四十八話 戦女神の化身
エメイラ猊下のお話はちょっと話があちこちに飛んで分かり難かったが、辛抱強く聞いて要約するとこういう事のようだ。
どうもガルダリン皇国の皇主は一応は歴代皇主の血族から選ばれるのだが、世襲では無いのだという。
つまり初代皇主の血を少しでも持っていれば有資格者になるそうで、ガルダリン皇国は二十二代七百年の歴史を誇るから、有資格者は膨大な人数になるらしい、
もちろんだがこの中の者なら誰でも良いというわけでは無い。選別がある。その選別が「大女神様の思し召し」だ。
ガルダリン皇国の皇都にある大神殿で、大女神アイバーリン像(流石に聖都の大女神像よりは小さいが結構大きいらしい)の前に跪いて祈りを捧げる。すると、皇主になる事が出来る者には大女神像から金色の光が贈られるそうだ。
この光を受けた者はガルダリン皇国皇主に選ばれたと見做され「戦女神ランべルージュの化身」となるのだという。
ここで何故ランべルージュ様が出てくるのかというと、ガルダリン皇国の建国者、つまり初代皇主が、建国時にランべルージュ様をその身に降臨させて戦い、ガルダリン皇国の大元になる国を創り上げたからだという。
・・・・・・それ、完全に金色の力の事よね。つまり、ガルダリン皇国にも金色の力が伝わっていて、帝国と同じく皇主の力として重視されていたことが窺える。
考えてみればガルダリン皇国は古帝国の一部。大女神アイバーリン様の恩寵篤き土地である。元々は古帝国の皇帝の力であった金色の力が伝わっていてもおかしくはない。
このような選ばれ方をするので「戦女神様の化身」とは言われても、女性と決まっている訳では無い。しかしながら、歴代皇主には女性の方が多いらしい。
エメイラ猊下は二年前にたまたま大神殿にお参りに行った際に、大女神像から金色の光を受けたのだそうだ。皇都中が大騒ぎになったらしい。
実は、ガルダリン皇国皇主の座は、この三十年ほど空位だったのだという。金色の光を受ける者が出なかったからだそうだ。つまりエメイラ猊下は三十年ぶりに出た戦女神の化身たる皇主猊下なのである。そうね。帝国でも金色の力の持ち主はすごく減っているものね。ガルダリン皇国でも事情は同じなようだ。
エメイラ猊下はそれまで下町の娘として育っていたそうだ。初代皇主の血を引くと言っても遥か先祖の話で、完全に庶民だったらしい。それが一夜にして皇主に祭り上げられた。それで貴族っぽく無いのか。多少は教育されたんだろうけど、二年ではね。
エメイラ猊下のお話の感じだと、皇主猊下にはほぼ実権は無く、実際の政治は諸侯の合議で動かしているようだ。皇主が三十年いなくても問題無く国が動いていたんだからそうでしょうね。
皇主猊下は象徴として君臨する存在らしく、祭祀や儀式を取り仕切っているそうだ。色々覚えることが多くて毎日毎日勉強勉強なんだという。懐かしいわね。私も養女になったばかりの頃はそうだったわね。そう。この娘、私に境遇が似ているんだわ。
私はほっこりして妹を見るような目で彼女を見てしまったのだが、エメイラ猊下はしかし真剣な目で私を睨んだ。
「そう、余が戦女神の化身であることは大女神様がお認め下さっている。なのに、何故其方が戦女神様を呼び出せたのじゃ!」
何故と言われてもちょっと反応に困る。
それが金色の力なんですよ、と言ってあげても分かるかどうかは分からない。帝国でだって私の力は元々「金色の竜の力」と呼ばれていた。帝国の祖である竜を呼び出す力だと思われていたのだ。
おそらくガルダリン皇国ではやはり皇国の祖である初代皇主のように戦女神様を呼び出すだけの力だと思われているのだろう。詳しいことは知られていないのだと思う。金色の力の詳しい事は、私だって聖都大神殿の古文書でようやく知ったのだ。
エメイラ猊下は悔しそうに仰った。
「余が戦女神の加護を授ける儀式をして送り出した遠征軍が負けた。彼らが言うには『帝国の巫女がその身に戦女神様を降臨させて戦った』と言うではないか! 余の面目は丸潰れじゃ!」
・・・・・・確かにそれは深刻な事態だ。
戦女神の化身である皇主猊下が送り出した軍隊が、戦女神様本人(?)に負けたのだ。どっちが本物か、と言う話になってしまったのだろう。
