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石が指し示すものは

何度もゼンマイを巻き直し、僕はエメとダンスを踊った。


本当に楽しくて、もっともっと一緒にいたくなった。でも、ジュディさんが用意してくれた昼食を三人で取ったら、僕は帰ることにした。


晩餐までに、と母上は言ってはいたが、長々とここに居るのはあまり行儀のいいことではないと思ったからだ。



でもその前に、ジュディさんと約束した手伝いをしなければ。


「ジュディさん、以前に約束していた薪割りか、何か力仕事を手伝わせてください」


おそらく今回の休暇中は、今日しかまとまった時間が取れないと思う。何か手伝えることがあればいいのだけれど…、そう思って聞いたのに、ジュディさんは笑い始めた。


「ははは、ルゥは律儀だねぇ」


「えっ…と…」


僕はお世話になったお礼に当然だと思っていたので、律儀だと笑われて戸惑った。


「素敵なプレゼントを持って、忙しいのに来てくれたんだろう。エメもこんなに喜んでいるんだ。十分過ぎるくらいだよ」


「いいんですか…?」


「ああ、もしまた来てくれるなら、この子にいろんな話を聞かせてやっておくれ。そろそろ森の外のことも知っていい頃だと思うからね」


「ありがとうございます。では、またお邪魔させてください」


僕がそう言うと、ジュディさんはいつもと同じように満足そうに微笑んだ。それから僕はエメを見た。


「エメ、今日はありがとう。王都へ戻る前に、もう一度は会いに来たいと思ってる。もしかしたら、出発の日に顔を見せるだけになるかもしれないけど…」


「それでも十分よ。無理なら、また今度帰ってきた時に会いに来てくれたらいいの。ルゥが私に会いたいって思ってくれるだけでも嬉しいから」


「ありがとう。会わずに王都に戻ることだけはないと思う」


―――エメに会わずにこの街を離れるなんて、僕が考えられない。


エメはにっこりと微笑んだ。


「ふふふ、待ってるね」


「じゃあ、今日は帰るね。ジュディさんもありがとうございました」


「ああ、こちらこそ。今日は楽しかったよ」



僕はエメと手を繋いで外に出た。


玄関ポーチを下りると、僕はエメに向き合い、両手を取った。青い綺麗な瞳が、僕を見上げている。


「エメ、今日は一人で帰るよ」


「えっ、どうして?」


「だって、エメの服、木に引っ掛けたりしたらいけないかと思って。石が帰り道を教えてくれると思うし」


エメも柔らかな生地のスカートをじっと見つめて、残念そうな顔でこちらを見た。


「………確かにそうかも」


「じゃあ、行くね」


「ええ、気をつけて」


僕は首元からネックレスを引き出した。石を手のひらの乗せて、エメに背を向け、森の出口だと思う方へ向いた。


でも石が光らない。


「あれ?」


明るいからかと反対の手で光を遮ってみても、やっぱり光っていない。


「どうしたの?」


エメが後ろから聞いてきた。


「石が……光らないんだ。今日、来る時は光ってたのに」


「私も見せて」


そう言ってエメが僕の前に回り込んで、手の上の石を覗き込んだ。


すると、石が光った。


「「えっ⁈」」


僕とエメは顔を見合わせた。


僕がエメに背を向けると……、「光ってない」僕は呟いた。


エメの方へ向き直ると、「光ってる……」


僕は、自分の顔が赤くなっていくのを感じた。


「ふっくくくく…あっはははは……」


エメが大笑いしている。


「ごめん、ルゥ。ふははははは、私、着替えてくる」


エメは目に涙が溜まるほど笑っている。僕も恥ずかしさ半分、可笑しさ半分でエメと一緒に笑った。


「エメ、悪いけど送ってくれる?」


「うん、もちろん。ちょっと待っててね」


エメはスカートをふわりと揺らして家へと戻っていった。彼女が家の中に入ったのを確認すると、僕はその場にへたり込んだ。


―――嘘だろ……


これまで石は僕が探すものへと導いてくれていた。僕が帰ろうと思っているのなら、森の出口を指し示したはずだ。少し前までは。


