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私をそんな二つ名で呼ばないで下さい!  作者: 宮前葵
イブリア王国の暴走王妃

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四十四話 イリューテシアの覚悟

 私はオロックス王国へ飛んだ。カイマーン陛下とヘライネ王妃様に会うためである。事前に、使者を立てて書簡を送っておいた。一度行った事があるのでブケファラン神はオロックス王国王都まで一直線だ。


 前回と同じように、やや薄暗くなった王宮の中庭に降り立つ。燃え上がるブケファラン神に乗って暗い空から降りてくるのはやはり大きなインパクトがあったらしく、出迎えてくれたカイマーン陛下とヘライネ様のお顔には驚きと畏怖が浮かんでいたが、二度目なのでそれほど大きな衝撃は与えていないだろうね。


 王宮内に招かれ、ドレスをお借りして(これも事前に頼んでおいた)着替える。それからカイマーン陛下とヘライネ様と会談する。本来であれば歓迎の夜会が開かれてもおかしくないくらいだが、私がブケファラン神で飛ぶ時は基本的にお忍び扱いである。歓迎の夜会はどこででも断っている。


「では我が国は、スランテル王国とロンバルラン王国の国境での戦いには参加しないという事でよろしいのですか?」


 カイマーン陛下は少し不満げだ。彼は騎士タイプの国王だけに、内戦の最前線に出られないのが不満なのだろう。


「クローヴェル様のご命令です。カイマーン陛下にはガルダリン皇国への備えをして欲しいとの事です」


「命令ですか」


 カイマーン陛下は少し眉を動かした。


 私はここであえて「命令」という言葉を使った。クローヴェル様が皇帝になった暁には、皇帝の意味合いは、今までの七王国の国王の取りまとめ役、くらいの意味から、明確に国王の上に立つ存在へと変わることになる。


 この内戦が勝利で終わったなら、クローヴェル様の次期皇帝の座は確定だ。そうすればイブリア王国に味方した三王国にはクローヴェル様の政権で需要な地位に就いてもらおうとは思っている。


 だが、それはあくまでクローヴェル様が絶対的な権力者であることを認め、その下で働いてもらう、という意味である。そうではなく、今まで通り、帝国の方針よりも王国の権益を重視するような事は認めない。


 南部同盟の中でイブリア王国の優位を確定させたことで、各国王は私とクローヴェル様の目指す皇帝が今までの帝位とは違う事は分かっている筈である。


 そこで、私はここであえて、カイマーン陛下に「命令」を下すことで、その事を明確にしたのだ。


 カイマーン陛下はジッと私の顔を見つめ、そして頷いた。


「承りましてございます」


 カイマーン陛下はクローヴェル様が上に立つ存在だとちゃんと認めた。うん。これでまずはオロックス王国は大丈夫だろう。ここで気を抜いてしまったので、私はヘライネ様が笑顔なのに目だけ笑わない怖い顔で私を睨んでいた事に気が付かなかった。




 その夜、私はお借りした客間でぐっすりと寝ていた。オロックス王国には単身で来ているので、部屋を守る護衛はオロックス王国の兵士だ。私はカイマーン陛下は信用できると思っていたし、私に危害を加える事は無かろうとすっかり安心してしまっていたのだ。危機感が無さ過ぎると言われれば全くその通りだわね。


 夜半過ぎ、何やら物音がして目が覚めた。何よもう。まだ暗いじゃないの。と思いつつも身体を起こし、ガウンを羽織ったところで、部屋のドアが音を立てて開いた。婦人の部屋がノックも許可も無く開かれるなど大事件だ。


「イリューテシア様! お逃げください!」


 そう叫んだのはドアの前で護衛してくれていた筈の兵士だった。身体のあちこちに手傷を負っているらしいことが暗い中でも見てとれる。その彼を押し退けて、数人の男たちが入り込んできた。


「いたぞ! イリューテシア王妃だ!」


 手には剣、ランプの灯りに照らされた銀色に光るその表面には既に赤い血が付いている。明らかに護衛を斃してここまで到達したという風情だ。吹き付けてくる殺意。引き攣った表情。狙いは明白だった。私を暗殺するつもりだ。


 私は一瞬で諦めた。うん、これはだめだ。


 話は通じまい。威圧で怯むとも思えない。どう見てもこれは私の命が狙いで、捕らえようとか脅かそうとか、そういう感じではない。次の瞬間には剣を翳して私に襲い掛かってきて、私は串刺しにされてしまうだろう。