全身を光り輝かせながら豪勇を振るった戦女神様を実際に見たのは、遠征軍の司令部の者たち。つまりガルダリン皇国の諸侯や貴族ばかりだ。庶民の兵が言うなら戯言で済むが、貴族が見たと主張したら冗談では済まない。司令部も敗戦の責任を他に押し付けたいだろうからね。
おそらく皇都ではエメイラ猊下の皇主としての資質と正統性に疑問の声が上がってしまってるのだろう。皇主としての自覚があるエメイラ猊下にとっては耐え難い屈辱だったに違い無い。
なるほど。事情は分かったわ。エメイラ猊下が慣例に逆らって自ら私に会いにこんな遠くまでやってきた理由も分かった。
しかし困ったわね。残念ながら、私がエメイラ猊下にしてあげられる事が何にも無いのだ。
いや、本来は彼女に金色の力の使い方を教えてあげれば良い。彼女は多分間違い無く何らかの理由により金色の力を発現させた少女だ。彼女がその力を使って我が身に戦女神様を降臨させ文字通り「戦女神様の化身」になってしまえばいい。
そうすれば誰も彼女の皇主としての資質に異論を挟めまい。ガルダリン皇国の皇主になるには戦女神様のお力をお借り出来るかどうかだけが問題のようだから。
しかしながらそんな事は出来ない。ガルダリン皇国は現在進行形で敵国だ。ついこの間戦争をしたばかりではないか。そんな相手に戦力の強化に繋がる金色の力の使い方を教えてあげるなんて、一体どこのお馬鹿さんだ。そんな利敵行為をしたら、私が後々まで苦労する羽目になるだろう。
ここで和親条約を無事に締結出来ても、そんなペラッペラな紙の壁のような条約がどこまであてになるものか。再び戦争状態になった時に、金色の力を自由に使えて、もしかして竜まで呼べるようになってしまったエメイラ様が敵に回ったら大変だ。
そう考えると彼女に金色の力の使い方を教えてあげる事など出来ないのである。
そうすると、私にはもう出来る事など無い。私が戦女神様を呼び出せるのは事実で、まぁ、戦女神様の化身になったのも事実だ。目撃者多数で否定のしようが無い。
あなただってきっと戦女神様を呼び出せるようになりますよ、なんて言ってあげても気休めにもならないだろう。
・・・・・・そう言えばエメイラ様は「戦女神様に会わせて欲しい」と言ったんだったわね。
「エメイラ猊下はランべルージュ様にお会いして何をなさりたいのですか?」
私が言うと、エメイラ様は目を輝かせた。
「会わせてくれるのか?」
「・・・・・・状況次第によっては・・・・・・」
和親条約締結のためだ。降りてきて頂いた戦女神様を満足させられるような戦う相手を用意してくれるなら、私のダメージに目を瞑って呼んであげても良い。
「しかし、戦女神様は気難しいお方ですよ。何をするつもりか分からなければお会いしていただくわけにはまいりません」
エメイラ猊下はグッと顔を上げて自信満々に叫んだ。
「知れたこと! 戦女神様に『なぜ異端である帝国に味方なさるのか!』と詰問するのじゃ!」
はい。却下。そんな事したらランべルージュ様がお怒りになって大変な事になってしまうだろう。
「そんな事をして何になるのです。それに神々は敬うものですよ」
「しかし余は皇主ぞ。戦女神様の化身ぞ! その余を差し置いて、悪き竜の裔である其方が戦女神様の力をお借り出来る筈がない!」
出来るんだから仕方がないでしょう。と言いたいが、もしかして私が「実は呼び出すことなんて出来ない」と言えば済む話なの? これ。私はそう思ったのだが、実際に皇国の貴族に見られているという事実は消しようがないから無理ね。
ただ、エメイラ様の目的は自分にも戦女神様のご加護がある事を証明したいという事らしい。そのために戦女神様に会いたい。お会いすればそもそも皇主として大女神様に導かれた自分だから、きっとご加護を受けられる、と考えているようだ。
うーむ。金色の力と神様の知識がなければそういう考え方になるものなのね。神様は人間の事なんてどうでもいいと思っているからね。ランべルージュ様にお願いをするなら見返りがいるのよ。大暴れする事が出来る舞台だとか。
下手にお呼びすると大変な目に遭わされるし、あまりにいい加減な理由だと力を使ってもご降臨いただけないかも知れない。ご機嫌を損ねられて私の声に二度と応えて頂けなくなったら大問題だ。
