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本当の気持ち

少しの間、涙が流れることも気づかないように僕のことを呆然と見ていたエメが、フイッと横を向いて小さな声で、でもはっきりと言った。


「帰る」


「じゃあ、送って__」


「いらない。一人で帰れる」


涙を袖でぐいっと拭い、視線は逸らしたままそう言い放ち、歩き出した。


冷めた声での拒絶は、正直、僕の心を(えぐ)ってくるけど、それがエメの本心ではないと信じて問いかけた。


「エメが僕とはもう会わないつもりなのはわかった」


僕の脇を通り過ぎようとするエメの肩に力が入った。僕は、彼女の返事を待たずに後を続けた。


「それは、エメが僕に会いたくないんじゃなくて、僕のことを心配して会わない方がいいと思ってくれているんだよね」


「………」


エメは立ち止まり、こちらを向いた。


「僕は、エメとまた会いたいと思ってる。エメとのことを悪く言われるのはすごく嫌だけど、エメと会えないのはもっと嫌だ」


「でも……」


エメの声が不安そうだった。


「森で崖から落ちて、エメにはたくさん迷惑を掛けて、本当に申し訳なく思ってる。


でも、エメと再会できたことはすごく嬉しかったし、小屋で君と過ごした時間は楽しくて、とても心地よかった。できれば、もっと一緒にいたいと思ってる」


エメは視線を逸らすことなく、僕の話の続きを待っていた。


「今は何か道がないか探してる途中で、会う時間を作るのも簡単じゃないかもしれないけど、僕はなんの努力もしないで諦めるつもりはないよ。


でも、これからも今日みたいなことを言われることもあると思う。それでエメが僕と一緒にいるのが嫌だと思うなら、正直にそう言って。エメが嫌なのに傍にいようとはしないから」


「ルゥ……」


「もし、エメもまだ会いたいと思ってくれるなら、僕はこれからも君に会いたい」


エメの瞳からは再び涙が溢れていた。



僕はエメの頬に手を伸ばし、涙をそっと拭いた。そして彼女を抱きしめたいと思った。でも、人通りが少ないとはいえ、誰が見ているかわからない。


「エメ、もう少しだけ、場所を変えて話がしたい」


僕が聞くと、エメは下を向いて少し考えてから、小さく頷いた。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


僕はエメを馬に乗せて、丘へ向かった。


初めて馬に乗るというエメを、僕は後ろから支えるように両腕を回して手綱を握った。そして、怖い思いをしないようにゆっくりと馬を進めた。エメはずっと下を向き、鞍の端を掴んだ自分の手だけを見つめているようだった。


丘の頂上で馬を止めると、ようやくエメが顔を上げた。そして息を呑んだのがわかった。


「僕、ここからの街の景色が好きなんだ。エメにも見せてあげたくて」


エメは背筋を伸ばし、景色を見渡していた。


僕はゆっくりと馬から降りると、馬の前へと回ってエメの顔を見上げた。


頬に伝った涙はそのままに、エメは驚いたような……それよりも感動しているような表情をしていた。


「いい眺めでしょ?」


「ええ、すごい…。街はこんなふうになっているのね。それと、森ってあんなに広かったのね……」


「すごく広いよね。僕、今回の休暇が始まった時に、ここからあの森を見てエメを思い出してたんだ」


「そうなの?」


エメは、優しい眼差しで僕を見てくれた。僕もやっとエメに笑顔を向けることができた。


「降りておいで、エメ」


僕は、エメが降りやすいように、左手に持った手綱で馬を抑え、空いた手でエメが落ちないように軽く支えた。地面に降りると、エメは僕にきゅっと抱きついた。


僕もそっとエメの肩を抱いた。


顔を僕の胸に(うず)めている様子は、僕が森の小屋を離れる時を思い出させた。また小屋に来たいと言う僕に、エメも『私も来てほしい』と言ってくれた。それがエメの本心だと信じたかった。


今日は泣いてはいないようだった。背中に回したエメの手は僕の上着を握りしめたり、緩めたり、彼女の迷いを表しているようだった。そして時々、大きく息を吐いて、話し出そうとしているようだが、言葉が見つからないのだろうか。


エメの言葉を待つ時間が、とても長く感じた。


まだそれほど時間は経っていないと思う。急かしたくないと思うのに、待つのが耐えられなくなって「エメ…」と僕の方から声を掛けてしまった。


上着を掴んだ手にぎゅっと力が込められ、エメが口を開いた。


「ごめんなさい、ルゥ。私…、」


―――何に対しての『ごめんなさい』なんだろう。やっぱり……



「私、やっぱりルゥに会いたい…」


エメが『もう会うことはない』と言ったのは、彼女の本心ではないと思っていても、気持ちが後ろ向きになりかかっていた僕は、咄嗟には返事が出てこなかった。


エメの『会いたい』という言葉が、じわじわと僕の心に広がっていくようだった。安堵と嬉しさで、体中の力が抜けそうになった。僕もエメを抱き締め、エメの髪にそっと口付けて言った。


「エメ、ありがとう」


エメが僕を見上げて、嬉しそうな顔をした。僕もその顔を見つめ返し、幸せな気持ちになった。



 ◇ ・ ◇ ・ ◇


僕らは丘の頂上付近の眺めがいい場所にある岩の上に座った。平らで二人が座るのにちょうどいい大きさだった。


「エメ、僕の周りが止めるだろうから、会えなくなると思っていたの?」


エメが頷いた。


「きっとルゥとはもう会わせてもらえないって思ってた。だから、もう会うことはないって、そう思った方がいいと……


だって、貴方の立場は、とても重要だってかあさんが言ってたから」


「そうだね。父上はこの地方の領主で、僕はいずれその立場を継ぐように育てられてきた。僕もそのつもりでいる」


「それなら、やっぱり貴方は、貴方のお家やこの地方にとって大切な人だから、身分のない私が傍にいることを周りが止めるんでしょう?」


「うーん、実際どうなるか、僕もわからないけど…、例えば、今この状況で『僕はエメをお嫁さんにしたいです』って言ったら、間違いなく反対されるね」


「お嫁さんって…!」


「例えばの話ね」


『お嫁さん』だなんて言えば、驚くし、身構えてしまうだろう。大事(おおごと)に聞こえないように、できるだけ軽い口調で話した。


「でも、『エメは僕の命の恩人で、大切な友人です』って言えば、エメと過ごす時間を持つことは許されるかもと思ってる」


「…そうなの?」


「もちろん、それでもいい顔をしない者もいるだろうし、会うことすら止められるかもしれない。エメとの時間を持てるようになっても、今の僕らの立場であれば、いつか僕に正式な婚約者が決まれば、会うのは控えないと問題になるだろうね」


「ええ、そうでしょうね」


エメは、サラッと肯定した。僕が彼女と会うことを反対されると前々から考えていたかららだろうが、なんだかそれが寂しく感じた。


「エメ」


僕は、さっきの軽い口調とは違い、姿勢を正し、エメの顔を真っ直ぐに見て呼び掛けた。


「なあに、ルゥ?」


エメは柔らかな雰囲気を持ちつつ、その綺麗な瞳をしっかりとこちらに向けて返事をしてくれた。


「僕、エメとのこと、婚約者が決まるまでの都合のいい関係にしようだなんて思ってないよ。エメに助けてもらったことへの精一杯のお礼がしたいんだ。そのための時間を僕にくれないだろうか」


「私…、ルゥともう少し一緒にいたいと思ってもいいの…?」


「そう思ってくれたら、僕は嬉しい」


僕の言葉に、エメはにっこりと笑顔になった。

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