 どう考えても穏便な方法で事が済むとは思えない。私は諦めた。


 ついに人を自らの手で殺めるしか無さそうだ。


 私はこれまで、自ら人を殺めた事は無かった。軍を指揮して間接的に殺した事はあったにせよ。


 私は田舎のお姫様で、平和に育ってきた。故郷は争いとは縁の無い土地だったし。武芸を身に付けた事もない。剣も弓も一切使えない。そういう技術は基礎を学んだことがあるらしいクローヴェル様にも劣るんじゃないかしら。だからこれまで何度か戦場に出ていても自ら剣を取った事もなければ、人を殺した事もない。


 しかしながらこの状況で、事態を打開する方法は一つしかない。しかし、そんな事をすればおそらくこの襲撃者は死ぬ。私の力によって死ぬ。


 躊躇は出来ない。一瞬の躊躇が勝敗を逆転させ、私の命は奪われるだろう。


 さすがの私も他国の王宮に単身泊まるのだもの。こういう事態があり得ることは少しは予測していた。なので、こういうのっぴきならぬ状況に陥った時の対処方法は考えて、何度もシミュレーションした。


 なので既に身体は動き始めている。問題は最後の瞬間に、人殺しの禁忌に恐れが生じて身体が止まってしまわないかだろう。


 それを防ぐには覚悟が必要だった。人を殺す覚悟。人を殺しても自分が生き残るべき理由。私は何度も自分に言い聞かせてきていた。既に軍を率いて勝利を得ることで、私の手は敵の血で汚れている。今更自分の手を汚す事は、恐れの理由にはならないと。


 そして、私はクローヴェル様を皇帝にして、私が皇妃になるという野望がある。その野望のためには多くの人が死ぬ。分かっていた事だ。


 利己的になれ。徹底的に利己的になれ。自分以外の者を踏み台に出来る覚悟がないのなら、皇帝の地位など望むなかれ。


 私にその覚悟があるのか。あるに決まっているじゃないの! 私は、全てを踏みつけて、蹂躙して、クローヴェル様と共に帝位を極めるのだ。


 私は両手を上に上げる。襲撃者は意外な動作に一瞬動きを止める。しかし、その背後から声が掛かった。


「ハッタリです! ここまで飛んで来たのですから力は使い果たしています! 何も出来ません! 殺しなさい!」


 そのヒステリックな金切り声はヘライネ様ね。なるほど、この襲撃者はヘライネ様の手引きなわけだ。私が力を使い果たしていると見込んでの襲撃なのだろう。


 だけどね。情報が古いわよ。私は帝都防衛戦の時、フェルセルム様が竜に変じたのを知って、その方法を調べたのだ。


 フェルセルム様はあの時、私と同時に金色の竜を呼び出して力を使い果たしていた筈だ。それなのに力を使って竜に変じた。どうやったのだろう。


 私は旧王都に帰省した時に、大神殿から借りている本で色々調べてみた。そしてその方法を見つけたのである。


 しかしそれはちょっと尋常な方法では無かった。確かにこれは最後の手段だし、フェルセルム様がしばらく寝込んだわけだ。


 金色の力は、血の力だ。血統により受け継がれるという意味もあるが、力そのものも身体に流れる血の中に宿っているのだという。通常は、一度使った力は三日間ほど休めば回復する。血流の中の金色の力が回復するわけだ。今日、王都から飛んで来た私は血の中の金色の力が薄まっている状態なのだ。


 しかし、血の中の力は完全に無くなった訳ではない。放出出来る濃度になっていないだけで。


 私は両手を天に伸ばしたまま、右手の爪、社交用に綺麗に伸ばして整えてあるその鋭い爪で、左掌を突き刺し、引き裂いた。痛みに顔をしかめてしまう。だが、目的は達成された。襲撃者が持っているランプで手の平から流れ落ちるルビーの様な色鮮やかな血が妖しく照らされる。


「な、何を」


 襲撃者達の動揺したような声が聞こえる。私は腕を伝って私の顔の方に近付いてくる赤い血を見ながら集中する。失敗は出来ない。失敗すれば襲撃者に殺されるか、力が暴走して死にかねない。