やはり私には何もして差し上げられそうに無いわね。私はそう結論した。後はそうね、どうにかエメイラ猊下のお願いはお断りして、和親条約だけは締結に持っていけないかしら。
私がそう皮算用して、笑顔の下で思案をし始めた、その時だった。
「申し上げます!」
会談を行っていた部屋のドアが開いて二人の兵士が飛び込んできた。私とエメイラ猊下の護衛がサッと動いて私とエメイラ猊下を囲む。私の側に立っていたロイド伯爵が兵士を一喝する。
「何事か! 御前であるぞ!」
入ってきたのはイブリア王国軍の者だった。指揮官の一人だ。顔中に汗を掻いて真っ青な顔をしている。
「ガルダリン皇国軍の一部が襲ってきました! お逃げ下さい王妃様!」
なんと! 私は驚き、思わずエメイラ猊下を睨んだ。しかしエメイラ猊下は真っ青な顔をして叫ぶ。
「な・・・・・・・! 一体誰がそんな事を命じたか! エベリクス! 鎮めてまいれ!」
「御意」
エメイラ猊下の命を受け、エベリクスと呼ばれた男が足速に部屋を出て行く。エメイラ猊下は私の方を申し訳なさそうな表情で見ながら言った。
「何かの間違いじゃ。すまぬ事をした」
貴女のような立場の人間が簡単に謝罪をしてはいけませんよ。と思いながら私はただ笑った。
「猊下が言われるならそうなのでしょう。ですが、私は身を守るために一度引き上げさせていただきます。交渉はまた後日」
手違いだとしても、一度脱出した方が良いだろう。和親条約が完全に締結される前だったのは痛いが、この不手際を問題視して、後で有利な条項を条約に付け加える事が出来るかもしれないじゃない。前向きに考えましょう。
そう考えた私はロイド伯爵に目線で合図を送る。もしも襲撃を受けた場合の手順は決まっている。この屋敷には抜け出す秘密の出口があるのだ。そこから脱出して、私だけはブケファラン神で一気に王都まで逃げてしまう予定だ。
「では、皇主猊下、ご機嫌よう」
私はスカートを広げてお別れの挨拶をしよう、としたのだが、その時襲撃を報告してきたイブリア王国軍の指揮官の一人、ベイッシュ子爵という者が叫んだ。
「違います! 王妃様!」
私は驚いた。何が違うのだろう。ベイッシュ子爵は私を見て真剣な顔で言った。
「ガルダリン皇国軍の一部隊はイブリア王国軍だけでなく、ガルダリン皇国軍にも攻撃してきました! これは反乱です!」
「何!」
驚いたのはエメイラ猊下と側近達だ。
「は、反乱だと? どういう事なのじゃ」
エメイラ猊下は色を無くしている。私は首筋のあたりがピリピリする感覚を覚えた。危険を伝える感覚。私も大概危険な状況をくぐり抜けてきているからね。段々とそういう空気が肌で分かり始めてきたのだ。
ガルダリン皇国軍の反乱。反乱が事実だとすれば、その目的は何か。エメイラ猊下への反乱だとすれば、珍しく警戒厳重な皇都から出てきた猊下をこれ幸いと討ち果たす事だろうね。確かに絶好の機会ではある。
エメイラ猊下はさっきの話だと、皇主としての正統性に疑問を持たれているという話だった。お話で受けた印象よりも大きく権威が失墜していた場合、ガルダリン皇国軍が猊下に敗戦の責任を取らせよう考えているのかも知れない。
もしくは、三十年も皇主猊下を戴かずに国を運営していた諸侯にとって、皇主猊下は邪魔だったのではないかという疑いもあるわね、その場合、話はもっと大きくなると思う。一部隊の反乱では済むまい。
いずれにせよ、私はとっとと逃げなければなるまい。ガルダリン皇国の事情など知ったことではない。これからフェルセルム様との最終決戦に臨むに当たって、ガルダリン皇国に蠢動されたくなくて結ぼうとしていた和親条約だ。ガルダリン皇国に内紛が起こっているのならしめたものだ。条約など無くても、皇国は帝国に手出ししている場合では無くなるだろう。
・・・・・・・のだが。
エメイラ猊下は真っ青な顔をして唇を噛み締めていた。何だろう。何かを思わせる表情だ。
ああ、私は思い出した。そうだ。クローヴェル様がお見合いの時、ホーラムル様に怒鳴られてそんなお顔をなさっていた。
自分の無力を噛み締める表情。自分の実力では無く、周囲に貼られたレッテルによって自分を評価して規定している。それによって自分の事が信じられず、無力感に苛まれているのだ。
