もやもや
―――何故、エメが森に住んでいるのか……
父上に考えてみるように言われて、三日が経った。
昼食を終え、自室に戻ってくるとソファに体を預け、大きくため息を吐いた。
あの日の晩餐の後、父上はいつものように酔っ払っていたし、その翌日からは、王都での仕事のため家を空けている。戻るのは来週の予定だ。エメとのことについて話をするのは、しばらく先のこととなり、この三日間、僕は一人で問いを繰り返しては、答えを見つけ出せずにもやもやしていた。
ジュディさんは、エメを静かなところで育てるために、あの森にやって来たと言っていたが、彼女からその詳しい理由を聞くのは難しいだろう。エメの生い立ちについて話すつもりはないと言っていたから。
父上はその理由を知っているのだろうか。そもそも、森に住んでいる人は領地で管理しているのか?
何だか違う疑問も湧いてきた。
―――ああ、エメに会いたい。
エメの笑顔を見たら、あの柔らかい話し声を聞いたら、気分が晴れるだろうな。はぁ……とため息を吐いて天井を眺めた。
そこへ、ラリーがやってきた。この後は茶会だから、呼びにきたようだ。
母上が反省したと予定を見直したようで、二日ぶりの茶会だ。今は婚約者を決めるつもりはない、とはっきり言ったが、それでも断れないものがあると母上は言う。まあ、それなら仕方がないか……
「はぁ…」
僕がまたため息を吐くと、ラリーは笑った。
「お疲れのようですね。大丈夫ですか?」
「ああ、体調が悪いわけじゃないから大丈夫だ。心配を掛けてすまない」
「では、ブロンソン男爵家の方々が到着されましたので、広間の方へお越しいただいてもよろしいでしょうか」
「わかった。すぐに行く」
用意されていた服に着替える横で、ラリーは「もう一つ」と確認した。
「夕方にエドウィン様がいらっしゃるのも、予定通りでよろしいですか?」
「ああ、晩餐も用意してくれるのか?」
「はい、ご準備しております」
「ありがとう。では、行ってくるよ」
「はい、いってらっしゃいませ」
ため息を吐きつつ部屋を出る僕をラリーが丁寧に、でも少し笑って送り出してくれた。ラリーの見守るような表情を見ると、自分の子供っぽさを自覚する。
―――気の進まないことも表に出さずに振る舞えればいいんだろうけど…
と考えたら、またため息を吐きそうになって飲み込んだ。少し感情を抑えて考えられるようにならないと。僕は背筋を伸ばして広間へと向かった。
◇ ・ ◇ ・ ◇
茶会は相変わらず僕の興味とは別のところにあるらしい。
庭の大きな木下に丸テーブルが置かれ、レースのクロスが敷かれた上に花柄の茶器や花瓶が並べられている。僕の右隣に母上、反対側にブロンソン夫人、向かいには少し気の強そうなご令嬢が座っている。
刺繍の趣味があると作品をいくつか見せてくれたり、いつか王都にドレスを仕立てに行きたいとか、話が続いているが、適当にならないように返事をするのも疲れていた。
ご令嬢――失礼ながら、名前を忘れてしまった――も、僕があまり興味を持っていないことを感じて少し機嫌を損ね始めているようだった。
母上が断りきれずに今日のこの場を持ったということは、商談なり何なり、この領地を治めるために必要な理由があるのだろう。
―――いけない、集中しないと。
「そういえば、」
とご令嬢が何かを思い出したようだった。
「先日、リュウ様が街の市場でお買い物をされたそうですね」
「ええ、友人が買い物をすると言うので付き合いました。よくご存知ですね」
「我が家に出入りする者が市場で見かけたそうで、今日お会いすると言ったら教えてくれたんです。女性の方だったとか。どちらの方ですの?」
その言い方には少し棘があるように感じた。でも僕の気にしすぎかもしれない、と自分に言い聞かせた。そして、心を落ち着かせようと一息置いてから答えた。
「私が怪我をした時に助けてくれた恩人なんです」
「まあ、そうでしたの。でも、貴方様の隣に並ぶには少し相応しくない身なりだったと伺ったもので、私、心配になりまして…」
僕は顔が引きつりそうになるのを何とか堪えた。
「心配とは?」
僕の声は自分でも冷たさが感じられた。母上もその雰囲気を感じたようで、話題を変えようと思ったのか、口を挟んだ。
「リュウ、ブロンソン家では素晴らしい刺繍職人を抱えていらっしゃるそうなの。今度貴方の上着を新調する時に、お願いしてはどうかしら」
僕も話題を変えたかった。ご令嬢ではなく、夫人の方に話を振ろうとした。
「どのような刺繍を得意とされているのですか?この地方の伝統的な紋様ですか、それとも……」
しかし、僕の意に反して、返事をしたのはご令嬢だった。
「伝統的な草木をモチーフにした紋様も素晴らしいですが、王都で流行り始めている幾何学的な模様も得意なんですのよ」
空気も読まずに話に割り込むご令嬢の横に座る夫人も、それを諌める様子はない。そしてご令嬢の口は止まらなかった。
「質素なドレスも刺繍を施せば華やかになりますのよ。そのリュウ様の恩人という方にもお贈りしてはいかがですか?そういったものを期待してリュウ様のお側にいらっしゃるのでしょうから、お喜びになるのでは?」
このご令嬢は、僕にとってどんな存在としてここに居るつもりだろうか?僕の側にいる女性に贈り物をするのを許してやるとでも言っているのだろうか?
「私の友人をどのように思われているのかわかりませんが、彼女は私に何かを強請るために側にいるわけではありません。貴女にそのように彼女を強欲の塊のように言われるのは不愉快です」
「いえ、私、そのようなつもりで…」
「どのようなつもりであれ、貴女が私の恩人に対して敬意を持ってお話ししてくださっているようには感じられません」
「だって、その方は身分違いなのでしょう?」
もう限界だ。
母上の顔を見ると、目を伏せて冷めた表情をして、静かに怒っているのが伝わってきた。そして、僕の視線を感じてこちらを向くと、小さく頷いた。僕はそれを、母上からの退席の許可と受け取った。
僕は静かに席を立った。
「次の予定があるので、私は失礼します」
座ったまま僕を見上げるご令嬢と夫人に向かって丁寧にお辞儀をすると、席を離れた。
―――身分が、という割には僕が席を立っても、自分達は立たないんだな。まあ、僕は別にあの人達に立って欲しいわけじゃないからいいけど。
目上の方が席を立たれたら自分も立って見送るものと育ってきたから、あの母娘の態度に内心で首を傾げてしまった。
後ろからは、ご令嬢が母上に問い詰める声が聞こえてくる。
「まだお話の途中なのに、行ってしまわれるなんて失礼ではなくって?」
―――失礼なのはどちらだろうか…
先に席を立ってしまって、母上に少し申し訳なく思ったその時、
「ブロンソン男爵家令嬢様」
母上の改まった呼び掛けに、僕は寒気を感じた。これは、怒っていらっしゃる……。