 私は脳裏に、イブリア王国の紋章に描かれた竜の姿を思い浮かべながら叫んだ。


「我が祖でありその源である七つ首の竜よ。我が血を糧としてこの身に宿りたまえ!」


 腕を流れ落ちていた血が、金色に輝いた。同時にカーッと熱くなる。そしてボコボコと沸騰するかのように膨れ上がったかと思うと、一気に膨張して私の身体を飲み込んだ。


「うわー!」


 叫んだのは襲撃者なのか私なのか。手の傷口から身体の中身が吸い出されるような心地がしてゾッとした。流れ出した血だけでは当然足りないので、身体の中の血の力までドンドン使われてしまっているのだ。


 私は必死に集中して力の消費を制限する。この時に出血を恐れ過ぎて力を制限し過ぎると竜は召喚されず、力を出しすぎると血を失い過ぎて死に至る。


 まさに奥の手だ。かつて古帝国で暗殺された皇族が死と引き換えに竜を降臨させ、暗殺者と街一つを巻き込んで滅ぼしたという例があったそうだ。


 私の身体を包んだ金色の力がブワッと広がり、形を成すのが分かった。どうやら成功しそうだ。しかし、ホッとしている場合ではない。急激に意識が薄れてくる。


 う、ま、マズイわね。戦女神を降ろした時もそうだったが、神様をその身に宿らせると意識を失って神様に身体を乗っ取られてしまう。いつものように溜まっていた力を放出して使っている時なら、放出した力を使い果たすだけで済むが、今回は竜にこの身を委ねたら、私の命を使い尽くすまで竜は暴れ続けるだろう。


 意識を手放すわけにはいかない。私は必死に集中する。死ぬわけにはいかない。私は襲撃者を殺し、生き残り、内戦を勝ち抜いてクローヴェル様を皇帝にするのだ。


 身体が浮き上がるような心地がした。いや、これは身体が大きくなったのだ。見ると、身体が金色に光り輝く竜に変じているのが分かった。意外に違和感は無い。しかし、感覚はあるようで無い。


 それよりも意識が途切れそうだ。集中する。集中。目的に、そう目的を明確にせねば。襲撃者を殺す。殺す。殺す。


 戦え。敵を殺せ。打ちのめし焼き尽くし、押し潰し、何もかも無にしてしまえ。殺せ、敵を殺し、何もかもを滅ぼしてしまえ。


 あれ? なんか違う気がするけど、どうなのだろう。良く分からない。とにかく敵を殺さねば。殺す殺す殺したい。滅ぼしたい。


 そら、目の前に敵がいる。いつの間にか私は巨大化して客間の天井を突き破り、屋根を吹き飛ばしていたようだ。客間が野晒しになり、廊下や隣の部屋も丸見えだ。襲撃者は三十名ほど。大きな男ばかりだが、驚きと恐怖に身をすくませている。この程度の人数で我を滅ぼさんとは片腹痛い。中に豪奢なドレス姿の者がいる。あれはヘライネ様ね。無様に腰を抜かしてひっくり返っている。


 私は哄笑した。大きな口を開けて。愚か者どもよ。大いなる神である我の怒りに触れしものよ。恐れるが良い、悔いるが良い。そして恐怖と絶望に塗れて死ぬが良い。


 私は大きな顎を開けた。口の中に心地良い感覚と共に、雷光の塊が膨れ上がる。これを叩きつければ、襲撃者もヘライネ様も黒焦げになるだろう。その死骸を踏み付けて踏み躙り、勝鬨の咆哮を上げるとしよう。そしてその後、この王宮を気が済むまで蹂躙してくれようぞ。


 多くの者が死ぬだろうが構うものか。神の怒りに触れしものに相応しい末路ではないか。殺せ。殺す。さぁ! 殺すぞ!


「お待ちください!」


 雷光を叩きつけようとしていた私の背後から必死の声が掛かる。この声は・・・。


 私が竜身をくねらせて振り向くと、建物の下にカイマーン陛下が跪き、私を見上げて決死の形相で叫んでいた。


「イリューテシア様! お許しください! もう勝負は付いております! 後は私にお任せください!」


 任せる? 笑わせるでない。襲撃者をけしかけたのが其方で無いという保証があるというのか? 


「殺してはなりませぬ! 皇妃になろうというお方が、その手を血で染めてはなりませぬ」


 カイマーン陛下は端正なお顔に汗を浮かべて熱弁する。


「その者達は私が必ず処罰をいたします。妻もです! けして甘い処分はしないと約束いたします! イリューテシア様! どうか!」


 ふざけるな! 敵は殺す! 我が殺す! 私は敵を殺して、そして・・・!