本当はそんな事は無いのだ。先程から見ている限りにおいては、彼女の側近のほとんどは(そういえばさっき出て行った軍の指揮官だけはよそよそしかったわね)猊下に敬意を払い、尽くしているようだった。エメイラ猊下にそれなりの器量がある証拠だ。
私に会うためにここまで来てくれた行動力。軍の支持を繋ぎ止める重要性を自分で理解しているようだったし、そのために何をしたら良いかまで分かっていた。つまり、頭も良い。この行動力と頭の良さ、そして素直に人に頭を下げられる性格の良さ。これがあれば、順調に成長すれば、立派なガルダリン皇国の皇主として、数年後には皇国に実力で君臨することが出来るだろう。
もしかしたらその事を危惧した諸侯が反乱を起こしたまであるのではないか。有能な君主などそれまで権力を壟断していた諸侯には邪魔でしか無いだろう。
しかし本人は気が付かない。彼女は皇主猊下なのに戦女神様を呼び出せない存在で、その事で周囲から色々言われてしまっているのだろう。その事が悔しい。しかしどうにもならない。挙句に彼女に忠誠を誓うべき軍の反乱だ。戦女神の化身としては軍の反乱は耐え難い屈辱だろう。
本当はそんな事はないのだ。ここを脱出して彼女を支持する者の所へ行き、そこで討伐軍を編成して反乱軍を討伐すれば良いだけだ。それが皇主の力で、彼女が持っている権威と権力だ。今回の事態を幸いとして、反乱を唆した諸侯を討伐してしまえば、今後の政権運営が彼女の思い通りになる可能性すらあるだろう。
発想の転換。違う所からの視点。そういうものを持てば、今回のたかだか軍の一部隊の反乱など大したことではなく、むしろチャンスなのだ。それなのに、エメイラ猊下はこの世の終わりのような顔で俯いている。その姿が自分の才能に気が付かずに劣等感に苛まれていた頃のクローヴェル様を思わせたのだろう。
それを見ていたら、放ってはおけなくなってしまった。私は思わず声を掛けていた。
「いつまでぼんやりしているのですか? 逃げますよ!」
エメイラ猊下は驚いて顔を上げた。
「に、逃げる? しかし私は軍の指揮を・・・・・・・」
「そんなの、部下に任せれば良いのです。逃げて安全を確保してからでも何とでもなります」
多分、さっき出て行ったエベリクスという男も反乱軍とグルだと思うけどね。
「貴女のお役目は何ですか? 貴女は皇主。国の要ではございませんか」
私が言うと、エメイラ猊下の瞳に少し生気が戻られた。うん、やっぱりこの娘、馬鹿じゃない。
「このお屋敷には隠し通路がございます。そこから城外に逃げますよ」
「な、なんで他国の者である其方がそんな事を知っておるのだ」
そんなの内緒に決まっているでしょ。屋敷の見取り図を手に入れたのはクローヴェル様だから詳しくは私も知らないんだけどね。
私はそれ以上言わずに、侍女と護衛の兵士数名だけを連れて踵を返した。ロイド伯爵は逆に正面入り口から部屋を出て行く。兵の者を率いて陽動を掛けてくれる予定なのだ。
私は部屋の隅に行き、壁にしか見えない所を押した。するとポッカリと入り口が開く。エメイラ猊下が唖然とする。
「そ、そんなところに入り口が?」
「メイドや召使いが使う通路でございますよ。珍しいものではございません」
どこのお屋敷にもあるものだ。
「さ、行きますよ」
「め、命令するでない!」
そう言いながらエメイラ猊下と側近の者たちは慌てて付いてきた。私は先頭に護衛の兵士を送り、小走りで通路を進み始めた。
◇◇◇
使用人通路を抜け、更にそこから地下の秘密通路に入る。このクリューガの街は昔は帝国と皇国の間で争奪が激しかった街で、それで領主の館にこのような秘密出口が造られたものらしい。まぁ、王都の私たちの住む王宮にも秘密出口はあるけどね。
地下通路の中を結構な距離を歩いたので結構大変だった。エメイラ様は流石に下町出身だし若いので普通についてくるが、彼女の年嵩の側近などは息を切らしていたわね。
最後の出口は梯子で、護衛の兵士が確認してから順に梯子を登って地表に出た。やれやれ、どうやら逃げられそうだ。
