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迷いの森、光る石の道しるべ  作者: 千雪はな
最終章 エメとルゥの幸せのかたち
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《幕間》王子の回想(後編)

「王子の回想(前・後編)」は、アレン王子視点のお話です。

肖像の間に着くと、先に部屋に入っていたリュウが床にへたり込み、ディーンが心配そうに横についていた。


「………エメだ…」


「エメ、って?お前が前から好きだって言ってた子か?」


「………ああ」


ディーンの問いかけに、リュウが声を絞り出すようになんとか答えていた。



―――エメ…、そういうことか。


ソフィアは、やはり生きていた。リュウの故郷、フィレイナードに逃れていたということだろう。


リュウが数年前から叶わぬ恋をしているらしいことや、それをディーンにだけは多少打ち明けているようだということは仲間内で知っていた。ただ、本人は言いたくなさそうだし、私が口を出せば(かえ)ってややこしくなるだろうと、敢えて知らぬふりをしていた。


まさかその相手がソフィアだったなんて。



「エメが………、王女殿下……?」


リュウは、ソフィアが王女だとは知らなかったようで、呆然としていた。ソフィアはおそらくひっそりと隠れ住んでいるのだろうから、リュウもその存在を我々にも知られないようにしていたということか…。


知らぬふりなどせず、もう少し話を聞いてみたらよかった。その呼び名だけでも、気づくことができただろうに………



「ソフィア・エメライン・ベルクリード」


「えっ?」


ソフィアのフルネームを呟くと、リュウが驚いた様子で聞き返した。生まれて間もなく亡くなった王女のミドルネームまで知る者は少ない。


「ソフィア・()()ライン、兄上の娘の名だよ」


兄上が家族だけで過ごす時に呼んでいた娘の愛称、それが『エメ』だった。ソフィアが生まれてからの兄上の日記には、『エメ』の文字が溢れていた。


リュウが『エメ』と呼ぶのも、ソフィアを連れ出した従者がその愛称を知っていたのだろう___


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


___コン、コン、コン


扉がノックされ、私は回想から引き戻された。


部屋付きの従者が扉を開けると、ソフィアが侍女と護衛を連れて立っていた。リュウは弾かれるようにテーブルを離れて彼女の元へと向かった。


「エメ、そろそろ帰る?僕はいつでも大丈夫だよ」


「それがね…、お祖父様とお祖母様が王城(こちら)にいらしていて、夕食を一緒にと誘われたの。ルゥは帰るのなら、顔だけ見たいと思ってここに来たのだけど…」


ソフィアが言う祖父母とは、クリスティーナ様の両親、ロチェスター侯爵夫妻だ。亡くなった娘そっくりな孫娘が生きていたと知って、当然のことながら、驚くと共に心から喜んだ。さらにその子が、クリスティーナ様と同じように明るく優しい娘に育っていれば、可愛くて仕方ないのも無理はない。機会があるごとに食事などに誘われているらしい。


リュウは、食事などに時々は同席するが、どうしても夫妻の態度が固くなってしまうらしく、普段は遠慮すると話していたことがあった。祖父母と孫の団欒(だんらん)を大切にしたいと思う気持ちが彼らしいのだが…


今日もせっかく王城で会えたからと侯爵夫妻に誘われたのだろうが、彼女と一緒に帰れるようにと鬼のように仕事を片付けた男は、わかりやすく凹んでいた。


「一緒に帰る約束してたのに、ごめんね…。ルゥも一緒に行く?それとも、先週も食事をしたところだから、お断りしてこようか?」


「いや、それはいけないよ。エメは、お祖父様達と過ごしておいで。僕は城内のどこかで待ってるから…」


「本当?」


リュウの覇気のない言葉に、ソフィアも困っている。そんな彼を見て、仕方がない奴だなと笑ってしまった。


「ソフィア、食事に行っておいで。リュウは私の食事に付き合ってもらうから」


私の言葉に、ソフィアは少しほっとした様子で微笑んだ。


「では、アレン様、よろしくお願いします」


そう言って、ソフィアは軽くお辞儀をした。そして小さな声で「ルゥ、ごめんね」と、もう一度リュウに声を掛けて部屋を後にした。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


「はぁぁ……、頑張ったのになぁ…」


リュウが盛大なため息を吐いて、ソファへ倒れ込んだ。帰り道の屋台で飴菓子を買うと約束してたのになどとぶつぶつ拗ねている。


リュウを見ていると、彼が心からソフィアのことが好きで大切に思っていることが伝わってくる。三年前のあの緊迫した数日間が嘘のような、ほのぼのとした温かい雰囲気の二人のことは、誰もがお似合いだと認めていた。


