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迷いの森、光る石の道しるべ  作者: 千雪はな
第1章 エメとルゥ
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迷子のルゥ

木々が鬱蒼(うっそう)と茂り、辺りは薄暗い。大きな木の根が縦横無尽に地面を這い、その地面も木の幹も苔()している。風もなく、湿った空気が重たく感じる。人の気配は全くなく、時折、鳥の鳴き声や小動物が揺らす草の音が遠くから聞こえていた。



僕はそんな森の中で迷っていた。


この森は「迷子の森」だの「迷いの森」だの「帰らずの森」「惑わしの森」「人喰い森」……皆、好きなように呼んでいる。とにかく、よく人が迷う森なのだ。


魔女に気に入られたら帰してもらえなくなる「魔女の森」なんて言う人もいた。


僕もその森には入るな、と言われていた。境界に立てられた柵を決して越えてはいけないと―――



その日は父上と狩りに来ていた。実際の狩りをさせてもらえるのは、13歳頃から。僕はまだ4、5年待たないといけないけど、この場所が好きでよく連れてきてもらっていた。


父上たちが猟場の奥で狩りを楽しんでいる間、僕は管理された柵の内側、従者達が待機するテントの側で狩りの真似事をしていた。


その時、ふと美味しそうな木の実が見えて柵の向こうの森に入ってしまった。すぐに戻るつもりだったのに…


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


「ここ、さっき通った…」


目印にしていた形の良い丸い石を見るのは、これで三度目だった。小さな石なのに、通るたびに目に入った。


木々の上からわずかに差し込んでいたお日様も傾き、森は随分と暗くなっていた。


「どうしよう…」


森から出られる気がしなくて泣きそうになった。道端にしゃがみ込み、地面を見つめて、いよいよ涙が出そうになった時、赤い靴が目に入った。


「どうしたの?」


鈴の音のような可愛らしい声に、僕は驚いて尻もちをついて顔を上げた。そこには僕より少し小さな女の子が立っていた。


この薄暗い中でも、その子の深い青い瞳は木々の間から漏れるわずかな光をすべて集めたようにキラキラと綺麗だった。


驚きのあまり言葉が出ない僕にその子はもう一度聞いた。


「どうしたの?まいごになっちゃったの?」


少し舌足らずな問いかけに、僕は頷いた。


「どこから来たの?セキレイのたき?それとも…ヤマモモのいずみかしら?」


どちらも知らない場所だった。


「僕は、コルンの街から来たんだ…」


「えっ、まち?森のそとから来たの?わたし…、森のそとのひととはおはなししたらいけないの」


そう言って、その子は立ち去ろうとした。


「あっ…」


僕の口から(すが)るような声が出た。


その子は立ち止まって振り返ってくれた。


「あ、あの…、森の出口を教えてくれないかな…」


「でぐちって、あなたが来たほう?それなら、あっちよ」


そう言って木々の間を指差した。


―――さっきもそっちへ行ったけど、ここへ戻ってきちゃったんだ…


でも、それ以外に進む道もなく、僕は立ち上がって指差した方へ歩き出した。


そのすぐ後ろを、その子もついて来た。


「一緒に来てくれるの?」


「だって、あなた、またまよいそうだもの。わたし、森はでられないけど、とちゅうまでなら行けるわ」


「………」


一緒に来てくれるだなんて思わなかったから、返事もせずにその子の顔を見ていた。


「あ、いやならやめとくけど」


「ぜ、ぜんぜん嫌じゃない。途中まででいいから、お願いします」


「ふふふ、じゃあ、行きましょう」


その子は道標でもあるかのように獣道さえない森の中を迷わず進んだ。岩も木の根もつまずくことなく、滑らかに歩いていく。柔らかく波打つ栗色の髪をなびかせて、ふわふわとした雰囲気は僕の不安な気持ちを少し軽くした。


僕も不思議と息を切らすことなくついて行った。


僕は、軽やかに森の中を進むその子の名を知りたいと思った。相手の名を聞く時は、まずは自分から名乗ること。習った礼儀作法を思い出して、その子に話しかけようとした。


でも、なんだか緊張して、うまく話し始められない。とりあえず深呼吸すると、その子が立ち止まって振り返った。


「どうしたの?」


「あ、あの…、ぼ、僕はリュウと言います」


「ルー?」


「えっと、違う。リュウって言うんだ。リュ、ウ」


「ルゥ?」


「……、ルゥでいいや。それで、あなたの名を聞いても?」


「エメ」


「エメ…、いい名だね」


エメはまたふふふ、と笑って歩き始めた。そして大きな木の脇で足を止めた。


「わたしはここまでね」


目の前にはまだ木々が生い茂り、森が続いている。僕が不安に思っていると、エメが何かを差し出した。


不思議に思いながら出した僕の手のひらの上に、形の良い丸い石を乗せた。森の中で目印にしていた石だ。淡く緑色に光っていた。


「これ、ルゥの石。森のなかでルゥのことしんぱいしてたから、きっとでぐちまでおしえてくれるとおもう」


「教えてくれる?」


「うん、光ってたらだいじょうぶ」


「本当?」


「うん、だいじょうぶ」


エメがにっこりと笑うのを見たら、大丈夫な気がしてきた。


「じゃあ、僕、行くね」


「さようなら」


エメはそう言うと、すっと森の中へと帰っていった。


あまりにあっけなくて夢でも見ていたのかと思ったが、手の中の石はちゃんと光っていた。僕は石が光っているのを確かめながら、森の中を進んだ。


やがて馬の(いなな)きが聞こえ、僕は走り出した。森を出ると、ちょうどそこには血相を変えて僕を探す父上と従者達がいた。


ものすごく怒られ、何をしていたのかと問い詰められたが、エメのことは言わなかった。


『森のそとのひととはおはなししたらいけないの』そう話していたエメのことは、誰にも言ってはいけない気がした。


名前しか聞くことができなかった。いつかまた会えるだろうか。

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