「イリューテシア様! クローヴェル様がお悲しみになりますぞ!」


 クローヴェル様? その名前には私の灼熱化した心を冷やす効果があった。


「イリューテシア様が無抵抗の者達を虐殺したなどという事を、あのクローヴェル様が知ったらどう思われると思いますか!」


 どう思うかって・・・。


 クローヴェル様は心優しい方だ。もちろん必要とあらば戦いを厭う人では無いし、勇敢な方だ。しかし、不必要な人殺しを好むような方では無い。


 私は襲撃者を見下ろす。全員が震えながら跪いている。瓦礫の直撃を受けて怪我をしている者も多いようだ。ヘライネ様に至っては完全に泡を吹いてひっくり返っている。どう見ても戦意のある者はいないだろう。


 こんな状態の者達を黒焦げにして蹂躙したら、カイマーン陛下が言う通り虐殺だろう。もちろん、命を狙われたのだから復讐の権利はあろうかと思うが、それにしても限度というものがある。


 そして、カイマーン陛下の懇願を無視して私がヘライネ様を殺してしまえば、カイマーン陛下は表面上は従順にするかも知れないが内心に釈然としないものが残ってしまうだろう。


 クローヴェル様はなるべく戦うなと仰った。戦後に感情的なしこりを残さないように、なるべく血を流すなと仰られたのだ。それなのに私がここでオロックス王国にイブリア王国への深い恨みを植え付けるわけにはいかない。


 私にとって一番大事な事は、クローヴェル様を皇帝にする事だ。それを私の個人的な恨みで台無しにするわけにはいかない。


 クローヴェル様の柔らかな笑顔を思うと、急激に盛り上がっていた怒りが薄れていった。そうなるとやはりどうやら、私は竜に意識を半ば乗っ取られてしまって、怒りで暴走しつつあった事を自覚する。危ないところだった。


 急激に体がしぼみ始める。同時に身体中に激痛と物凄い倦怠感。ううう、これはひどい。私は人の身に戻ると同時にばったりと倒れ、意識を失った。この状態で襲われたら一溜りも無い。カイマーン陛下を信じるしか無いわね、と思いながら。




 幸い、カイマーン陛下は信義に厚い男だった。意識を失った私を王宮の違う棟の客間に収容して、療養させてくれた。千人単位の護衛を付けてだ。


 もちろん、襲撃者は全員打ち首。ヘライネ様は離宮の一部屋に厳重に幽閉されたそうだ。悲惨な話だが、さすがの私も同情する気にはなれない。何しろ私も身を守るために無理やり竜に変じたせいで、色々ひどい目に遭ったのだ。


 何しろ大量の血を失ったので、目が覚めるまで五日。かろうじて動けるようになるまでに十二日。金色の力を再び使えるようになるまでには一か月も掛かった。これは本当に切り札にすべきだ。今回のように命の危機が喫緊に迫っていない限り使うべきではない。


 ベッドで唸っている内に、スランテル王国とロンバルラン王国の国境では戦闘が既に起こってしまったそうだ。クローヴェル様になるべく戦闘が起こらないようにしてくれと頼まれたのに・・・。


 慌てても仕方がない。私はカイマーン陛下に頼んで戦況の情報を集めてもらった。


 集めるまでもなく、スランテル王国にいるホーラムル様は、私がオロックス王国にいると分かるとオロックス王国の王都に情報を送ってくれていた。帝都からはグレイド様が帝都で流れている情報を集めて送ってくれた。なるほど、帝都にもスランテル王国の前線にも近いここは、情報収集には良いところだわね。


 内戦の緒戦は、南部同盟の敗北に終わったようだ。どうやら、北部連合軍にはフェルセルム様がいて、金色の竜を呼び出したらしい。


 金色の竜を見て、ホーラムル様は戦わずして撤退した。ロンバルラン王国から奪還していた地域を放棄して後退したそうだ。賢明な判断だ。金色の竜の力を得た軍団とまともに戦うのは得策ではない。ましてイブリア王国軍は、私が竜の力を何度か与えていて、その強さはよく知っている。スランテル王国軍は無念の思いを抱いただろうが、既に彼らの信頼を得ているホーラムル様に不満をぶつけるほどでは無かったそうだ。


