三年後の王女の決意
僕とエメが王都に移り住んで三年が過ぎ、春を迎えていた。
王都での王女の住まいは、郊外の丘の上にある古城――イーデルベルグ城が用意された。生活しやすいよう改装して、庭も整えられた。
森で暮らしてきたエメのために、王城や街中の屋敷ではなく、少しでも自然を感じられるこの場所が選ばれた。他にこの地が選ばれた理由として、丘の麓に王都の騎士団の基地があり、常時警備しやすいこともある。
僕もエメと一緒に、三年前からこの城に暮らしている。ラリーをはじめ、従僕や料理人など数人の僕のことをよく知るシュライトン家の使用人も一緒に王都へ移ってくれ、王家で用意された使用人らともうまく馴染んで、僕らは穏やかに、そして快適に暮らしていた。
エメとは婚姻を結ぶまでは部屋は別々だが、朝起きて一緒に朝食を取り、同じ馬車で王城へと通うなんて、僕にとっては夢のような日々だ。
最初、エメは登城するたびに毎日緊張していたのが、最近はすっかり慣れた様子で、嬉しそうに僕と一緒に馬車に乗って通っていた。
でも、今日はとても緊張していた。
「ルゥ、失敗しないかしら。何か間違えたりしたらどうしよう…」
馬車のキャビンの向かいに座るエメが不安そうに僕に訴えている。その眉尻が下がった顔も可愛いかった。
僕はエメの隣へと移り、そっと肩を抱いた。
「エメ、背筋を伸ばして皆の顔をしっかりと見ていれば大丈夫。あとはアレン殿下がなんとかしてくれるよ」
「なんとかって……。お義母様もよく背筋を伸ばして…って仰っていたから、それは頑張るけど…」
僕は「エメなら大丈夫だって」と言って、心配が拭えない顔をしているエメの額に優しくキスをした。
今年、エメは成人を迎え、決断の時が来た。と、大袈裟に言ってみたが、エメの意思は三年前、アレン殿下から選択肢を示された時から変わることなく、王位継承は拒否することを選び、今日はそれを宣言するのだ。
王位には即かないが、無用な次の継承争いを避けるために王位継承権を保持するとエメは決めた。僕としては、エメの身の安全を考えれば、継承権そのものを放棄してほしいと思うけれど、エメが自分の意思として放棄しないことを選んだのだから、僕はそれを支えるだけだ。
数ヶ月前、エメの選択をアレン殿下に伝える日の前の晩、夕食後に、エメが緊張した面持ちでその決意を話してくれた。
___「お父様が、この国の安寧を何よりも願っていたの。私が継承権を保持することで、アレン様の進まれる道の少しでも助けになるのなら、私はその役割を果たしたい。ルゥや兵の皆には、守ってもらわないといけないけど…」
「エメがそう決めたのなら、僕は必ず君を守ると誓うよ」
僕がそう言うと、エメはほっと顔を綻ばせた___
その時、エメの手には彼女の父ダニエル殿下の日記があった。生まれたばかりのエメをどれだけ愛しているかが書かれた日記だからと、アレン殿下からエメへ渡されたものだ。
僕も読ませてもらったが、確かに可愛い娘にメロメロになっている父親の思いが溢れんばかりに詰まっていたが、時々、皇太子としてのこの国への思いも綴られていた。エメは彼女を愛してくれた父親の遺志を大切にしたいのだと言う。
なんだか、エメにダニエル殿下の遺志を伝えるために、アレン殿下はこの日記をエメに渡したような気がする。エメが王位継承権の保持を選択するように、上手に導かれたような…。
―――今度、アレン殿下に文句言おうかな。
「あと…、明後日のこともあるでしょう?」
明後日――僕とエメは結婚式を挙げる。
今日の王位継承に関する宣言式に続いて、大小様々な行事や宴が予定されている。そのうちの一つとして僕らの結婚式も王室の行事の一つとして予定されていた。
「それは僕も緊張しそうだけど、その前にいっぱい行事があるから、今は緊張してる暇がないよ」
今回の一連の行事の多くに、エメは王女として出席予定となっている。僕もその出席するもの全てにエメの側につけるのは嬉しいが、行事の内容と護衛計画と招待客の情報と……、頭がパンクしそうだった。
「ルゥ、忙しそうだけど、大丈夫?昨日も夜遅くまで起きていたんでしょう?」
エメは、僕の手を彼女の膝の上に置いてキュッと握り、昨晩遅くまで書類確認をしていた僕を見上げて心配してくれていた。
僕は空いた方の手で、エメの前髪をなぞり、それを耳にそっと掛けると、よく見えるようになった青い瞳を見つめた。深い青色の綺麗な瞳は、いつも心を落ち着けてくれる。
「こうしてエメと過ごす時間があれば、疲れなんてすぐに吹き飛ぶよ」
「またそんなこと言って…。疲れはちゃんと休まないと取れないわ」
「心配してくれてありがとう、エメ。これが落ち着いたら、五日間くらい休暇がもらえるはずだから、一緒に過ごしてくれる?」
「本当?楽しみにしてる」
エメがパッと花が咲くように笑顔になった。
この三年で初めてのまとまった休みになる。僕も自然に頬が緩むのを感じながら、エメを見つめた。
エメは僕の視線を受け止めると、にこっと笑ってゆっくりと目を閉じた。その仕草もだいぶ慣れてきたけど、やっぱりドキドキする。僕はそっとその薄紅色の唇に口付けた。
◇ ・ ◇ ・ ◇
宣言式は、王城の正面の大きなバルコニーから、そこに集まった民衆に向かって行われた。
エメはバルコニーの手すり近くにアレン殿下と共に立った。そして王国議会議長により、ソフィア王女が王位継承を拒否することの宣言と、今後、この国のために国王陛下と皇太子殿下を支えることに力を尽くすことを誓う文章が高らかに読み上げられると、エメは、アレン殿下に向かって深くお辞儀をした。
再び民衆の方へ向き直ったエメとアレン殿下に、民衆からは割んばかりの拍手と歓声が送られた。
僕は、バルコニーの隅に立って、胸を張って民衆の前に立つエメを見守っていた。
森で静かに育ったエメは、こんな民衆の前に立つことはおろか、森の外の人間とも会わないようにしていた。朝の馬車の中での様子を思うと、今だってすごく緊張して心細いだろう。でも、そんなことは微塵も感じさせずに、凛と立つ後ろ姿はとても美しかった。
終わったら、抱きしめてあげたい。甘えたいなら、満足するまでどれだけでも。
大切な儀式なのに、早く終わらないかなぁ…、だなんて、誰かに聞かれたらゲンコツでも落とされそうな不真面目なことを考えていた。
昨日は幕間の王子の回想にお付き合いいただきありがとうございました。また本編、リュウ視点のお話に戻りました。残り数話(3、4話程)の予定で書いています。最後まで見守っていただけましたら嬉しいです。




