四十三話 皇帝への道
まぁ、ロヴェルジェ神は暴れ過ぎたからか意外に早く力を使い果たして程なく天に帰られ、ドルチェは犬に戻ったんだけどね。
結局、私は森の民と同盟を結ぶ事にした。森の民に迷惑を掛けてしまったという事もあるし、力を使ってしまって逃げられなくなったという事情もあるが、それよりも気になる事があったからだ。
「ヴェーセルグ、貴方、帝国の何処かの王家に関わりがある方ではございませんか?」
ヴェーセルグは驚いた。
「なぜそれを⁉︎」
私が召喚して降臨して頂いたロヴェルジェ神を、いくら依代が愛犬だったからと言って言うことを聞かせるなんて、普通は無理なのだ。
ヴェーセルグがあまり楽しからぬ様子で話してくれたところによれば、ヴェーセルグの祖父母は帝国の、おそらくクセイノン王国の王子と王女だったらしい。……は?
「王子と王女?」
「兄妹だったそうだな」
「……祖父母の話ですよね?」
「そうだ」
禁断の恋、という奴だ。帝国の王家では近親婚が多いとはいえ、そこまでの近親婚はさすがに許されていない。だから祖国を捨てて森の民の土地に逃げて来たのだろうという。
で、彼らは森の民の土地で数人の子を作り、孫がヴェーセルグなのだそうだ。ちなみにその王子と王女は幸せな一生を送り、もうお亡くなりになっているらしい。
ならばやはり間違いは無さそうだ。私はヴェーセルグに神様の召喚のやり方を教え、ロヴェルジェ神をお呼びした時に唱えた祝詞を教えてみた。
「大いなる森の神ロヴェルジェ神よ、来たりて我にそのお力を示したまえ。森を駆け、敵を屠り、大女神をお守りするそのお姿を、我が犬を依代にして我に示したまえ!」
するとどうだろう。ヴェーセルグの両手から光が放たれ、天から戻って来た光が彼の愛犬に吸い込まれると、黒い炎が湧き上がり、巨大な狼神が姿を現したのだ。
先ほど散々暴れたロヴェルジェの姿に森の民は恐慌をきたしたが、ロヴェルジェ神は今度は最初からヴェーセルグに従順だった。それを見て森の民は感動に涙を流しながら跪き、叫んだ。
「我々の王! ロヴェルジェ神に守られし王ヴェーセルグよ!」
やはり、ヴェーセルグは金色の力の持ち主なのだ。でなければ神に自分の言葉が届く筈が無い。
私はこの事を、金色の力が帝国の七王家に伝わる力である事も含めて、ちょっとおっかなびっくりヴェーセルグに教えた。これを聞いて「ならば私にも皇帝になる権利があるのだな」とでも言い出したら面倒だなと思ったのだ。
しかしヴェーセルグは如何にも迷惑そうな、嫌そうな顔をした。意外な反応に私が目を瞬かせていると、ヴェーセルグは言った。
「それでお婆さまや母はうるさく『王家の誇りを忘れるな』と言っていたのか。迷惑な事だ」
どうやら、ヴェーセルグの家は、いつか帝国へ王家として帰還する事を夢見ていたらしく、そのためにヴェーセルグに帝国語の読み書きなどの教育を施していたらしい。
「だが、俺は既に誇り高き森の民だ。帝国の王家などに興味はない」
ヴェーセルグは自らの力で、この地に新たな王国を築きつつあるところだ。今更帝国の王家の血を持ち出されても困るのだろう。力の持ち主であることが知られ、素性がバレてクセイノン王国から帰還を求められても面倒なことになる。
彼は私に他言無用を求めて来たので、私も同意した。私だってこれ以上帝国の事情が複雑化する要素など増やしたくなどない。
私とヴェーセルグは同盟の内容を取りまとめた。イブリア王国が援軍を出せない事情は変わらなかったが、ヴェーセルグは「ロヴェルジェ神の呼び出し方を聞いたからそれで良い」と言った。戦いの場でロヴェルジェ神を上手く使えば東の蛮族には勝てるだろうとの事。確かに人殺しを何とも思ってい無さそうな怖い神様だったからね。
ただ、私は金色の力には三日くらい明けないと使えないという使用制限がある事と、ロヴェルジェ神があんまり暴れすぎると力の消費が早くなるだろうという事を説明して、力の乱用は戒めた。私が言うのもなんだけど頼り過ぎるとしっぺ返しが来るだろうからね。
