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晴れる心

「ルゥ、今日はありがとう。私、追いかけてきてくれるなんて思っていなかったの。石を受け取ってもらえただけで十分だって思ってた」


「やっぱり来てよかった」


「出掛ける時、止められたりして大変じゃなかった?」


「………周りには、まだ止められてなかったけど」


エメが驚いた顔をして僕を見た。


「まだ?」


「知られたら止められるだろうから、その前に抜け出してきた」


僕は肩をすくめた。


「え……、それって、あとで怒られない?」


「怒られるだろうね。でも、エメに会いたかったんだ」


エメは、驚いたような、呆れたような顔をしていた。


「………帰ったら大変ね」


「そうだね」


僕が笑うと、エメも笑った。



「エメ、僕の方こそ今日はありがとう。石を届けてくれて嬉しかった。ネックレスにしてくれたから、身につけられるようになってすごくいいよ」


そう言って上着の首元からエメがくれたネックレスを引き出して、石を手に乗せた。今は石は光っていない。


「着けてきてくれたのね、嬉しい」


「この石ね、前にこの丘に来た時に『エメに会えるだろうか?』って聞いたら、急に光ったんだ。びっくりしたよ」


エメは「ふふふ」と笑って、指先で石をそっと(つつ)いた。


「やっぱりその石は、ルゥの石なのね…」


「僕の石?エメだと光らないの?」


「たぶん。そんな感じがする」


「ふぅーん、そういうものなんだ……」


その石を目の前にかざして眺めてみても、今はただの小石だ。なにせ、僕が今一番そばに居たいと思う人は隣にいるのだから当然か。


革紐で包まれて一端の装飾品のようになったその小石を、首元から上着の中にしまった。上からそっと押さえてエメを見たら、それをずっと見られていたみたいだ。


この小石とエメが編んでくれたネックレスに一人思いを馳せて、エメを放ったらかしにしていた。


「ごめん、エメ。待たせてたね。これ、嬉しくて…」


「ううん、ルゥが大事にしてくれて私も嬉しい」


エメがにっこりと微笑んだ。市場を離れた時の暗い気持ちは薄れ、僕の心は温かくなっていた。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


