過去の流行病と王室の今
森へエメに会いに行って数日後、王都から帰ってきた父上から呼ばれていた。
まずは、父上が不在の間に僕が対応した案件についての確認から。僕は、父上の執務用の大きな机の前に立ち、書類の確認が終わるのを待った。
「まあ、よくやった方じゃないか。だいぶ領内のことが見えるようになってきたようだな」
書類から顔を上げた父上の穏やかな表情を見て、僕はほっとした。
父上は机の上の書類を片付けると、机からソファへと移動した。それに合わせて僕も父上の向かいに座った。
「それで父上、王都はいかがでしたか?」
僕は寮生活で何年も王都にいるが、学校の外のことはあまり気にしてこなかった。でも、いずれは父上の跡を継ぐことを考えると、今回、父上が王都で見聞きした話やそれに対する考えを聞きたいと思った。
この頃、友人の間でも政治の話題が時々だが上がるようになってきたので、話についていけるようにとの思いもある。
「そうだな、皇太子殿下の公務がこれまで以上に増えているのはお前も知っていると思うが、それを宰相らが不満に思っているようで、貴族院の雰囲気はよくなかった。ここ最近、益々、皇太子殿下が貴族達や民の支持を得ているのが、宰相らは面白くないようだ」
長年、国王陛下は病に臥せっておられる。十数年前に王都を中心に流行病が猛威をふるい、王都の市井だけでなく、王族の方々も病に倒れられた。この時、陛下も病に罹られた。お命は取り留められたものの、それ以降も体調は思わしくないため表舞台に出られることは無く、国政は宰相が代わりに執り行ってきた。
しかし近年は、皇太子殿下が執り行われることも増えている。それによって、考え方の異なる宰相と皇太子の派閥が対立しているのは有名な話だ。
「そうなんですね。アレン殿下も大変でいらっしゃるだろう…」
アレン皇太子殿下は、ティエナール王国第二王子で御年16歳。僕と同い年で僕が通う学校に殿下も通われている。入学して最初のクラスが同じになったのをきっかけに、畏れ多くも、友人として接してくださっている。
アレン殿下には、親子ほど歳の離れた兄である第一王子のダニエル殿下がいらっしゃった。ダニエル殿下のお母上様の前王妃は早くに亡くなられ、しばらく後にお輿入れされた現王妃がアレン殿下のお母上様である。
ダニエル殿下の御一家皆様も流行病に罹られ、お妃様、お二人のお子様は、流行の最中に亡くなられてしまった。ダニエル殿下は体調の回復と悪化を繰り返し、治療の甲斐なくその5年後に亡くなられ、アレン殿下は8歳の時に皇太子となられた。
これまでもアレン殿下が公務で学校を休まれることは度々あったが、今年、新しい学年になってから休まれる日がぐっと増え、お忙しいことは察していた。
「父上、アレン殿下の在学中に王位継承ということもあるのでしょうか?」
「陛下のご病状は伏せられているから、我々も予想しているに過ぎないが、今すぐにということはないと思われる。だが、王室やその極周辺はいつその時が来てもいいように、準備はされているはずだ。まあ、そんなことを表立って言えないがな」
確かに、王位継承の時期を話すのは陛下に対して不敬だ。そんなことを外で言えば、罰せられるだろう。たとえ回復されることを願っていても。
「そうですね」
疑問を思ったまま口にしたことを少し反省した。父上は、口を噤んだ僕に「少しずつ、覚えていけばいい」と笑った。
その後、貴族院で話し合われた議題、その中で我が領地に関わることを父上が話すのに対して、僕は自分の考えをぶつけてみた。考えが甘いところは容赦なく父上に突かれる。まだまだ勉強することは尽きない…。
「さて、」
父上は、表情を柔らかくして話題を変えた。
「リュウ、森のあの少女に会いに行ったそうじゃないか。お前が言っていたお礼はできたのか?」
「はい。その話は、母上から?」
「ああ、お前が伯爵家の人間としての立場と、恩人への礼儀との間で悩みながら、自分なりに考えて行動しているのは伝わっているようだぞ」
「そうだといいのですが………」
「どうかしたのか?」
歯切れが悪い僕に、父上が尋ねた。
「父上が王都に行かれる前に言われた、彼女らがあの森に住んでいる理由を考えてみたのですが……」
森に住んでいるのは、何かから逃げてきたのは誰でも想像がつくことだ。トラブルを抱える者と付き合うことに問題があることもわかる。しかし、『問題にはきっと解決策がある。問題だと言って逃げるな』と常々僕に教えてくれた父上が、エメと付き合うことが問題だと言い切ることが気になった。
「あの後、話ができないままだったな。それで自分の考えに自信が持てなかったのか。すまなかった」
「それで、その理由とは……?」