そして森の民の方としては、後はこれまで通りの交易と、飢饉の時の食糧援助があれば良いとの事だった。ヴェーセルグはイブリア王国とトーマの関係を見ていて、あれなら過剰な干渉をする事は無さそうだと思っていて、それでフェルセルム様よりイブリア王国を同盟の相手に選んだようだ。当然、自分のルーツであるクセイノン王国と繋がりが深いクーラルガ王国を避けたというのもあるのだろう。
私は基本的には森の民には何も求めないと言った。イブリア王国の扱いとしては、トーマに対するのと同じ扱いという事になる。森の民の各部族から人質を出してもらい、それをイブリア王国軍に弓兵として編入すると言うと、ヴェーセルグは難色を示した。私はこれは相互理解にも繋がる事だし、森の民にも利がある事だと説得した。
ヴェーセルグは頑なな男ではなく、すぐに森の民にも利が大きい事だと理解したので、結局は森の民の若者をイブリア王国に留学させる事に同意した。実際、イブリア王国に留学してきた若者たちは、森の民の土地に向いた作物を学んで、帰国後に農業を普及させる事になる。
後は軍隊が森の民の土地を通過することを認めてくれれば良く、出来れば北部連合軍が通過しようとしたら連絡してくれるよう頼んだ。
後はトーマの民には森の民への略奪はしないように要請しておく事も約束した。この頃にはトーマの民はイブリア王国の冬季援助に依存を深めており、おそらく言う事を聞いてくれるだろう。
こうして、イブリア王国と森の民の王ヴェーセルグの間に同盟が締結されたのであった。
この同盟はこの時点ではあまり実効性のないものであり、私もヴェーセルグもあんまりお互いに期待をしてはいなかった。
しかし、これが意外な事に後々大きな意味を持ってくる事になる。
私は力を貯める意味もあって、森の民の土地に滞在した。何しろやらかしてしまった後なので、森の民に恨まれているのではないかと心配したのだが、それは杞憂だった。
何しろ私はロヴェルジェ神を呼び出している(言うことは聞いてくれなかったけど)。なのでここでも私は「ロヴェルジェ神の巫女」という扱いになり、崇められるようになってしまった。彼らに言わせれば、彼らの神が乱暴で横暴なのは普通のことなのだそうだ。そうなんだ。
おかげで彼らと色々交流出来た。どうやらヴェーセルグは最多で二十四氏族に分かれていた森の民をほぼ統一しているとの事だった、圧倒的なカリスマ性と指導力があり、それにロヴェルジェ神のご加護があれば、森の民の絶対的な王になれるだろうとのこと。
森の民は狩猟と採集、少しの農業で暮らしていると聞いていたが、意外に交易も重視していて、遥か東の大国からのキャラバンから通行料をとるだけでなく、森の民の所有する港から船に乗せてガルダリン皇国やバーデレン帝国とも交易しているのだそうだ。その方が帝国に中間利益を取られないで済むので、交易商人が喜ぶらしい。
なるほど、クセイノン王国のエルミージュ陛下、皇帝陛下が東征して森の民の港を手に入れようとしていた理由が分かったわね。だが、現状では交易が森の民の関わる北ルートから、トーマの草原を抜ける南ルートになってしまっている。
おそらくだが、南ルートの交易商人は、スランテル王国から帝国に入り、オロックス王国を抜けて帝都に入っているものと思われる。いずれも南部同盟の領域だ。ということはこれまで交易で儲けていたクセイノン王国やクーラルガ王国は打撃を受けている事だろう。
これは困ったね。私はそこまで考えていなかった。北部連合は交易が盛んな国が多い。その交易を南部に取られているとしたら、北部が激しく南部を敵視する理由も分かろうというものだ。というかスランテル王国が交易で儲け始めているなんて知らなかった。ハナバル陛下が教えてくれなかったから。叔父様、なかなかのタヌキっぷりじゃないの。ホーラムル様に調べて貰わなくっちゃ。
