予期せぬ贈り物
ソファに座り、ジュディさんが淹れてくれた紅茶を飲んでいたら、階段の上の扉が開く音がして振り返った。
そこには、ラベンダー色のワンピースを着たエメが立っていた。裾をオフホワイトのレースで縁取られた長めのフレアスカートを揺らしながら、優雅な動作で階段を降りてくる姿に、僕は思わず立ち上がった。
カップを持ったままだったことに気付き、それをテーブルに置いて、階段の下で彼女を待った。いつもと雰囲気が違うエメにドキドキする僕と同じように、エメも慣れない様子で頬を赤らめていた。
あと数段のところまで階段を降りてきたエメに、僕は右手を差し出した。エメはにっこりと微笑むと、僕の手に彼女の左手をそっと乗せた。
階段を下り切って、僕を見上げるエメは少し照れて、とても可愛らしかった。
「エメ、すごく素敵だ。僕に見せたかった物って、この服のこと?」
エメは柔らかく微笑んで頷いた。
「ええ、このお洋服ね、ルゥのお母様がくださったの」
「………………え?」
あまりに予想外の言葉に、「え?」しか出てこなかった。
―――え?どう言うことだ?
「あの…、ルゥがお屋敷に帰った次の日に、ラリーさんが奥様からのお礼の品です、って持ってきてくださったの」
「………」
僕はまだ、何が起こっているのか整理ができずにいた。母上が、エメにお礼の品を送っていたなんて、少しも想像していなかったから。
僕が言葉を失うほど驚いていることに、エメも驚いてしまったようだ。どういった経緯でお礼の品が届けられたか、説明しようとしてくれている。
「お手紙もいただいたのよ。表立ってはお礼ができないことを謝ってくださって、でも心から感謝しています、って」
「………でも、この間…エメが石を届けてくれた日、何も言ってなかったよね…?」
「うん……、ルゥに話したら、きっと見せてって言ってくれるでしょう」
「そうだね。絶対見たいって言うだろうね」
エメとそんな会話になった時を想像したら、少し前のめりに『見たい』と言う言葉に力が入ってしまった。そんな僕を見て、エメはクスッと笑った。
でも、その笑顔はスッと引いた。エメもその時の気持ちを思い返したようだ。
「最初は、もう会うことはないから伝えても見せられないと……そう思ったら、悲しくなって言い出せなくって…」
「また会いに来るって話した後は?」
「会いに来てくれるっていうことが嬉しくって、その時はお洋服のことを伝えるのを忘れてたの…ごめんなさい」
「いや、謝らないで…」
「でもね、いつか会いに来てくれるなら、その時に仕立て直してでも着ようって、それまで内緒にしてルゥを驚かせたくなっちゃった」
エメはイタズラっぽく笑った。
「ああ、驚いた。すごくすごく可愛い」
ますます照れて、エメが真っ赤になっている。いつもと違う服が、とても照れくさいようだ。
でも、本当によく似合っている。白い襟が清楚な感じの半袖のワンピースで柔らかく広がったスカートがエメの動きに合わせて揺れる様子は、風に揺れる花のようだと思った。
そのスカートを揺らして踊っても素敵なんだろう、と想像したところで思い出した。
「そうだ、僕もエメに渡したい物があるんだった」
僕は鞄からあの空色の包みを出し、エメの前に立った。僕の改まった様子に、エメは少し戸惑っているようだ。
「エメ、助けてくれて本当にありがとう。何に変えてもお礼しきれないんだけど……、僕からの感謝の気持ちとして受け取ってくれると嬉しい」
「ありがとう、ルゥ」
エメはその包みをそっと受け取ると「開けてもいい?」と遠慮がちに聞いた。
「もちろん」
エメはソファに座って包みを膝に乗せ、レースのリボンを解いた。ゆっくりと空色の布を捲ると、細かな細工が施された木箱が出てきた。蓋を開けると――エメは目を輝かせた。
「オルゴール……」
ゆったりとした四拍子の曲が流れている。
「このオルゴールね、よくあるものより曲が長いんだ。最近、王都で贈り物に流行ってるんだって友人に聞いたことがあってね。ダンスの練習に使えるかな、と思って」
エメがパッと顔を上げて、僕を見上げた。
「ダンス…、約束したの、もう叶えてくれるの?」
オルゴールを大切そうにテーブルに置くと、嬉しそうに立ち上がった。
「僕もエメとまた踊りたかったんだ。踊ってくださいますか?」
そう言って僕が手を差し出すと、彼女は「はい」と小さく返事をして右手をその手ひらに、左手は僕の右腕に添えて……前に小屋で踊った時の姿勢をゆっくりとおさらいしている。
「こう、かしら?」
「そう、いい感じ」
エメが見上げたのを合図に、僕はステップを踏み始めた。
僕の動きに合わせて、エメもステップを踏む。まだ慣れていないエメは足元が気になっている。
「エメ、視線を上げて。この間、上手にできたんだから大丈夫だよ」
一応顔を上げたが、心配そうだ。
「でも、ルゥの足を踏んじゃいそう」
「僕、踏まれないように踊るの得意だから」
「本当?」
「じゃあ、本当かどうか、足元を見ずに踊ってみるといいよ」
「わかった。踏んでも怒らないでね」
エメと一緒に僕も笑い、オルゴールの優しい音色に乗って踊り始めた。
ダンスの動きに合わせて揺れるラベンダー色のスカートは思った通り花のように可憐で、それを纏ったエメと踊っていると、僕はすごく幸せな気持ちになった。
お礼をしに来たはずなのに、一番楽しんでいるのは僕なんじゃないかと思った。