ここからは街の出口まですぐで、城壁を抜ければ数時間で国境だ。街の外にはイブリア王国の部隊が待たせてあるし、彼らに守られながら逃げればすぐ国境に辿り着けるだろう。
私はエメイラ猊下に言った。
「街の者に『自分は皇主である。助けよ』と言いなさい。きっと助けてくれます。この国の者はほとんど貴女の味方ですからね」
きっと皇主猊下の願いに街の人は仰天し、反乱部隊から彼女を守ってくれるだろう。それから皇都へ使者を出して援軍を呼べば良いのだ。
「そうだろうか?」
エメイラ猊下は懐疑的だ。そうね。皇国で皇主がどの程度崇敬されているかは知らないし、年若い女性である彼女が皇主だと信じてもらえるかは分からないかもね。
でも彼女の側近であるその人たちは諸侯だし、何らかの身分証明も持っているでしょうから大丈夫でしょう。脱出はさせてあげたのだから、後は彼らの才覚に任せるしかない。
私はとりあえず護衛の者たちと一緒に街の出口に向かう事にした。のだが、城壁の門はなんだか大騒ぎになっている。おかしい。騒ぎが起きたのは領主の館なのに、結構離れたここまで騒ぎになっているのかしら?
私は護衛の兵士に騒ぎの原因を調べに行かせた。すると戻ってきた兵士は言った。
「城外に軍勢が来ていて、街を囲んでいるとのことです」
あら? 既にイブリア王国から迎えが来たということかしら? と私は呑気な事を考えたのだが、そうではなかった。
「どうもガルダリン皇国軍だそうで、それがどうして街を囲むのか分からないという騒ぎになっております」
・・・・・・・これは参ったね。
どうやら、エメイラ猊下への反乱は、護衛の一部隊の反乱では無かったのだ。その一部隊がエメイラ猊下を討てればよし。更に違う部隊が城壁を囲んで彼女の脱出を防ぐ。逃げ出してきた所を討つ。そういう考えだろう。
こうなると、私も城壁を出るわけにはいかない、何しろ私は敵国である帝国の王妃だ。これ幸いと討たれてしまうだろう。
私が困っていると、城壁の外にいた筈の私の護衛部隊五百名程が私の所にやって来た。城壁の外にいたのだが、ガルダリン皇国軍二千程がやってきたので、慌てて城壁内に退避したのだという。手筈通りなら私がこの辺にいる筈だと探しに来たようだ。
彼らの中には騎兵が少しいる。よしよし。いざとなれば馬を借りてブケファラン神を降ろして私だけ逃げましょう。それだけでなく、護衛がこれだけいてくれると心強い。
指揮官の話では、伝令をイブリア王国に走らせたそうだし、領主の館にいる他の部隊とも連絡を取っているという話だった。少し粘れば私の身は安全になるだろう。外の部隊は二千ほどだという。ならば合計三千の私の護衛部隊の方が多い。逃げるくらいなら何とかなるだろう。
やがてロイド伯爵が軍勢を率いて合流してくれた。
「ご無事でようございました。王妃様」
彼の話によると、反乱を起こした部隊は一千ほど。他の部隊に襲い掛かり、領主の館の中に乱入したそうだ。イブリア王国軍にはほとんど攻撃して来なかったので、速やかに退避したイブリア王国軍には被害は無いという。
私はロイド伯爵と打ち合わせて、城壁の外に撃って出る事にした、そして一気に突破して国境に走る事に決める。この城壁内で戦う羽目になると、乱戦になってしまって何が起こるか分からなくなるだろう。私は馬を借りた。ドレス姿で跨るのは不作法だが仕方ない。宝飾品は外して侍女に預けてある。
そうしていると、エメイラ猊下の側近が声を掛けて来た。
「我々も城壁外に同行させて頂きたい」
城壁外の部隊と合流したいのだと言って来た。どうも城壁外の部隊は味方だと思っているようだ、私の見立てとは違うが、どちらが合っているかは分からない。
彼らが交渉してくれれば、私たちも戦わずに済むかも知れない。私は同行を了承した。
私たちは私とエメイラ猊下を中心にして隊列を組み、城壁の門へと進んだ。街の人間たちは異国の軍勢に驚き、一斉に逃げ出す。大きな通りに出て、私たちは門へと進んだ。
すると、門の前の広場に出たところで、門が閉まり始めた。
「! 閉めさせるな!」
ロイド伯爵の声に応えて兵士が一斉に走り出した。のだが。
その前にガルダリン皇国の兵士が立ち塞がったのだ。イブリア王国軍の兵士は急停止する。すると、同時に周囲の路地からガルダリン皇国軍の兵士がゾロゾロと現れたのだ。しまった。待ち伏せね。