森の民は交易が無いと困るという話だったので、私はトーマの土地を通過してきたキャラバンが森の民の土地を通って彼らの港に達するルートを造ってはどうか、と提案した。そうすればトーマの民にも森の民にも利益が生じる。この提案はなかなか上手く行かなかったのだが、随分後に形を変えて実を結ぶ事になる。
私はその村の森の民とも仲良くなり、結局は半月ほど滞在して楽しんだ。馬で他の村にも行き、色んな獣のお肉やキノコや果物をご馳走になった。
森の民の生活を満喫する私にヴェーセルグは心底呆れた、という様子だったわね。
「帝国の王族とは、他の民族など蔑視しているものでは無いのか?」
どうやら、彼の一族がそうだったらしい。森の民の温情で受け入れられたにも関わらず、内心では森の民を見下して、本心から交わろうとはしなかったのだそうだ。
「もしかして、あなたの父母も近親婚ですか?」
「兄妹だ」
ひー。兄妹婚が二代続いたのか。血統を重視すれば当然の帰結だが、ヴェーセルグに金色の力が発現したのはそのためだろう。
幸いなことにヴェーセルグはそういう一族に嫌気が差して飛び出して、仲間を集めて色々やっている内に、色んな氏族から長に推されるようになったのだそうだ。当然、妻は違う氏族から迎えている。
実家の一族は彼が飛び出した後、近隣の氏族同士の争いに巻き込まれて全滅したそうなので、これ以上金色の力の持ち主は出ないと思われる。
ヴェーセルグに案内されて森の民の現状を視察した後、私は帰国する事にした。すっかり仲良くなった村の人々からは色々お土産をもらった。
中でも一番のお土産は子犬だった。
これはヴェーセルグからドルチェの子を貰った。自分で育てて愛犬にすれば、自分でもロヴェルジェ神に言うことを聞かせられるかもしれない、という下心から頼んで譲ってもらったのだ。子犬は大人しく、袋に入れて、もらった背嚢にお土産と一緒に入れて背中に背負った。
私がブケファラン神を呼ぶと村の人々もヴェーセルグも驚いた。
「それがトーマの神か? 俺にも呼べるのか?」
「止めた方が良いです。何しろ裸馬に乗るのですから、相当高い乗馬の技術が必要になりますよ」
ヴェーセルグは馬には乗れるようだったが、森の民らしくそれほど上手ではなかった。私の言葉にうむむむ、と唸ってしまう。
まぁ、練習次第だろうけど、この人がブケファラン神に乗って飛び回るような事になれば面倒な事になりかねないから、詳しい召喚の仕方は教えまい。
「では、ヴェーセルグ、いずれまた。東の蛮族の事は任せますよ」
「勝手なことを言ってくれるな」
だが、ヴェーセルグは覇気のある表情でニヤッと笑って見せた。この男なら大丈夫だろう。クローヴェル様が皇帝になられた暁には、森の民の王として、金色の力を持つ彼を帝国の「八番目の竜」にするのもありかもね。
私もニヤッと笑ってブケファラン神を飛び立たせ、村の上をぐるっと一周すると、一気にイブリア王国の旧王都へと向かったのだった。
旧王都まではギリギリで一回で飛べた。流石に遠い。半日強掛かった。馬で行ったらやはり七日以上掛かるだろう。
離宮に帰り着くと元気いっぱいのレイニウスとアーレクが出迎えてくれた。真っ黒に日焼けして、すっかり山の子供になっているようだ。まぁ、クレアンヌがいるからちゃんと教育もしてくれているだろう。
「良い子にしていましたか、レイニウス?」
「はい! かあさま!」
元気一杯だ。でも困ったわね。私の用事が終わったのだから、レイニウスも王都に帰らなければならない。こんな楽しそうなレイニウスに休暇の終わりを告げるのはちょっと可哀想ね・・・・・・。
そう思いながら離宮に入り、背嚢を下ろす。そうそう。忘れてた。
「貴方達にお土産があるのよ」