今は、帰ろうと思っているのに、ここに長居しようだなんて思ってないのに、石はエメを指し示した。


僕の上っ面の考えは石には伝わらないようだ。石は、僕の心の奥底のエメへの想いに反応したのか。


そういえば、エメが昔、こう言って僕に石を渡した。


『森のなかでルゥのことしんぱいしてたから』


幼いエメがどう思ってそう言ったかわからないけど、僕のことを心配して光ってくれるこの石は、僕が本当に望むものに向かって光ってくれる、と言うことじゃないだろうか。


子供の時――迷子になったあの時は、僕は心から家に帰りたかった。だから、森の出口へ向かって光った。でも今日は帰ろうとは思ってるけど、帰りたいわけじゃない。できることなら、エメと少しでも長くいたい。それが僕の心からの望みだ。


僕はネックレスの紐を持ち上げ、石を目の高さで揺らした。


「お前、僕がエメと一緒にいたいの、知ってるんだな。気を利かせて、エメが僕を送らないといけないように、森の出口を教えてくれなかったのか?」


僕は石に向かって、まるで友人にでも話すように言葉を掛けた。


石は返事をするように、クルンと光を回した。僕はそれを見ても、もう驚かなかった。返事が返ってきたことが、ごく当たり前に思えた。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


少し待っていると、エメがいつもの格好で戻ってきた。


「ルゥ、お待たせ」


「ごめんね、エメ」


「ううん、もう少しルゥと一緒にいられて嬉しい」


「僕も」


僕らは吹き出すように笑った。エメも同じ気持ちでいてくれて、僕は嬉しかった。


エメは僕の手を取って森の中をゆっくり歩いた。



歩きながらエメは、子供の頃の話や、森のお気に入りの場所を教えてくれた。


ジュディさんの手伝いが嫌で、崖の上から垂れ下がる蔦のカーテンの裏に隠れていた話。


幹に大きな穴が開いた木は、エメが小さい時に入るのが好きだったと懐かしそうに話した。もう入れなくなって残念がっている様子が可愛かった。


実際の景色を見ながら聞くエメの話は、どれも彼女がこの森で暮らしてきたことをありありと感じさせた。お互いに知らなかったけれど、こんなに近くにいたことがなんだか嬉しかった。


そして、星空が綺麗に見えるから一番好きだという木々が開けた場所は、確かにそこから青空が見えた。僕が崖から落ちた時、エメはここに立っていたんだとか。


そこから見える僕が歩いた場所を見て「うわぁ、あんな斜面を歩いてたの?」と言うと、エメは「驚くでしょう?」と笑っていた。


確かにあんな所を歩いていた自分にも驚くが、エメが僕を運んでくれたことの方が驚いた。小屋はすぐそこに見えるが、緩やかながら上り坂で、木の根が這うでこぼこ道だ。


「……エメ、この道を僕を背負って運んでくれたんだよね…」


改めて申し訳なさを感じて足取りが重くなった。そんな僕の横にいたエメは、軽やかに僕を置いて少し先まで歩いて行くと、くるりと振り返った。


「そうよ。私、かあさんを手伝って、力持ちになっててよかったわ」


そう言って、少し照れながら力こぶを作るポーズをして笑った。そして、エメの所まで追いついた僕の手を再び取って、何事もなかったように、また思い出話をしながら歩き出した。


ふわふわと髪をなびかせて歩きながら、楽しそうに話すエメの横顔を少し後ろから見下ろして、僕は心の奥から温かくなるのを感じた。



ゆっくり歩いても、いつのまにか森の出口に近づいていた。僕は、繋いでいたエメの手をそっと引いた。エメが立ち止まってこちらを向くと、僕は彼女を抱きしめた。僕の背中に回ったエメの手は温かかった。


「またね、エメ」


僕は、エメのおでこにゆっくりとキスをした。


「うん、またね、ルゥ」


エメは、僕の頬に軽くキスをすると、にこっと微笑んだ。

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