数はそれほど多くはない。こっちよりも少し少ないくらいに見えた。しかし、囲まれているし、城壁の上にも兵士の姿が見える。建物の上から弓を構えている兵士も見える。状況は不利だと言えるだろう。
そして、城壁の外の兵士が違う門から引き入れられてこれに加わる可能性も高いと思う。そうなれば数的にも不利になってしまう。
こんな囲まれた状況だと、私一人でブケファラン神で逃げるのも難しくなってしまった。困ったね。竜を呼ぶか、それ以外の神様を呼んでお助け頂くか。そう考えていると、向こうの軍隊の前に指揮官と思しき騎兵が出てきた。あれは?
「エベリクス!」
エメイラ猊下が叫んだ。ああ、そういえば彼女の護衛隊長だったわね。
「どういう事じゃエベリクス! 囲みを解かせよ! 賓客に対して無礼であろう!」
しかしエベリクスは無表情なまま、こちらに呼び掛けた。
「イブリア王国軍よ。皇主猊下を引き渡せ。そうすればそちらに手出しはせぬ」
引き渡すのは構わないのだが。
「一体、皇主猊下をどうなさるおつもりですか? エベリクス殿」
私は大きな声で問い掛けた。意外な私の大声にエメイラ猊下の目が丸くなる。
「それは帝国の者には関係の無い事だ。引き渡せばそちらの安全は保証する」
「皇主猊下を弑すおつもりで?」
私の言葉にエベリクスは顔色も変えなかったが、エメイラ猊下は衝撃を受けたような顔をした。
「そうなのか? エベリクス!」
エメイラ猊下の言葉にエベリクスは返事をしない、しかし否定をしない事はこの場合は肯定だと言える。
「な、なぜじゃ! 余は皇主ぞ!」
エメイラ猊下が叫ぶと、エベリクスは苦々しそうに呟いた。
「そんな事は誰も認めておらぬ」
エメイラ猊下は立ち尽くす。エベリクスはこちらを睨んで呪うような声で言った。
「貴様のいい加減な儀式のせいで何千もの兵士が死に、多くの諸侯が死んだではないか。私の息子も死んだ、何が戦女神の化身だ! どうして何の力もない小娘に我々が従わねばならぬ!」
まぁ、ね。エメイラ猊下の儀式がどのようなものだったのか、本当に効果が無かったのかどうかは知らない。帝都近郊で戦った時のガルダリン皇国軍は、竜の力を与えた帝国軍と良く渡り合っていたから、もしかしたら効果があったのかも知れないけど。
でも敗戦して多くの兵士や諸侯が死んでしまった以上、送り出した皇主猊下に敗戦の責任がある、という考え方は間違ってはいない。それが国家の責任者という者の負う責任というものだろう。
しかし、まだ十三歳くらいでしか無い上に、皇主になって二年しか経っていない彼女にそんな責を負わせるっているのはどうなのよ。あなただって軍の重鎮っぽいんだから、十分に敗戦の責任がある立場なんじゃないの? 何をエメイラ猊下にばかり責任を押し付けているのよ! 私はだんだん腹が立ってきた。
エメイラ猊下は呆然としている。そして涙を流し始めた。青い目を見開き、ボロボロと涙をこぼす。うめくように言った。
「すまぬ。私にもっと力があれば・・・・・・・。すまぬ・・・・・・・!」
ああ、この娘はおそらく、敗戦の直後から日々悔恨の想いに押しつぶされてきたのだろう。出兵を決めたのは他の諸侯で、彼女は言われるままに儀式をしただけなのにも関わらず、敗戦の責任を一身に負って、ずっと苦しんでいたに違いない。
経験も浅く、何の権限も無い事を言い訳にせず、皇国の象徴である皇主である責任だけを負って逃げもせず。ひたすらに皇主であるに相応しい存在であろうと努力をしている。
・・・・・・・私なんかよりよほど聖女らしいじゃない。戦女神様の化身というのは伊達じゃ無いわね。流石は大女神様が思し召しを下さった方だわ。
私は感動さえ覚えていた。この娘がガルダリン皇国の本当の意味での皇主になれば、皇国は今よりずっと強大になるだろう。それは厄介だなぁと思う反面、同時に美しく気高く国を率いて行く彼女を見てみたいという思いもする。
うふふふ、良いんじゃ無い? ここでガルダリン皇国の皇主に恩を売っておくのも悪い選択じゃ無いんじゃ無い? とりあえず、ここで彼女と仲良くしておけば、内戦の間くらいは皇国の手出しを封じる事が出来るでしょう。決めた!
