うたた寝
母上がエメを呼んだのは、婚約披露のためのドレスを用意するためだった。
婚約については、驚くほどあっさりと決まった。王家からの申し入れを断れるわけもないのだが。
父上、母上とも、アレン殿下の滞在中に直々に話をいただいたことに恐縮していたが、こうなることは予想していたようで、二人ともまったく慌てていなかった。
また、婚約の話と同時に、今回の王女救出の功績を認められて我が家は侯爵の爵位を与えられることになった。王女の婚約相手としての格を考えてのことでもあるのだろう。
王都で執り行われる正式な婚約披露は、今後、王家及び議会にて決められるが、それとは別に、僕とエメがここを離れる前に、エメがこれまでに出会った人達を招いて、我がシュライトン家主催の披露宴を開こうと母上が準備を始めてくれていた。
エメも緊張しながらも楽しみにしているようで、どんな宴になるだろうかとエメと話をしながら一緒に母上の部屋に入ったところで、僕は鋭い視線を感じた。ふと横を見ると、母上が難しい顔をしていた。何か間違ったことでもしたかと思考を巡らすが、思い当たらない。
母上が少し低い落ち着いた声で、僕に言った。
「貴方、今からここでエメさんの採寸をするんですよ。立ち会うおつもりですか?」
「え?………あ!失礼しましたっ!」
僕は慌てて部屋を出て、扉を閉めた。恥ずかしさで心臓がドキドキし、耳まで熱くなっているのを感じた。
廊下で待っていたエドウィンは、声を殺して笑っている。母上の部屋の前でなければ、転げ回って笑ってそうだ。
「エド!わかってたんだろ。なんで止めてくれなかったんだよ!」
僕は扉の向こうには聞こえないように小声でエドウィンに文句を言った。
「くくくっ……、はぁ、苦しい…。さっさと入っていったのはリュウだろ。止める間もなかったよ」
母上の部屋の前に立ちながら、しばらくは何度も静かに息を吐いて動揺した気持ちを鎮めようとした。その度に、扉を挟んだ向こうに立つエドウィンが小さく笑い、僕は彼を睨んだ。
やがて僕の心臓の音も落ち着いてくると、扉の向こうから聞こえる楽しげな声が耳に入ってきた。生地の柄や色、スカートの丈などを選んでいる。エメが迷えば、母上と仕立て屋がアドバイスをしながら決めているようだ。
どんなドレスを着てもきっとエメは可愛らしいだろうけど、出来上がり楽しみになってきた。
「にやけてるぞ」
横からエドウィンが揶揄ってきた。
「知ってる」
僕が照れるだろうと思っていたらしいエドウィンは、僕のあっさり認めた返答に目を丸くして口までぽかんと開けて間抜け面をするものだから、今度は僕が声を殺して笑った。
◇ ・ ◇ ・ ◇
ドレス選びが終わる頃には、日がだいぶ傾いていた。すごく楽しかったと興奮気味に話すエメを部屋に送り届けた後、僕は今日の任務は終了として、一旦自室に戻って着替えをした。
そしてすぐに、夕食を一緒に食べるためにエメの部屋へと戻った。部屋の扉をノックすると、侍女が静かに扉を開けて出てきて小声で言った。
「エメ様、ソファで眠られてしまいました」
部屋着に着替えて、僕を待つうちに眠ってしまったようだ。僕もその侍女につられて小声になった。
「悪いが、厨房に夕食を遅らせるよう伝えてもらえるだろうか」
「はい、かしこまりました」
その侍女は、僕に一礼すると、さっと部屋を離れて廊下を歩いていった。
部屋の灯りを控えめにした薄暗い部屋に入ると、別の侍女がブランケットをエメに掛けているところだった。
「ありがとう」
僕が礼を言うと、彼女も一礼して壁際に下がった。
僕は静かにエメの隣に座った。
体を捻ってソファの背もたれに頭をのせている姿勢が窮屈そうに見えた。僕はクッションを膝に乗せると、エメの頭がそこに乗るようにそっと動かした。
「ん…」
小さな声が漏れたが、起きる様子はなく、僕はホッとため息を吐いた。
エメの顔を隠していた髪を指先でそっと横へと流すと、その愛らしい横顔が見えた。すっと通った鼻筋に滑らかな陶器のような頬、長いまつ毛、形のよい淡い紅色の唇…、静かなエメの寝息を聞きながら、いつまでもその寝顔を見ていられそうだ。
一つ気になるとすれば、その目元に疲れたような影が見えることだ。就寝中の部屋の警護は、護身の訓練を受けた侍女達に任せているが、その者らから、夜はうなされてよく眠れない日が多いことを聞いていた。
元気そうに振る舞っているが、慣れないことも、気を使うことも多くて、相当疲れているだろう。眠れるだけ休ませてあげたいと思った。
できることなら、夜、眠るまで側にいてあげたいと思う。そして、夜中に悪夢にうなされて目が覚めた時に横にいることができれば…、と思うが、婚約前にそのようなことをしたら、エメにいらぬ悪評でも立つようなことにならないかと心配してしまう。
何か他の方法で、エメが少しでも休める方法はないかと、その横顔を見ながら考えることにした。