私が背嚢から取り出す森の民の品。干したキノコとか、木彫りの動物とか、毛皮とか、猛獣の牙で作ったペンダントとか。それらを見てレイニウスとアーレクは目を輝かせていた。でもね。ふふふふ、私はあえて最後に大きな袋を取り出し、中身をつまみ出した。それを見てレイニウスが目をまん丸にして叫んだ。
「子犬だ!」
白い毛の、子犬と言ってもレイニウスより少し小さいだけの大きさだ。床に立たされて、少し怯えたように鼻を鳴らしている。
「か、かあさま! これ、わたしの犬ですか?」
レイニウスは目をキラキラさせて言った。う、いや、私の犬のつもりだったんだけど。でも、こんな目が輝いてしまったレイニウスを見てしまえば、とても違うとは言えまい。そうだ。
「そうよ。ですから、この子犬を連れて王都に帰りましょうね?」
「はい!」
レイニウスは元気に返事をした。これなら帰りたくないとぐずる事は無さそうだ。その様子を見てクレアンヌが安堵の息を吐いている。やはり既に帰りたくないと随分騒いでいたのだろう。
子犬はメスでミーシカと名付けられた。これは私の実家の馬の名前で、レイニウスが殊の外その馬を気に入っていたのである。実家周りには犬を飼っている家はたくさんあったので、私とレイニウスは子犬の育て方を教わった。レイニウスは見たこともないくらい真剣に聞いていたわね。
そして私たちは王都へ帰還した。レイニウスはミーシカと離れたがらなかったので、私も含めて馬車で帰ることになった。
道中もミーシカを抱きかかえたレイニウスはご機嫌で、ミーシカにレイニウスをとられたアーレクが機嫌を損ねる程だった。もっとも、ミーシカはアーレクにも懐いて、しばらくすると駆け回って一緒に遊んでいたけどね。
王都に戻り、まずは娘のフェレスティナに会いに行く。フェレスティナはちょっと体調を崩すことが多い娘で、心配なのだ。幸い、私の不在の間は少し熱を出したくらいだったようだ。
それからクローヴェル様に帰国のご挨拶と報告をした。森の民との同盟の事を話さなければならないので、アルハイン公爵とエングウェイ様も同席した。
森の民と同盟を結んだ話をしたら、エングウェイ様は頭を抱えていらっしゃったわね。
「旧王都に休暇に行ったのではなかったのですか?」
「そんな事を言いましたっけ?」
「クローヴェルが言っていました」
エングウェイ様が恨めしそうにクローヴェル様を睨む。クローヴェル様はしれっとした顔で嘯いた。
「敵を騙すにはまず味方からですよ」
「こんな事で味方を欺いてどうしようというのだ」
「どこに間諜が潜んでいるか分かりませんしね。あと、イリューテシアが休暇に行ったと分かれば北部連合が動くと思ったのです」
この辺がクローヴェル様の真骨頂よね。クローヴェル様は一見正直だし、穏やかだし、人を騙すような方には見えない。しかし、実は涼しい顔で策謀を巡らせる事が出来る人だ。エングウェイ様は子供の頃のクローヴェル様のイメージが強いせいで、いまいちその辺がまだ掴めていないのだろう。
今回の私の「休暇」中も、各地と連絡を取り合って色々と暗躍していたに違いない。おそらく、北部のフェルセルム様と水面下で暗闘を繰り広げているのだろう。
私が森の民との同盟の詳細を説明すると、アルハイン公爵はうーん、と唸った。
「クセイノン王国の、駆け落ちした王子と王女には覚えがございます。当時は帝都では随分話題になりました」
その子孫が小国群を統一したヴェーセルグだなんて事が知れれば、帝国中が大騒ぎになるだろうね。私はアルハイン公爵とエングウェイ様には厳重に他言無用を申し付けておいた。
同盟は秘密協定に近いので、他国がこれに気がつくまでには時間が掛かるだろう。領域の通過許可を使って北部を奇襲出来れば、いざ本格的に内戦となった時に有利になるだろうね。
私がそう言うと、クローヴェル様はうんうんと頷いていた。
「タイミング的にはちょうど良かったですね。さすがはリューです」
? どういう事でしょう?
