森に住む理由
「それで、その理由とは……?」
父上にエメとジュディさんが森に住む理由を尋ねた。
「そうだな、どこから話すのがいいだろうか…。彼女達が森に来た時のことから話そうか」
父上はその日のことを思い出しながら、静かに話し始めた。
◇ ・ ◇ ・ ◇
___あれは秋の終わり、北風が吹き始め、冷たい雨が降る夜だった。寝る支度を済ませてベッドの上で本を読んでいると、扉がノックされ、執事が遠慮がちに入ってきた。
「遅い時間に申し訳ございません。旦那様を訪ねてこられた方がいらっしゃいまして……」
「こんな時間にか?」
「はい。日を改めていただくようお願い申し上げたのですが、今、お会いしたいと。お名前はジェフ様とだけ伺っておりますが」
その名に心当たりはあった。それは学生時代の寮で同室だった男だが、彼は侯爵家子息で、王城の騎士団に所属するエリートだ。本当に彼だとしたら、こんな時間に訪ねてくるなんて、何か余程の事情があるのだろう。
「知り合いだと思う。すぐに確かめに行こう」
「それから…、あの………」
「どうかしたのか?」
「共に訪ねてきた女性が赤ん坊を連れていまして……」
「赤ん坊を?この雨の中?」
「はい、皆様ずぶ濡れになって…」
外を見ると、風に煽られた雨が窓を叩いていた。馬車ではなく、馬で赤ん坊を抱えてきたということだろうか。
「わかった。暖かい部屋に通して、必要な物は揃えてくれ」
「かしこまりました」
執事は急いで来客対応に向かい、私は寝巻きから着替えて軽く身なりを整えると、自室を出た。
客人らが通された部屋に着くと、そこにいた男は、確かにジェフ ―― ローダン侯爵家三男のジェフリーだった。
「ジェフ、どうしたんだ?」
「セディ、すまない。今晩だけ泊めてくれないか。明日の朝には出て行く」
ジェフは久しぶりの再会を喜ぶことなく、ただ一晩の雨避けだけを私に希望した。
「何があったか、教えてはくれないのか?」
「ああ、話すつもりはない」
ジェフの性格は知っているつもりだ。話さないのは、私を信頼していないからではなく、彼が抱える問題に私を巻き込まないためだろう。それを聞けば、きっと私は何かできないかと動かずにはいられない。ジェフもまた、私の性格を知っているということだ。
「…わかった。明日の朝までは、必要な物は何でも言ってくれ」
「ありがとう。迷惑を掛けて、本当にすまない」
「いや、まだ何も迷惑は掛けられていないよ」
私が笑うと、ジェフの表情もいくらか緩んだ。
◇ ・ ◇ ・ ◇
「父上、その赤ん坊は雨に打たれて大丈夫だったんですか?」
話に出てきた赤ん坊がエメのことだとはわかるが、ジェフという父上の友人ばかりで、エメのことはちらりとしか触れられず、僕は思わず父上の話に口を挟んでしまった。
「ははは、お前にとっては、ジェフよりもその子の方が気になるだろうな。
赤ん坊は、ここに着いた時は体が冷えて心配したんだが、毛布に包んで温めているうちに元気になって、用意したミルクもよく飲んだと世話を手伝った者が話してたな」
「それはよかった」
もう随分と前のことだし、今のエメを見れば大丈夫だったことはわかるのに、それでも当時のエメの無事に僕は安堵した。
その様子を見て、父上は笑って続きを話し出した。
◇ ・ ◇ ・ ◇
___翌朝、私は早くに目が覚めて、彼らの部屋の様子を侍女達に聞くと、ジェフはもう起きていると言う。おそらく、あまり寝られなかったのだろう。
私はジェフの部屋へと向かった。
扉を軽くノックすると、すぐにジェフが出てきた。
「朝早くにすまない」
「いや、起きていたから問題ない。セディ、泊めてくれて本当に助かった。この恩は忘れないよ」
「大袈裟だな。たった一晩、部屋を貸しただけじゃないか。それでこれからどうするんだ?」
詳しくは教えてくれないだろうが、聞かずにはいられなかった。
「どこか人里離れた所でひっそりと暮らすつもりだ」
「当てはあるのか?」
「まあ、なんとかなるだろうさ」
つまりは当てもなく隠れ暮らす場所を探すつもりらしい。それなら、私から提案してみることにした。
「なあ、ジェフ。街の向こうに森があるだろう」
私が窓際に寄ってそう言うと、ジェフも隣に立って遠くに見える森に目を向けた。
「あれは曰く付きの森でな、人が寄り付かないものだからほぼ手付かずなんだ。そこを管理してくれないだろうか」
「俺にか?」
ジェフは少し驚いた様子でこちらを見た。
「ああ、ひっそりと暮らせると思うんだ」
「その曰く付きとは?」
心配そうに聞くジェフに、私は笑って答えた。
「迷信みたいなもんだよ。森に魔女が住んでて、人を迷わせて攫うって。この辺りの者は誰も近寄らないんだ」
「お前は信じているのか?」
「いや、何度も森に入ってるけど、魔女には会えたことはないな」
「曰く付きだと言うのに、お前自ら入るのか?」
「森は多少は手を入れないと荒れ果てるだろう。でも、我が家の使用人も嫌がるから、私と護衛の者で時々手入れをしてるんだが、なかなか十分に時間が取れないから、もしジェフがそこに住んでくれたら助かるんだ」
「ここに…、留まる……」
ジェフが窓の外を見ながら悩んでいた。
この領地は王都からの街道からは外れている。何から逃げてきたか知らないが、王城に勤めていたジェフにとって、王都からは不便なこの地は隠れ住む場所として悪くはないのでは、と思った。
「なに、森を開拓して欲しいわけじゃない。今の人が寄りつかないままでいいんだ。でも、倒木で川が堰き止められたら街まで水が溢れて来るかもしれないだろう。そういうのを未然に防ぐ程度に管理して欲しいんだ」
「なるほど…」
「もしお前達を訪ねる者があれば、すぐに知らせる。必要な物だけ持って、立ち去ってくれていい」
「セディ、お前はいいのか?」
「私から提案してることだ。ただ、お前がなぜここに来たかは聞かない。まあ、話してくれないと言ってるしな」
わざと皮肉を込めて言うと、ジェフも笑った。私も一緒に笑って続けた。
「問題が起こっても介入しないから、その時は別の地を探してくれ」
本当にその時が来た時に手を出さずにいられるかわからないが、表向きはそういうことにすれば、ジェフも決断しやすいんじゃないかと思った。
ジェフもおそらく私の意図をわかっている様子で、森を見ながらしばらく考えていた。
そして私の顔を正面から見て、静かに言った。
「しばらくここに住まわせてくれ」
「ああ、森は任せた」




