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迷いの森、光る石の道しるべ  作者: 千雪はな
最終章 エメとルゥの幸せのかたち
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婚約披露(前編)- エメはエメのままで

歓声と拍手に迎えられて大広間へと入場すると、招待客らが息を呑み、一瞬会場が静まり返った。


エメのドレス姿が美しいだけではないと思う。


ジュディさんが、いつかこのような時がくるかもしれないと、エメに品のある立ち振る舞いを身に付けさせていた長年の成果だろう。その立ち姿は、この屋敷での母上との短期間のレッスンだけで十分に磨かれ、王女としての品格に満ちていた。



エメは、少し潤んだ瞳で招待客を一人一人確認するように会場を見渡した後、僕を見て嬉しそうに微笑んだ。


僕らは会場を、あらかじめ予定した順に回り始めた。


まずはシュライトン家親族に形式張った挨拶を済ませると、用意された外套を羽織って大広間から庭に出た。


「寒いのに庭への招待でごめんなさい」


エメが申し訳なさそうにそう言うと、庭で待っていた者達の代表者と思われる男性が恐縮した様子で答えた。


「とんでもない!ご招待いただけるだけでも身に余る光栄でございます」


集まっていたのは、コルンの街の人々だ。市場のパン屋や乳製品を扱う店の主人らや、エメがその道中で仲良くなって一緒に畑仕事をして野菜を分けてくれたという女性など。


普段であれば、商人や農家の人らを我が家で開く宴に招待することはまずあり得ない。しかし、エメのここでの生活を思うと、彼らを呼ぶことは当然のことだと母上が招待したのだった。


やはり身分の問題があり、大広間ではなく庭への招待となったが、事前にそれを人々に承諾を得ている。寒い冬の庭への招待になるが…、と伝えたが、それを(いと)う者は誰一人おらず、この地を離れるエメに会えることを喜んでくれたという。


飾り付けされた庭に、屋外用の薪ストーブも数台置いてある。テーブルには料理が並べられて立食形式で楽しんでもらえるように、当家としても用意はしたが、それ以上にエメのためにお洒落をした人々の笑顔が溢れ、冬の庭が温かい雰囲気に包まれていた。


エメが一人ずつに思い出話とお礼を伝えていくと、皆、緊張しながらも嬉しそうにエメに祝福の言葉を送った。


「エメちゃん、幸せにね。たまにはここへ帰ってくるの?」


「もう本当に、今日のエメちゃんは女神様のように綺麗だねぇ」


「女神じゃなくて王女様だよ。あんた達、エメちゃんなんて失礼だよ!」


「あっ、申し訳ございません!王女殿下」


しばらくすると、皆の緊張も少し和らいだようだが、街で会ったエメが王女であることに理解が追いついていないようだった。


不敬だと慌てる人々に、エメは優しく笑った。


「この街ではエメでいさせてください。これまで通り呼んでもらえると、とても嬉しいわ」


その笑顔に、皆揃って見惚れていた。


「エメちゃん、って呼んでいいのかい?」


「ええ、ぜひ」


僕は嬉しそうなエメの横顔を見ながら、今日のような穏やかな日が迎えられて心から安堵していた。


「エメ、部屋の中の皆も、貴女を待っているよ」


もうしばらく話を続けさせてあげたい気もしたけれど、背後(うしろ)からの視線がだいぶ痛くなってきた。エメも、ハッと部屋の方へと視線を向けた。


「皆さん、今日は楽しんでいってくださいね。来てくださって、本当にありがとう」


エメがにこやかに挨拶して、僕らは大広間へと戻った。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


室内へと戻ると、エメはマリーを見つけて一段と嬉しそうにした。間違いなく、エメの一番の友人だ。


「マリーさん!」


「エメちゃん、おめでとう。本当によかった。本当に…」


マリーはエメの手をキュッと握って、涙声でよかったと繰り返した。宴の席でなければ、エメのことを抱きしめていただろう。


「マリーさん、ありがとう。私、マリーさんに会えてたくさん楽しい時間を過ごすことができたわ。本当にありがとう。貴女が王都に来ることがあれば、また会えるかしら?」


「ええ、もちろん。エメちゃんが幸せに暮らしているところを、ぜひ見たいわ。でも…」


「でも?」


「その時は、マリーって呼んでね。貴女が私のことをマリー()()って呼んでたら、誰かに怒られるわよ。私がエメちゃんって呼んでることも」


マリーが大袈裟に怒られることに怯えるような顔をすると、エメも同じような顔をした。


「本当ね、マリー」


「また会えるのを楽しみにしていますね、ソフィア様」


二人は顔を見合わせて笑った。


その様子をマリーの隣から見ていたエドウィンも「息ぴったりだな」と笑った。


マリーと笑い合う自然な表情のエメを見ると、さっきまでは、だいぶ緊張していたんだろうことがわかった。


「エドもこれまでエメのことを気に掛けてくれてありがとう。よかったら、マリーさんと一緒に王都へ移り住んできてくれていいんだぞ。エメが喜ぶから」


「王都かぁ…、考えとくよ」


まあ、マリーは一人っ子だし、エドウィンもそのサドラー家に婿養子に入ったんだから、この地を離れることはないだろうけど。


「まあ、マリーさんと二人で遊びには来てよ。僕らがこちらに来るのはなかなか難しそうだから」


「そうだな、食事(おご)ってもらう約束だしな」


「ははは、約束してたな。よく覚えてたね」


そういえば、ウィンター・キャンドル・セレブレーションの最終日――ここへ来る直前、エドウィンと食事でも行こうと話していたんだった。もう随分と前のことのように感じる。


「今度はお前の相談を聞いてやるよ。婿養子の心得とか?」


「婿養子かぁ……、それはエドに相談しないとな。まさか僕が婿養子になるとは思ってもみなかったなぁ」


「人生何が起こるかわからないもんだな」


エドウィンは、エメと楽しそうに話すマリーを見つめながらしみじみと言った。おそらくマリーとの出会いを思い返しているんだろう。


周りでは銘々に談笑しているが、皆、いつエメが自分のところに来るのかとそわそわしている様子が窺えた。僕も気が合うエドウィンともっと話していたいけど、エメに声を掛けて、他の招待客とも言葉を交わして回った。



王都に行ったら、特に最初のうちは慣れなくて大変なことも、心ない言葉に嫌な思いをすることもあるんだろうと思う。でも、エメがこうしていろんな人に愛されているのを見ていると、時間は掛かるかもしれないが、きっとエメの味方は増えていくだろうと、不思議な安心感を感じた。


そんなことを考えながらエメを見ていたら、エメが僕の視線を感じたのかこちらを振り返った。


「どうしたの、ルゥ?」


「ああ、エメが可愛いと思って見てた」


そう言って額に軽くキスをした。


エメがクリっとした目を更に大きくして抗議している。皆がいるのに、キスしたことが恥ずかしかったのか、可愛いと言ったことに照れたのか。


「……ルゥのばか」


「そういうところも可愛いよ」


「………ばか」


「ごめん」


僕は(こら)えきれずにクスクス笑った。


披露宴がはじまる前の大人っぽいエメはドキドキするほど素敵だったけど、耳や首筋まで赤くなった変わらないエメも一層愛しく思った。

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