大切な話と聞かないルゥ
僕が馬を走らせ城門を出た所で、前から我が家の使用人の一人が馬で駆けてきた。僕が知らせを頼んだカーターはすでに古城に帰し、今こちらに向かってきているのはエメの側にいる者だ。
―――エメに関する知らせだろう。何か悪いことでも……
聞くのも怖かったが、僕を見つけて馬を止めた彼に声を掛けた。
「エメのことで何か?」
「はい、旦那様。エメ様より、少し立ちくらみをしただけで大丈夫だから、お帰りにはならなよう伝えるよう仰せつかって参りました」
「そうか、大丈夫なようでよかった…」
僕はほっとした。そして、使いの者に続けて言った。
「ご苦労。アレン殿下には許可をいただいているから、私は古城に戻る。貴殿は大丈夫だということを殿下にお伝えしてくれ」
エメが、僕が頼んだカーターが慌てて王城へ向かうのに気づいて、この者を走らせたのだろう。彼女にそんな余裕があるとわかって少し安心したが、やはり顔を見て確かめたい。
「は、はい…、しかし…」
「エメには怒られても、彼女の元へ行くよ。殿下への報告だけ頼む」
「…はい、かしこまりました」
使いの者はエメからの伝言を聞かない僕に少し困ったような様子を見せながらも、想定の範囲だったのだろう。すぐに城門の門番に入城の許可を得に行った。
◇ ・ ◇ ・ ◇
イーデルベルク城に戻り、真っ直ぐにエメと僕の部屋へと向かった。
部屋に軽くノックをして入ると、エメがジュディさんとテーブルに座ってお茶を飲んでいた。
「ルゥ…、やっぱり帰ってきちゃったのね」
「それは帰ってくるに決まっているだろう。ちゃんと殿下には許可をいただいたよ」
問題なく帰ってきたことを伝えたのに、エメはため息を吐いた。
「アレン様も、私には甘いから……」
「甘いわけじゃないよ。それだけ心配してるんだ」
「そうね、今日は心配掛けてごめんなさい」
「謝らなくていいよ。大したことなさそうでよかったけど…、」
とりあえずは大丈夫そうには見えるけど、それでもやっぱり心配で、ジュディさんに聞いた。
「ジュディさん、今日の立ちくらみだけじゃなくて、食欲がなかったり、夜に寝付けなかったり、夏バテ以外にどこか悪い所とかないんでしょうか?」
「そうだね。ここ最近気をつけて診てるけど、病気の兆候は今のところないよ。あとは、エメから聞いてごらん」
そう言って、ジュディさんはエメを見て微笑むけど…
「いや、エメは大丈夫って言うから…、」
「ルゥ、私から話したいの」
「僕は、まずはジュディさんから詳しいことを聞きたい」
僕はジュディさんと向き合い、エメの体調についての詳細と、何に気をつけるべきかを聞こうと思った。
「ルゥ、かあさんじゃなくて…」
「エメ、ちょっと待ってて、後でちゃんと聞くから」
「ルゥ!!」
エメが僕の頬を両手でがっちりと挟んで、ジュディさんの方を向いていた顔をぐいっと彼女の方へ向けた。
「私から話したいって言ってるの!お願いだから聞いて!」
「は……い…」
その迫力に押されて、僕はエメを見つめていた。少し怒ったように膨れていたエメの表情は、僕の視線が自分に向けられていることに満足すると、ふっと緩んだ。
僕の頬から離した手で僕の両手を取り、エメはふぅっと小さく息を吐いてから、柔らかい表情で言った。
「ルゥ、赤ちゃんができたの」
「………………はい?」
僕の驚く顔を見て、エメはふふふっと笑った。
「…赤ちゃん?」
「そう」
「エメと僕の…?」
「赤ちゃん」
エメがにこっと笑うけど、僕はまだ話が飲み込めなかった。
恐る恐るエメのお腹に手を伸ばして、そっと撫でてみる。これまでと変わった様子はないけど…
「ここに?」
「ええ、まだ見た目からはわからないけどね」
お腹をさする僕の手を、エメの両手が上から包み込んだ。そして、僕に嬉しそうに微笑んだ。
「かあさんが言うには、まだ順調に育つかわからない時期だし、生まれるまで何があるかわからないけど、あまり心配しすぎないで、よく寝て、よく食べて、楽しく生活しなさい、ですって」
「あの…、ジュディさん、エメは安静にしていなくて大丈夫なんですか?」
「無理はしてはいけないし、体調にもよるけど、エメが動けるなら普通に生活したらいいよ」
「そうなんですね」
その後、ジュディさんがもう少し詳しく気をつけること、今後起こりうる体調の変化などを説明してくれ、「じゃあ、エメのこと頼んだよ」と言って帰っていった。
部屋の扉のところでエメと並んでジュディさんを見送った後、部屋にエメと二人になってから、僕はドキドキしてきた。
「エメ…」
「なあに?」
「抱きしめてもいい?」
いつもそんなことを聞かずに抱きしめるのに、どうしていいのかわからず聞いていた。エメもそんな僕に笑いながら、「ええ、もちろん」と両手を広げてくれた。
僕は、エメをゆっくりとそっと抱きしめた。
「こんな華奢なエメのお腹に新しい命が宿っているなんて…すごいね…」
「すごいというか…、不思議ね」
「不思議…、そうだね。まだ実感が湧かないんだけど、なんだか嬉しいね」
「ふふふ、ルゥが嬉しいって言ってくれると嬉しい」
抱きしめた腕の中にいるエメの笑顔がやっぱり愛しくて、僕は彼女に口づけた。
食欲がなくなったり、貧血になったり、しばらくは今の不調は続くだろうとジュディさんは言っていた。エメとソファに並んで座り、疑問に思ったことを聞いた。
「どうして、今朝、言ってくれなかったの?」
「それは……、もう少し確実になってから言いたかったの。でも、こうやってお仕事の途中で帰ってくるほど心配掛けるんだったら、今朝言うべきだったわね…ごめんなさい…」
申し訳なさそうにするエメの頬に、僕はそっと手を添えた。顔色は少し青白いけれど、その温かさに僕はほっとしていた。
エメは「ルゥの手、ひんやりして気持ちいい」と頬を押し当てていた。ゴツゴツした僕の手が気持ちいいのかと思うが、エメが目を閉じて僕の手に頬を寄せている様子は嬉しくて、空いた方の手でそっと抱き寄せて額に口づけた。
「エメ、体が辛い時は、いつでも言ってね」
「うん、ありがとう」
「僕が寝てても遠慮しないでね」
「うん、わかった」
「絶対に隠したらだめだよ」
「わかったわ、ルゥ」
「それから…」
僕がまだ心配事を続けようとしたら、エメがクスクスと笑い出した。
「ルゥ、心配しすぎないで」
「あ……よく寝て、よく食べて…だっけ」
「そう、楽しく過ごすの」
にっこりと笑うエメに、僕も笑顔を返した。
いつも読んでいただきありがとうございます。明日が本編、最終話になります。
おまけで後日談を書いているところです。長くなってきたので、二話に分ける予定です。いよいよお話も終わりに近づき、寂しいような、ほっとしたような気持ちでいます。最後までお付き合いくださいましたら嬉しいです。