 当然だがこれは戦略的撤退というもので、ホーラムル様は直後にスランテル王国国王ハナバル様に面会し、放棄した地域は必ず取り戻すと明言したのだそうだ。ハナバル陛下はホーラムル様にスランテル王国軍の全権を与えて、激励した。本来、領土を失陥して一番動揺しておかしくないスランテル王国が、ホーラムル様への全面的な信頼を明らかにしたことは、南部同盟の結束を示す意味で重要な事だった。さすがは伯父様だ。


 北部連合はそれ以上侵攻しようとはしなかったようだ。なるほど。これはあれね。多分ロンバルラン王国のコルマドール陛下が強硬に元占領地域を取り戻すことを主張し、フェルセルム様も却下出来なかったんだわね。


 北部、フェルセルム様もクローヴェル様の言う通り、南部と派手に戦いたくは無いのだ。しかしながら、コルマドール陛下の要求を完全に却下してしまうと、ロンバルラン王国が北部連合から離反してしまうか、暴走しての単独侵攻を起こしてしまいかねない。なので最低限の侵攻にすると約束させて、北部連合としての侵攻に踏み切ったのだろう。


 だがしかし、実際に軍を動かして侵攻してしまった以上、これで南部同盟と北部連合の対決ははっきりしてしまった。南部連合がどう反撃しても文句は言うまいね? フェルセルム様?


 私がいろいろと策謀を巡らせていると、カイマーン陛下がお見舞いに来た。彼は私が目覚めて、ようやく動けるようになってからは毎日見舞いに来てくれる。よくよく気を遣ってくれているのだろう。私があの時に殺されていたら、オロックス王国は南部各国に攻め滅ぼされていた可能性が高い。クローヴェル様は必ずそう命じただろう。実兄であるクセイノン王国のエルミージュ陛下に唆されたのだろうが、ヘライネ様も馬鹿なことをしたものだ。


 カイマーン陛下はヘライネ様は死ぬまで離宮のその部屋から出さない、と仰った。私はその必要は無いと言ったのだが、カイマーン陛下はケジメだとして譲らなかった。まぁ、カイマーン陛下としてはヘライネ様がまた唆されて暴走したらオロックス王国の危機になりかねないと考えてもいるのだろう。


 カイマーン陛下は集まった情報から軍事的観点での助言もくれていて、私は大変に助かった。おかげで反撃の作戦も考えることが出来た。見ていなさいよ! フェルセルム様!


 その日、やってきたカイマーン陛下は、すっかり回復した私に目を細めて祝福の言葉をくれた後、一転、少し厳しい、年長者であることを感じさせる態度で私に言った。


「もう二度と、あんな事をしてはいけません。イリューテシア様」


「? あんな事とは?」


「あのように、人を殺そうとする事です。貴女は人を直接殺してはいけません」


 む、私は不満を表情に出してしまう。


「あそこで襲撃者を殺さねば、私が死んでいました。私が死んでも良いというのですか?」


「そうではありません。そもそも、貴女ほどの大事な身で、単身で他の王国の王都にやってくるのが問題なのです。貴女は自分の安全に無頓着過ぎです」


 確かにそれはその通りだろう。でも、こうやって単身で飛び回るからこそ出来る事もあるのだから仕方が無いのだ。


「単身で飛び回るなら、身を守ることにもっと神経質になった方が良い。今回は私にも油断があったが、もっと護衛を増やさせるとか、脱出し易い部屋を選ぶとか」


 確かに護衛も部屋もお任せで、起こされるまでグーすか眠りこけていたのは警戒心が無さ過ぎと言われても仕方が無いだろうね。


「金色の力を使うにせよ、逃げる方法にも使えた筈です。貴女は帝都で大勢の兵士の傷を癒した『紫色の聖女』ではありませんか。その力で直接人を殺してしまったら、その二つ名に傷がつきます」


 そんな大仰な二つ名を認めた覚えもないから傷が付いても気にはしないけどね。


「帝都、いや、帝国の各地では、大女神さまに護られ、様々な神々の加護を受けし聖女が皇妃になるだろうと噂され期待されています。諸侯貴族だけでなく、庶民の間にもです。その期待こそが貴女を高みに導くでしょう。自分で台無しにしてはいけません」