私は叫んだ。
「エベリクス! 其方は勘違いをしています!」
エベリクスが眉を上げた。
「どういう事か?」
「ここにおわすエメイラ猊下は、間違い無く、戦女神ランべルージュ様の化身です!」
エベリクスが私を睨む。
「そんな筈はない。私は戦場で戦女神様を見た。戦女神様は我が方にはお味方下さらなかった。皇国に戦女神様の加護があるというのは嘘だったのだ!」
その戦女神様を乗り移らせた女はこの私なんだけどね。それは兎も角。
「それは貴方の信心が足りなかったのです。神々は信じぬ者には力をお貸し下さいません」
私はエメイラ猊下を見る。彼女は泣き濡れてぐしゃぐしゃになった顔でこちらを呆然と見ていた。
「エメイラ猊下。貴方の戦女神様への信心に嘘はありませんね? 心からランべルージュ様に祈りを捧げられますね?」
私の言葉に、エメイラ様の瞳にみるみる覇気が戻った。
「当たり前じゃ! 余は戦女神様の化身ぞ! いついかなる時もランべルージュ様は余の側にあり、余を見守っていて下さる! 余は戦女神様の僕である!」
私は頷いた。
「では、戦女神様にお祈りを捧げて下さいませ。巫女であるこの私が、ランべルージュ様にお力添えをお願いいたしましょう」
それを聞いてエメイラ様は躊躇無く跪いた。胸に両手を重ねて当て、頭を下げて一心に祈る。流石に堂に入った祈りの姿勢だ。
「大女神アイバーリンの剣であり盾であり、槍であり矢であり鎧でもある、戦女神ランべルージュ様。どうかこの我が祈りに応えて我に力を! 皇国をお守り下さいませ」
エメイラ猊下が祈ると、彼女の身体がほんのりと光った。やはり彼女にも金色の力があるようだ。しかし、年齢的に成長途上だからか、あるいはそもそも力が弱いのか、女神様に降臨を願うには力が足りないようだ。
やはり助力が必要だ。私は両手を天に向けた。
「大女神アイバーリンの剣であり盾であり、槍であり矢であり鎧である、戦女神ランべルージュよ。その力を我に示したまえ。祈り捧げる者に宿りてその強さと美しさを示したまえ」
私の両手から金色の光が一直線に天に立ち上がり、一瞬置いて、天から光が降ってきてエメイラ猊下を直撃した。
「エメイラ猊下!」
彼女の側近が慌てるが、エメイラ猊下は微動だにしない。祈りの姿勢のままだ。そして光が止むと、エメイラ猊下は静かに立ち上がった。
「「・・・・・・・其方にしては上出来じゃ」」
エメイラ猊下は私を見て、ニヤッと笑った。その目が濃い青から真紅に変わっている。そう、彼女はエメイラ猊下では無いのだ。戦女神ランべルージュ様が彼女の姿を借りて顕現なさったのだ。
私は即座に跪き首を垂れた。
「皆のもの。戦女神ランべルージュ様が御降臨なさいました。控えなさい」
ロイド伯爵以下、兵士たちは驚いたが、全身を光り輝かせるエメイラ猊下を見て、私の言葉に嘘はないと悟ったのだろう。一斉に跪いた。
「「控えおろう! 我はランべルージュ! 大女神アイバーリンの剣であり鎧でもある戦の神ぞ!」」
格好は美しいドレス姿。しかしその迫力は先ほどの少女皇主のものではない。圧倒的な神威に直視出来ない程だ。こ、これほどとは。私は自分の身に宿らせた事しかなかったので、顕現した戦女神様を初めて見たのだ。
ブケファラン神やロヴェルジェ神も凄いのだが、段違いの迫力だ。流石は大女神様の片腕と言われる大神である。
戦女神様はズイズイと進み出ると、我々を囲んでいるガルダリン皇国の兵士たちが後ずさった。エベリクスは呆然としている。
「「控えぬか! 愚か者ども!」」
