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迷いの森、光る石の道しるべ  作者: 千雪はな
最終章 エメとルゥの幸せのかたち
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寝苦しい夜に

夜中に目が覚めると、すぐ横にエメの寝顔がある。


春に結婚式を挙げてから、エメと部屋を同じにした。忙しくて昼間になかなか会う時間が取れないでいるが、夜にはその寝顔を見て眠れるのはとても幸せで、心から癒された。



エメ――第一王子の娘ソフィア王女の王位継承拒否により、アレン第二王子が改めて正式に皇太子となった。それに伴って多少の配置換えがあり、僕は近衛兵団第五班から第二班へと異動し、アレン殿下の側近となっていた。


もちろん僕としてはエメの護衛をする五班にいたかったが、そんな個人的な希望を押し通していいはずもなく…。ただ、ソフィア王女の夫としてイーデルベルグ侯爵の爵位を与えられ、式典などでエメが出席する場合は、常に彼女をエスコートすることになっている。


異動前のように、朝夕の行き帰りも、任務中も側にいられるなんて夢のようなことはなくなってしまったが、側で護衛できる機会はあるし、何より(いえ)に帰ればエメがいる生活は本当に幸せに思った。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


季節は夏の終わりとなり、昼間の日差しは少し弱まった気がするが、夜はまだ蒸し暑くて寝苦しい日が続いていた。



夜遅く、エメが眠った後に帰ってきたこの日も、夜中にふと目が覚めてしまった。その暑さにため息を吐いて寝返りを打つと、隣で寝ているはずのエメの姿がなかった。


「……エメ?」


僕は頭がぼんやりしたまま起き上がった。


「あ、ルゥ。起こしちゃった?ごめんなさい」


ベッド脇の声が聞こえた方を見ると、サイドテーブルの横にエメが立っていた。


「エメ、どうしたの?大丈夫?」


「ええ、大丈夫よ。喉が渇いて…」


そう言いながら、水差しからコップに水を注いだ。


「ルゥも飲む?」とエメは、僕にそのコップを差し出してくれた。ありがとう、とそれを受け取り、ごくりと飲む。水は少し(ぬる)くなっているが、汗をかいて渇いていた喉が潤う感じにほっとした。


エメも水を飲むと、寝台に寝転んだ僕の隣に戻ってきた。きゅっと抱きついて「おかえり、ルゥ」と僕の頬にキスをして、暑いからと少し離れて目を閉じた。僕はエメの手を取ってその甲にキスをすると、その指を絡めたまま再び眠りに落ちた。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


翌朝、目が覚めてすぐに、まだ眠っているエメの様子を確認した。やはり目元には疲れたような影があった。


エメは成人を迎えて以降、公務で式典への出席や視察などに出るようになった。その人気は予想以上で、前皇太子妃を知る者達はもちろん、そうでなくても彼女の美しさと愛らしい笑顔に魅了され、当初の予定よりも、エメが招かれることが増えていった。


式典なら僕も一緒に出席するが、ここ最近は毎日のように視察や慰問の予定が組まれ、エメだけで従者を連れて出掛けていた。


少し前にも心配になってエメと話をしたのだが…、


___「エメ、忙しすぎない?少し減らしてもらうよう、殿下にお話しようか」


「大丈夫よ。私が小さな公務をこなせば、その分、アレン様は他の事に力を入れられるのでしょう?」


「そうだけど…」


「それなら、私はその役割を果たしたいわ」


「エメがそう言うなら…。でも、無理はしたらだめだよ」


「ええ、気をつけるわ」___


そんな会話をしたすぐ後、僕はアレン殿下の指示で遠方の視察のために一週間ほど王都を離れた。そして昨晩遅くに帰ってきたのだが、エメの侍女に、数日前から夏バテ気味で食欲が落ちていることを聞いていた。


慣れない王女という立場の重圧と忙しさに、寝苦しい暑さも重なり、心身共にかなり疲れているだろう。エメの体調がますます心配になった。


「ん……」


僕が起き上がった寝台の揺れで、エメが目を覚ましたようだ。僕は少し乱れたエメの髪を、指でそっと()いて、彼女の頬に口づけた。


「エメ、おはよう。少し顔色が悪いようだけど…」


「大丈夫よ、ルゥ。一昨日、かあさんにも診てもらって、夏バテのようなものだから大丈夫って言われたわ。念の為にって、今日と明日はここで休むように調整してもらったの」


「本当?それはよかった。じゃあ、しっかり休んでいてね。朝食もここに運ばせるから」


「ありがとう、ルゥ」


「僕は…行ってくるね。行きたくないけど…。エメ、何かあったら知らせを寄越すんだよ」


「ふふふ、おとなしく休んでるから大丈夫よ。気をつけて、いってらっしゃい」


「絶対に無理したらだめだよ」


「わかってるわ。ルゥは心配症ね」


一週間離れていて、会いたくて会いたくて帰ってきたら顔色が悪いなんて、それは心配するだろう。「大丈夫よ」なんてにっこり笑ってるけど、すごく辛かったとしても隠すだろうし。


夏バテの()()()()()って何だ?二日も休むなんて、実はどこか悪かったりしないだろうか……心配しすぎなんだろうと冷静な自分もいる一方、何か見落としてないか心配でならない気持ちが膨らんで落ち着かなくなってくる。


ああ、行きたくない。エメの側で見守っていたい………が、そうもいかない。はぁ…っと特大のため息を吐いたら、エメが困ったように笑った。


寝台の上で体を起こしたエメにもう一度口づけて、僕はしぶしぶ部屋を出た。



エメと登城しない日は、馬車ではなく馬を使う。何かあれば早く帰って来られるし。そう自分に言い聞かせながら、厩舎に向かう途中で、庭を歩く従僕(フットマン)とすれ違った。彼は丁寧にお辞儀した。


「いってらっしゃいませ、旦那様」


「ああ、カーター。一つ頼みたいんだが」


「何でございましょうか」


「もし、エメに医者を呼ぶようなことがあれば、僕にすぐに知らせてほしい」


「かしこまりました。今日はアレン殿下の執務室にいらっしゃる予定でしょうか」


「ああ、そうだ。では、頼んだ」


「はい」


エメの青白い顔をした元気のない様子が気に掛かりながらも、僕は王城へと向かった。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


「では、こちらは提出しておきますので、殿下は昼食をお取りください」


僕は殿下がサインを済ませた書類を受け取り、執務室を出ようとした。


そこへ、殿下の側近の一人、ブライアンが廊下から入ってこようと勢いよく内開きの扉を開け、僕は驚いて後ろに飛び退いた。


「あ、リュウ殿!すまない、ぶつからなかったか?」


「はい、大丈夫です。ブライアン殿こそ、そんなに慌てて、どうかされたのですか?」


アレン殿下が幼い頃から側に仕え、いつも落ち着いているブライアンが慌てているのは珍しいことだった。


「ああ、貴殿の使者がソフィア殿下が倒れられたと…」


「本当ですか⁈」


僕はブライアンが話し終わる前に、部屋を飛び出していきそうになった。


―――あ、アレン殿下に許可を頂かなければ。


振り返ると、殿下も立ち上がって心配そうな表情を浮かべていた。


「殿下、一度イーデルベルクに帰らせてください。確認次第、すぐに戻りますので」


「ああ、リュウ、すぐに帰れ。使いで構わないから、様子がわかったら知らせるように。今日は戻らなくていいから、ソフィアの側についていてやってくれ」


「ありがとうございます、殿下。失礼いたします」


僕は執務室を出て、急ぎエメの元へと向かった。

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