「いよいよ、北部連合は南部同盟との内戦を決意したようです」
私は驚いたが、アルハイン公爵もエングウェイ様も驚いていた、
「どういう事なのだ? クローヴェル」
エングウェイ様が身を乗り出してクローヴェル様に尋ねた。クローヴェル様は普段と変わり無くふんわりと笑いながら、内容は結構物騒な事を言った。
「クーラルガ王国とクセイノン王国の軍勢がロンバルラン王国に移動し、準備が進んでいるようですね。クセイノン王国のエルミージュ陛下や、フェルセルム様からは『侵攻の意図は無い』と言い訳する書簡が届いていますけどね」
実はクローヴェル様は、一人で出られた竜首会議以降、マメに北部連合の王国の王族と連絡を取り合っているのだ。
私の暴走に心を痛めているので相談に乗ってほしい、などと書いているのを私は知っている。おかげで私は北部の王族の間では、国王の意図を無視して暴走する「暴走王妃」という二つ名で語られているらしい。
私の暴走は事実だが、実際にはその暴走すらクローヴェル様の手の平の上だ。私が暴走して作った筈の南部連合は、クローヴェル様の手によってあっという間に有機的に結び付いた同盟になり、急速に相互依存、イブリア王国の盟主化が進行している。
今なら帝都での戦い前に危惧していたような、有事の対応で北部連合に遅れを取るような事は無いだろう。
この北部の動きも親しくなった複数の王族や諸侯から得ているのだ。その情報収集能力に関しては、動き回っている筈の私より遥かに優れている。そして大女神信者のネットワークを発展させて、帝国中に情報網を張り巡らせてもいるらしい。
こういう活動はそもそもフェルセルム様の得意技で、散々私が悩まされていた分野だったのだが、今やクローヴェル様の方が上回るのではないだろうか。
「既にホーラムル兄には準備を促す書簡を送っているし、ザーカルト陛下やオロックス陛下にも兵を準備させています。スランテル王国はもうホーラムル兄の一存で兵を動員出来るそうですから、後はイブリア王国も兵を動員しなければなりませんね」
なんとも手早い事だ。エングウェイ様もアルハイン公爵も驚きを隠せないでいる。私は嬉しくなった。かつて家族にその病弱さ軟弱さで軽視され、ご本人も劣等感を抱いていた、あのクローヴェル様が、その有能さで父と兄を驚かせたのだ。
さすがは私の婿様だ。最愛の旦那様だ。私の目に狂いはなかったわ。やはりクローヴェル様こそが皇帝になるに相応しい。
私たちはイブリア王国軍の動員計画を立てた。元々準備はしてあった事もあり、王都防衛の部隊以外に一万の軍勢が用意出来る見込みだ。
イブリア王国軍はエングウェイ様が率いて、王都防衛にはアルハイン公爵が当たる。エングウェイ様が軍を率いるのは意外だが、彼も実は武芸にも優れ、将軍としても実績があるらしい。ホーラムル様が軍を任される前の話だが。
軍勢を送るだけで、指揮はホーラムル様に任せれば良いのでは? と私は思ったのだが、アルハイン公爵曰く、今回のような大軍同士の戦いでは戦場が一箇所になる事はまず無いので、指揮官の人数も必要なのだという。そういえば、帝都近郊の戦いでも、ホーラムル様、グレイド様、フェルセルム様、私と四人も前線指揮官がいたものね。
当然私も前線に駆けつけるつもりだったのだが、アルハイン公爵とクローヴェル様の双方に止められた。
「落ち着いてください。王妃様。この戦いは一度の会戦で決着が付くようなものではございません」
