手を引かれて
エメの背中をゆっくりと摩っていた。すっかりしゃっくりは止まり、泣き止んだように思う。でも、まだ僕の背中に両手を回し、顔は胸に埋めたままだった。
「エメ…」
僕が声をかけると、ビクッと肩に力が入り、首を小さく横に振った。
「そろそろ行かないと」
エメはやっぱり首を横に振るばかり。
「ジュディさんも待ってるし…」
そう言ったら、エメは何かを考えているようにじっと動かなかった。背中に回した手が僕の上着をギューっと掴んでいる。
しばらくしてゆっくりと顔を上げた。まだ納得いかない顔をしているけど。
そんな顔も可愛いと思いながら、顔にかかった前髪を上げてエメの瞳を覗き込んだ。そっと頭を撫でると、エメの瞳がまた潤んできた。
「ごめん、ごめん」
何に謝っているのかよくわからないけど、優しくしてもダメらしい。
「ごめんね、エメ。でも行かなくちゃ」
エメは渋々頷いて、ようやく小屋を出た。僕が先に立ち、手を繋いでウッドデッキから庭に降りると、エメがグッと手を引いた。
「どうしたの、エメ?」
「ルゥこそ、どこへ行くの?」
「あ…、知らないのに適当の歩いてた…」
「ふっ、くくく…」
泣いてたエメが可笑しそうに笑っている。
「ルゥがもう一度崖から落ちて、ここで過ごす日を延ばしたいなら手伝うけど」
冗談だと思うけど、目が少し真剣だ。
「今日はやめとく。痛いのはしばらく勘弁したいからね」
「そうね、私もルゥが痛そうなのは見たくないわ。じゃあ、行きましょう。こっちよ」
そう言って、今度はエメが僕の手を引いて歩き出した。
柔らかく波打つ栗色の髪をなびかせて、岩も木の根もつまずくことなく、滑らかに歩いていくエメの後ろ姿を見ながら、僕は昔のことを思い出していた。違うのは、昔はエメの後ろをただついて歩いていたのが、今はエメが僕の手を引いてくれていること。少し…、いや、だいぶカッコ悪いけど、僕にとっては大切な時間に思えた。
「あ、ここ…」
僕が思わず声を上げると、エメが不思議そうに立ち止まった。
「ここ?どうしたの?」
「昔、エメが『ここまでね』って連れてきてくれたのは、この辺りなんじゃないかと思って。なんだか木の雰囲気とか…」
少し辺りを見てから、エメがにっこりと笑った。
「そうかもしれないわね。ここの木の右を通ってまっすぐ行くと森を出て街への道に出るから」
「今日は道まで一緒に行ってくれるんだよね?」
「ええ、もう私、森を出たらダメとは言われていないから」
にこっと笑ったが、まただんだんと元気がなくなっているように思う。
僕は、昔と違ってもう少し一緒に歩ける嬉しさと、もうすぐ別れの時となる寂しさがまぜこぜになっていた。エメも同じような気持ちなんだろうか。二人ともさっきよりもゆっくりと歩いている。
と、急にエメが左に曲がった。
「えっ、エメ⁈もうまっすぐ行くだけじゃ…」
「少しだけ」
僕の手を掴んだ手にきゅっと力を入れて歩いていく。少し行くと次は右へ、また次は左へ……、蛇行して森の出口へと向かっていると思うけど、僕はどの辺りまでジュディさんが待つ場所に近づいてるのかわからなかった。
「迷ったらごめんね」
「へっ?」
―――そ、そんな。エメも迷ったら、どうやって森を抜けたら……
「ふふふ、うそ」
「はい?」
「あははは、驚いた?ルゥとお別れする時、泣きたくないから、落ち着きたくてちょっとだけ遠回りしたの」
そう言いながら、エメはこちらを見てくれない。こっそりエメの顔を覗き込むと、彼女の頬は濡れ、瞳からは次々と涙が溢れていた。大泣きじゃないか。
それなのに頑張って明るい声で話してくれている。すごく可憐しくて、僕は繋いだ手を引き寄せてエメを抱きしめた。
エメが隠すなら、僕は彼女の涙は見ていないし、その涙も僕の上着で拭いてしまえばいい。
そう思ってぎゅーっと抱きしめたら、エメが僕の腕をバシバシ叩いた。
「ルゥ…、くるし…い…!」
「ごめん、ごめん」と手を緩めると、エメは「ぷはっ」と息を吐いて顔を上げた。僕の腕の中で真っ赤な顔をして可愛らしく僕を睨んでいる。
「エメと一緒に歩けるのがもう少しかと思ったら寂しくなって」
そう言ってエメのおでこに口付けた。エメは顔を更に赤くしている。
「ルゥのばか!」
「ごめん、エメが可愛くて。さあ行こうか。どっち?」
「後ろ」
「後ろ?」
僕が振り返ると、ジュディさんとラリーが立っているのが木の間に見えた。
「え?見てた?」
慌ててエメの方へ向き直ると、エメは顔を赤くしたまま頷いた。
「だから、ルゥのばか!」
「ごめん、エメ。怒った?」
「怒ってないけど、恥ずかしい…。ハグはいいけど、キスはダメ」
「おでこでも?」
「ダメ」
「ごめん」
「ばか」
そう言いながらも、歩き出したエメは僕と手を繋いでくれている。
やっぱり僕はエメのことが好きだと思う。それが例え、この森にいる間だけ許された想いだとしても。




