから」


「父がですか⁈」


父上の商談に同席すると、相手の言葉への返答の早さに驚くことが多い。相手が何をいうのか、知っていたんじゃないかと思うほどに。


それが昔は父上も、今の僕のように時間を取って考えないといけなかっただなんて想像できない…。でもそれは、僕も経験を積んでいけば、いずれは父上のように交渉できるようになるということかもしれない。


僕は、今後の自分に期待してもいいんじゃないかと、気持ちが少しだけ楽になった。

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