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迷いの森、光る石の道しるべ  作者: 千雪はな
最終章 エメとルゥの幸せのかたち
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最終話 ◇ 幸せの光る石

エメが赤ちゃんができたと教えてくれてから、年が変わり、やがて春も終わりになった頃、エメのお腹は随分と大きくなり、いつ生まれてもいいと言われるようになっていた。


エメは、少し動くだけで息が切れて大変そうなのに、とても幸せそうに過ごしていた。


そしてお腹の中で赤ちゃんが動くと、いつも嬉しそうに教えてくれた。


「ルゥ、手を貸して」


僕もこの時間を楽しみにしていた。僕が、彼女が座るソファの肘置きに腰を掛け手を差し出すと、エメはまんまるなお腹にその手を乗せてくれた。赤ちゃんの動きを感じられる所に乗せてくれる。


するとすぐに、トンッと赤ちゃんが蹴ったのがわかった。エメが指先でお腹をトンッと叩くと、中からまたトンッと返ってきた。


毎回驚く僕を、エメが嬉しそうに笑う。


「今日も返事してるね」


「ええ。可愛い…」


エメが、そのお腹を撫でながら愛おしそうに見つめた。


僕も手をお腹に置いたまま、反対の手の指先でお腹をそっとトントンと叩いてみた。すると……手のひらにトントンと。


「やっぱり叩いたのと同じ回数返ってくるよ。この子、生まれる前から天才じゃないか?」


「ふふふ、それは大変ね」




そう二人で笑い合っていたその日の夜、陣痛が始まった。


出産のために用意していた部屋に移り、ジュディさんや産婆、乳母など、必要な人もすぐに集められた。


僕はエメの手を握る以外はオロオロすることしかできず、落ち着いてエメに寄り添うジュディさんに指示されるがまま、エメの額の汗を(ぬぐ)ったり、水を飲ませてあげたり、背中を摩ったり……。


夜が明けて、昼が過ぎ、夕陽が窓から差し込み、やがて外が再び暗くなった頃、エメの痛みは激しさを増し、僕は見ていられなくて取り乱すと、ジュディさんからやんわりと邪魔だと言われて部屋を追い出された。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


生まれたら呼ぶから寝台で寝ててもいいと言われたが、そんな気分になるはずもなく、僕は廊下でウロウロ、オロオロしていた。


出産は命懸けだと聞いている。扉の向こうからエメの痛みに耐える声が聞こえてくると狼狽(うろた)えて、その声が静かになると何かあったのではないかと恐怖に似た心境になる。


―――こんな時、僕は何もできないんだな…


そう情けなく思って(うつむ)くと、羽織っていたガウンの胸元あたりから淡い光が見えた。


慌てて取り出してみると、エメが細い革紐でネックレスにしてくれたあの森の小石が淡い緑色に光っていた。


エメと出会った頃、僕が王都から彼女の様子を少しでも感じたくて願っても、森から離れた場所では決して光ることはなかったのに、今、僕の手のひらの上でほんのりと、でも確かに光っている。


「エメは、大丈夫なのか…?」


光がくるんと石を包んだ。


「…赤ちゃんも?」


石はもう一度淡い光を放った。


僕はふっと一人で笑った。


―――僕が本当に心細い時は、助けてくれるんだな。


本当かどうか、ただの気休めか、それとも疲れた僕の目に幻影が映っているのか…、どれだかわからないけど、僕はその光を信じて少し落ち着いた。


エメの痛みに耐える言葉にならない声に「エメ、頑張って」と呟き、その石をぎゅっと握りしめた。



聞いているだけで僕の握り拳にも力が入るようなエメの声が止み、またしばらく静かな待ち時間を過ごすのかと思った矢先………、産声が上がった。


「あっ、産まれた!」


僕が声を上げると同時に、廊下の角の向こうから使用人達の喜ぶ声が聞こえて来た。真夜中なのに、多くの者達が心配で少し離れた所から様子を(うかが)っていたようだ。


僕のオロオロした姿もずっと見られていたということか……。


ふぅとため息を吐いて恥ずかしさを誤魔化していると、静かに部屋の扉が開いた。


乳母が、真っ白な柔らかな布に(くる)んだ赤ん坊を抱いて出てきた。


「おめでとうございます。王子殿下、御誕生にございます」


そう言ってその顔を僕に見せてくれた。


真っ赤な顔をして、目をぎゅーっと(つむ)って、全身を震わすように力一杯泣く我が子に、僕は圧倒されていた。


「元気…だなぁ……」


「はい、とてもお元気で何よりでございます」


「あの、エメは?」


「エメ様も、大変お疲れですが、大丈夫でいらっしゃいます。ご準備が整うまでもう少しお待ちいただきたいとのことです」


「そうか……、よかった…」


僕はそれを聞いて、心から安堵した。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


「旦那様、どうぞお入りください」


エメの準備ができたと、部屋の中にいた侍女に招き入れられた。


僕はエメに駆け寄りたかったが、かなり慎重に歩いていた。僕は赤ん坊を抱いていた。


エメを待つ間に抱き方を教えてもらい、我が子を受け取った。小さくて、柔らかくて、とても軽いくせに、その存在感は大きかった。落としたりしたら大変だから、乳母に返そうとしたら、


「お父様の腕の中が落ち着くのですね。ご機嫌ですよ」


などと言われるものだから、返せなくなってしまった。変なところに力が入って、今にも腕や背中がつりそうだった。


ギクシャクと歩く僕を見て、寝台の上でクッションにもたれて座るエメがクスクスと笑っていた。


一日以上も陣痛に耐え、この子を産んで疲れ果てた様子なのに、それでもこちらを見て微笑むエメは美しかった。


寝台の脇まで行くと、エメは僕の腕の中にいる我が子のその頬にそっと手を伸ばし微笑みかけた。そして次に僕の方を見上げると、驚いた顔をして笑った。


「ルゥ…、心配して待っていてくれたのね。ありがとう」


そして僕の頬に手を伸ばし、涙を拭ってくれた。


僕は号泣していた。


エメの無事にほっとしたのと、我が子の誕生に感動したのと、これまでにあった色々なことへの感情が入り混じって、涙が次々に溢れて止まらなくなっていた。


涙を拭おうにも、大事な大事な我が子を抱いているので、手を離すわけにもいかず、エメがその手を伸ばしてくれるまで僕の顔は涙でべしょべしょだったのだ。エメも笑うわけだ。


エメが「私も抱っこしていい?」と赤ん坊を受け取ってくれ、僕はようやく涙をしっかりと拭くことができた。


そして改めてエメの側まで歩み寄り、頬にゆっくりとキスをすると、寝台の横の椅子に座って彼女を見つめた。


「エメ、お疲れ様。この子を生んでくれてありがとう。愛してるよ」


「私も愛してるわ、ルゥ」


僕は少し身を乗り出して、エメに口づけた。


にっこりと微笑むエメの腕に抱かれて、我が子は眠っていた。


「可愛いな…」


「ええ、本当に可愛い。…ダニエル、あなたのことも愛してるわ」


愛しそうに我が子に話し掛け、優しく額にキスするエメを、僕は心から幸せな気持ちで見つめていた。


これで本編は完結です。ここまで、一緒にお話の行方を見守ってくださった皆様、ありがとうございました。


おまけのお話を二話ほど投稿予定です。あと数日、お付き合いくださいませ。

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