「エメ、買ったものが傷んだら困るから、そろそろ帰ろうか。本当はもっと一緒にいたいけど…」


不満が顔に出ていただろうか。エメはクスッと笑い、立ち上がった。


「そうね。私ももう少しここにいたいけど、今日は帰りましょう。ルゥ、森まで送ってくれるの?」


「ああ、もちろん」



僕は馬をエメの横まで引いてきた。


「どうぞ、乗って。手伝うから」


「ありがとう。さっきみたいにしたらいいのよね」


さっきは馬を預けたところで踏み台を借りた。今度は、座っていた岩を踏み台に、エメは鞍を掴み、(あぶみ)に足を掛けるとひらりと馬の背に乗った。


「できた」と得意そうな笑顔が可愛い。


「エメ、すごいね。かっこいいよ」


さっきは少し手を添えて手伝ったから、今回もと思っていたのに、エメは一人で乗れてしまった。森で暮らすエメは、僕が思うより身のこなしが軽いようだ。


僕もエメの後ろに乗った。


「ルゥ、本当は女の人は横向きに座って乗るんでしょう?本で読んだの」


「そうだね。でも練習しないと危ないから、今日は跨いで乗ってね」


「難しい?」


「僕はやったことないからわからなけど、僕の姉さんは苦戦してた」


小さい頃、姉さんが『もう嫌だ!』と泣いてたのを思い出して笑ってしまった。


「でも、エメはもう上手に馬に上がれるし、練習したらすぐにできるんじゃないかな。いつかやってみようね」


「本当?いつか練習付き合ってね」


僕はエメに笑顔で頷いた。『いつか』がすぐなのか、しばらく先になるのか。約束はできないけど、できるだけ早く実現したいと思った。


「さあ、出発するよ。エメ、あまり喋ってると舌を噛むから気をつけてね」


エメが背筋をピッと伸ばした。口もキュッと結んでいるんだろう。見えないけど、可愛い様子は容易に想像できて僕は一人頬が緩んだ。


ゆっくりと坂を下りながら、今度はエメは景色を楽しんでいるようだった。


すると、薄くかかっていた雲が晴れてたっぷりの陽の光が注ぎ、景色が一気に明るくなった。それをエメも伝えたかったようで、後ろを振り返ろうとした。


「綺麗な景色だね。でもエメ、危ないから前を見てて」


エメはまたピッと姿勢を正して前を見て、無言で首を大きく縦に二回振った。喋るのも真面目に我慢している。その可愛さに後ろから抱き締めたいほどだった。



丘を下り、森へと続く道へ出たので、馬の歩みを少しだけ早めた。


「怖くない?」


僕が心配して聞くと、エメは首を横に振った。大丈夫なようだ。


気をつけていれば、喋っても大丈夫なんだけどなぁ…、と思いながら小さく笑ってしまった。エメにも聞こえたようで、首を傾げたり、振り返りたそうにしている。


―――ああ、可愛い…


僕はエメを抱き締めたい衝動に駆られながら、でも初めて馬に乗った彼女にそんなことしてはと自分を抑えながら森まで辿り着いた。


馬を降りると、預かっていた買い物の荷物をエメに返した。


「あ、忘れてた。ラリーがクッキーを用意してくれたんだった。石を届けてくれたお礼に」


僕はクッキーの袋も手渡した。


「わぁ、嬉しい。ルゥのお家のクッキー、大好きなの」


「よかった」


エメの嬉しそうな様子をもう一つ見られて、僕も嬉しくなった。でも、そろそろ今日の楽しい時間は終わろうとして、少し寂しくなってきていた。


「ルゥ、送ってくれてありがとう。ここからは一人で帰るね」


「大丈夫?」


「ええ。これ以上、ルゥを歩かせる方が心配で、もう一度ここまで見送りに来なければならなくなるわ」


「ははは、それは僕はついて行かない方がいいね」


その言葉に優しく笑っていたエメが一呼吸置いて、「ルゥ」と僕の名を読んだ。その瞳は真っ直ぐに僕に向けられていた。


「なに、エメ」


「待ってていいのよね。いつでもいいの。この夏が無理なら、次のお休みの時でも、その次でも。ルゥはいつか会いに来てくれるって、待ってていい?」


「ああ、待ってて。エメが待っててくれると思ったら、僕は頑張って会いにくるよ」


「ゆっくり、楽しみに待ってるね」


「ありがとう。エメ、大好きだよ」


僕はエメをぎゅっと抱き締めた。エメも僕の胸に顔を(うず)め「ルゥ、好きよ」と。その言葉が嬉しくてため息が漏れそうになった時、エメが顔を上げ、背伸びをしてきた。エメの顔が近づいて驚く僕の頬に何かが触れた。


エメが頬にキスしてくれたのに気付くのに少し時間が掛かった。気付いたら、今度は顔がみるみる赤くなるのを感じた。


「ふふふ、お返し!」


やっぱり頬を赤くしたエメが僕から離れ、森へと駆けていった。


「じゃあね、ルゥ。気を付けて帰ってね」


エメはそう言うと、森の奥へと帰っていった。また会う約束をしたからか、キスしたことに照れたのか、あまりにあっさりとした別れだった。残された僕は、一人呆然とそこに立ち尽くしていた。


―――お返し、って…。もしかして、この間、おでこにキスしたこと………?


はっと気を取り直して馬に乗ったが、ドキドキが止まらず、風に当たりたくて馬を思い切り走らせた。



風に当たっても、ドキドキは増すばかりだ。急に驚くじゃないか。


「エメのばか!」


エメが僕にそう言った時の気持ちが、今、わかった。

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