 そんな事になっているとは知らなかった。しかし、帝国の人々の支持は大事だ。ならば虚名であろうと大事にしなければならないということだろう。


「そして私も期待しているのですよ。イリューテシア様」


 カイマーン陛下は笑った。社交用ではなく、少し照れたようなはっきりとした笑顔だった。


「私やエルミージュの奴が皇帝になっても、今までの皇帝とほとんど同じ事しか出来なかったでしょう。フェルセルム様も同様です。あの方も革新的な方だと思いますが、貴女やクローヴェル様には敵いません。私は貴女が帝国をどのように変えるか見てみたい。それが、義理の兄たるエルミージュと袂を分かってまで、貴女とクローヴェル様に従う理由です」


 ぐっと来た。私はこれまで、ここまで直截的に私とクローヴェル様が皇帝になることへの期待を表明された事は無かった。これはカイマーン陛下だけのお言葉ではないと感じる。彼の背後にさっき言った帝国の多くの人々の姿が見える。同じように私とクローヴェル様に期待している事をひしひしと感じる。


 皇帝になる。そう。皇帝になっても終わりではない。王や諸侯、貴族、そして数多の帝国の臣民の期待を背負い、叶え続ける。それが皇帝の責務であり、義務なんだと思う。まして私とクローヴェル様が目指すのは古帝国の皇帝と同じく絶対的な皇帝の座だ。古帝国では皇帝は大女神様の横に並ぶ存在として、神にも等しいと崇められたのだそうだ。


 その神にも等しい皇帝の座を目指すのだ。聖女である事を期待されるくらいでおたおたしていてはいけないのだろう。裏では聖女とは縁遠い暴走王妃であっても、帝国臣民に見せる姿はあくまで聖女でなければならない。カイマーン陛下が言いたいのはそういうことだろうね。


「ご忠告。ありがたく承りました。もう二度と、私は直接人を殺めるような事は致しません」


「イリューテシア様の敵は私たちが撃ち破ります。何なりとお命じください」


 カイマーン陛下は私の前に跪き、自分の剣を私に捧げた。私は謹んでその剣を受け取る。


「貴方の忠誠には必ず報いましょう」


 それから私はカイマーン陛下に反攻作戦について相談した。オロックス王国にはガルダリン皇国への対応のために軍を整えつつも動かずにいてもらうが、その国内は軍の移動のために使用したい。オロックス王国はロンバルラン王国と大きく国境を接しているし、クセイノン王国とも一部国境を接している。北部との戦いでオロックス王国内を自由に移動出来れば、南部の行動はかなり自由度が高くなる。逆に北部の行動は制限される事になるだろう。


「ということは、イリューテシア様の狙いはクセイノン王国ですか?」


 私は頷いた。


「そうです。エルミージュ陛下も自国が脅かされれば、ロンバルラン王国に出兵している場合では無くなりますでしょう。ロンバルラン王国に対処するのはその後で構いません」


 それに今回の私への襲撃を企んだのは、直接にはヘライネ様だが、間接的に唆したのはエルミージュ陛下だろう。その復讐の意味もある。


「命まで狙われたんですもの。反撃一つしないでは沽券に関わりますわ。聖女でも怒るのだというところは示しておかなければ。それくらいは良いですわよね?」


 カイマーン陛下は苦笑した。


「もちろんでございましょう。神の怒りは恐ろしいものです。ましてや聖女においてをや。オロックス王国内の通行と軍事施設、補給物資はご自由にお使いください」


 私はとりあえずホーラムル様と合流することに決めた。オロックス王国の王宮の中庭にブケファラン神を呼び出して跨る。見送りに来てくれているカイマーン陛下を見下ろしつつ言う。


「帝都とガルダリン皇国との国境で変事があった場合の対応は、カイマーン陛下にお任せします。こちらの許可無く動き、最善の対応をしてください」


「承りました」


「それから、ヘライネ様の幽閉は解除してください。これは命令です」


 カイマーン陛下は目を見開かれた。


「それはまた、何故?」


「私は聖女なのでしょう? 聖女の慈悲ですよ。それと、貴方がくれた忠告のお礼です。貴方が忠告してくれたおかげで、私は覚悟が定まりました。そのお礼ですわ」


 私が歯を見せてニッと笑うと、カイマーン陛下は苦笑した。そして覇気のあるお顔でやはり歯を見せて笑った。


「ありがとうございます。イリューテシア様。我が皇妃様」


「では、頼みましたよ」


 私はブケファラン神を促して空に舞い上がった。


 さぁ、いよいよだ。この内戦を勝ち抜いて私たちは皇帝になるのだ。私の気合を示すかのようにブケファラン神はいつもより速いスピードで飛び、光の軌跡を描きながら一気に東へと向かったのだった。



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