兄上も、愛する娘の相手として、リュウなら認めてくれるかな、などと思った。家族だけの特別な愛称『エメ』も、リュウなら呼ぶことを許してくれるだろうか。それとも、どんな男が来ようとも気に食わないんだろうか…。そんなことを考えて、私はふっと一人で小さく笑った。



リュウには、ここ最近ずっと私の仕事の補佐をしてもらって、ソフィアとの時間が減ったことは申し訳なく思っている……が、今日はリュウがもっと拗ねるであろうことを言うつもりにしていた。


だが、その話はまたの機会にして、今日は彼の頑張りを(ねぎら)おう。そう思って私は棚から蒸留酒の瓶を取り出すと、二つのグラスに注ぎ、それを手に私もソファへと向かった。


そして、項垂(うなだ)れるリュウの前にグラスを置くと、声を掛けた。


「リュウ、ご苦労だった。よかったら飲んでくれ」


「……殿下、言いたいことがあれば、早めに言ってくださいね。酔ってしまうと、明日、覚えていませんよ」


「えっ……、今日ではなくていいんだが」


「いずれ言われるおつもりなら、今日、仰ってください」


彼にそう言われて、思わず笑ってしまった。


ぼんやりしているようで、リュウは結構察しがいい。私が、彼に何か伝えようと思っていたことをわかっていた。


私は、リュウに向かって姿勢を正した。リュウもソファに座り直し、軽く握った両手を膝の上に置いて私の方をまっすぐに見た。


「リュウ、私の側近になってくれないか」


「………」


リュウは無言のまま私を見つめた後、膝の上に肘をついて手の指を組み、そこに額を乗せて考え込んだ。


リュウが現在所属している近衛兵団第五班――ソフィアの護衛から離れたくないのは、想像に(かた)くない。それでも彼の能力と人柄は、私に必要だ。


先日、ソフィアから王位継承拒否の決意を聞き、改めて私が王位を継ぐ立場に()くための準備が始まっていた。この先、国を治める時に、彼の力を借りたい。そう切に思うが…


「このことはまだ誰にも言っていない。断ってくれてもいい」


彼の表情が見えず、何を考えているのかと少し緊張してきた頃、リュウが顔を上げた。


「それは、いつからですか?」


「……いいのか?」


「はい、この国の安定が、エメの安全と幸せに繋がりますから」


「ははは、ソフィアのためか」


リュウも、それは当然という顔で笑った。


「それで、いつから配置換えに?」


「ソフィアの王位継承拒否の宣言式に合わせて体制を整えようと考えている」


「そうですか。かしこまりました」


「ありがとう。君が支えてくれると思うと心強い」


私が礼を言うと、リュウは「それは光栄です」と力強い目で微笑んだ後、ふっと肩の力を抜き、酒の入ったグラスを手にした。


「殿下、これ、いただきますね。この後、僕が酔っ払って愚痴っても、全部相手してくださいよ」


「ああ、わかった。好きなだけ飲んでくれ」


こうして部屋に運ばれた夕食を食べ、酒を飲み、リュウの他愛もない愚痴を聞きながら、楽しい時間を過ごした。



リュウにもう一杯酒を勧めたが断られた。酔っ払ってはエメを護れないと。


―――さっき、酔っ払う前に話せと私に促したが、最初から酔うつもりはなかったのか?


そう思った時、ノックする音がしてリュウが急いで扉を開けた。期待通り、そこにはソフィアが立っていて、リュウは嬉しそうに彼女を抱きしめた。


そして、彼女への愛しさを表すように頬にキスをした。ソフィアは、その口づけの長さに抗議するようにリュウの背中をバシバシと叩いている。


「ルゥ、酔っ払ってるの?」


「ああ、酔っ払ってる。エメが肩を貸してくれないと歩けないかも」


「えぇ……」


困った顔をしたソフィアに、リュウは普段私達には見せないような悪巧みをするような、子供っぽい顔をして笑っていた。


―――リュウ、そんなに酔ってないだろう…


と思ったが、口には出さなかった。


今日の頑張りを思えば、婚約者に甘えるくらいの褒美をもらってもバチは当たるまい――兄上は天国から文句を言っているかもしれないが。


一通りの式典が終わったら、彼らがまとまった休みが取れるようにもしよう。仲良さそうに帰っていく二人の後ろ姿を見て、私も幸せな気持ちになった。

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