戦女神様が一喝すると、兵士たちはたまらず武器を放り出して跪いた。エベリクスでさえ馬から飛び降りて同じく頭を下げる。
エメイラ猊下の姿をしたランべルージュ様はエベリクスを轟然と見下ろす。
「「愚か者が! 戦の勝ち負けは運命ぞ! 戦った者の責任であろう! それを人に押し付けるでない! それでも貴様は戦人か!」」
ランべルージュ様が真上から怒鳴りつけると、その圧力に耐えかねたのだろう、それだけでエベリクスは倒れ込んでしまう。意識を失ったようだ。こ、こんな凄い神様とザーカルト様、よく戦ったわね。無論、戦女神様が手加減したんだとは思うけど。
気絶してしまったエベリクスを見てランべルージュ様は鼻を鳴らすと、周囲の兵士達に向けて大音声を放った。
「「我はランべルージュ! 我の力を疑う者はまだあるか!」」
どうやら、エメイラ猊下が行った儀式を疑われたのがお気に召さなかったらしい。ちゃんと儀式に応じたご加護は皇国軍に与えられたのだろう。エメイラ猊下の力の量が足りず効力が弱かったのか、あとは皇都から戦場までは何日も掛かっただろうから、その間に効力が無くなってしまったんだろうね。
全員が頭を下げて震えているのを見て満足したのか、ランべルージュ様は私を見て怒鳴った。
「「おう! 貴様! 兵を貸せ!」」
は? 兵?
「「表の者どもを蹴散らしてくるのよ! 奴らは皇国の兵では無いぞ!」」
え? どういう事?
この時、ランべルージュ様は説明してくれなかったのだが、どうやらこの時やってきたのは皇国の反皇主派と結託したフェルセルム様が送り込んだクーラルガ王国の兵士だったようだ。皇国軍に偽装していたらしい。
フェルセルム様は、エメイラ猊下と私をも亡き者にしようとしてたのだ。最初、私の護衛は一千人の筈だったからね。エベリクスの軍勢と挟み撃ちにするつもりだったのだろう。
あんにゃろめ! 油断も隙もあったもんじゃない。そもそもエベリクスが反乱を企んだのもフェルセルム様が唆したからなんだろうね。
私はこの時はまだそんな詳しい事情は分からなかったのだが、逆らうことなんて出来やしない。頭を下げたまま言った。
「どうぞ、兵士たちも光栄に思う事でしょう」
ランべルージュ様は頷くと、私が借りていた馬にヒラリと飛び乗った。ドレス姿で馬に跨るのははしたなくてエメイラ様が可哀想になるけど、仕方ないわよね。
「「ようし! 門を開けよ!」」
ランべルージュ様の神威に満ちた怒鳴り声に応じて門が開く。私を守る一千人を残して、イブリア王国軍の二千人が隊列を組んでランべルージュ様の後ろに隊列を組んだ。
そして驚いたことに皇国軍の兵士たちも隊列を組んでその後に続いていた。彼らの表情には畏怖と陶酔の色がある。それはそうよね。ランべルージュ様が乗り移ってらっしゃるのは他ならぬ彼らの皇主エメイラ猊下だ。
今や本当に戦女神様の化身となったエメイラ猊下を皇主と認めない者などどこにもいないだろう。見ると、街の人々も集まり、跪いて祈りを捧げている。エメイラ猊下が戦女神を降ろしたという話は瞬く間に皇国中に広まることだろうね。
皇国は彼女の元に団結し強力な国家になることだろう。参ったわね。帝国の皇妃になる身としては強力な隣国の誕生は頭が痛いところではある。
しかし同時に、エメイラ猊下がその資質に相応しい地位に昇る事が嬉しくもある。私が複雑な心境で見守る中、門は開き切り、エメイラ猊下の姿をしたランべルージュ様が叫んだ。
「「者ども! 続け!」」
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