「そうですよ。リューは南部同盟の切り札です。貴方の出番はまだ先です」
むー。そんな事を言われても、じっとしていると落ち着かないのよね。
「じっとしている必要はありませんよ。飛び回ってもらいます。戦いは戦場でだけ起こるとは限りません」
クローヴェル様はにっこり笑った。
「北部連合はこちらの同盟の切り崩しに掛かっているようです。一番危ういのはオロックス王国でしょうね。カイマーン陛下はクセイノン王国のエルミージュ陛下と繋がりが深いですから」
確かにその通りではある。ただ、あの義に厚い感じのカイマーン陛下が裏切るとは考え難いけど。
「陛下はともかく、王妃様はエルミージュ陛下の実の妹ですし、性格も流され易い性格だと感じます」
それはその通りだわね。ヘライネ様は私が脅かしたおかげで同盟に同意したのだけれど、元々自分が皇妃になる事を望んでいたのだ。そこへフェルセルム様なりエルミージュ陛下の揺さぶりがあれば、コロンと転がっても不思議はない。
王妃であるヘライネ様がその気になれば、軍の一部くらいは動かせるだろう。息子を担ぎ上げるクーデターでも起こされると大変な事になるだろう。
「分かりました。私はオロックス王国に飛んで、カイマーン陛下とヘライネ様に釘を刺してきます」
「頼みましたよ。それと、カイマーン陛下には内戦に本格参戦はしないで良いので、帝都防衛とガルダリン皇国からの侵攻への対応に注力するように伝えてください」
私は驚いた。
「オロックス王国に参戦させないのですか?」
「リュー。ガルダリン皇国は帝国の内紛の情報をかなり掴んでいます。先の帝都での戦いもそうですが、今回の内戦にも必ず乗じようとしてくるでしょう」
なるほど。帝国が内戦に夢中になっている隙にガルダリン皇国が攻めて来たら大変な事になってしまうものね。
「トーマの者には使いを送り、援軍を要請しておきました。それと、神殿領からは大神殿の神殿長であるアウスヴェール様より『イリューテシア様を支持する』とのお墨付きをもらっています。陣頭に大女神様の神旗を掲げる許可も得ました」
「神殿長に? それに何の意味があるのですか?」
「神殿の権威は馬鹿にしたものではありませんよ。大女神様の信徒は北部連合にもいるのです。大女神様の神旗を掲げる南部同盟軍は、大女神様のご意思の代行者と見做されます。北部の兵は動揺するでしょうね」
クローヴェル様は私が故郷や森の民の土地で遊んでいる間に、着々と内戦に向けて動いていたようだ。私がその事を驚嘆と共に褒め称えると、クローヴェル様は苦笑した。
「いざ、内戦が始まっても私は前線に出られません。始まってしまったら、貴女や兄達に任せるしかないのです。事前の準備くらいやらないとね」
戦争は始めるまでの準備で勝敗の八割が決まると言われている。その準備をクローヴェル様が完璧にやってくれているのだ。これで負けたら実際に戦う私やホーラムル様達の責任だろう。よし! 頑張るわよ! 私は気合を入れる。
しかし、クローヴェル様はその私の気合を削ぐような事を仰った。
「リュー。出来れば戦わないで下さい」
私はずっこけそうになった。
「どういう意味ですか?」
「帝国の王国同士が派手に戦っても一つも良い事はありません。国力が疲弊して、諸外国を喜ばせるだけです」
それは、皇帝陛下にも念入りに言われたわね。確かにその通りだが、実際に今にも戦端が開かれようとしているのに、今更戦わないなんて事は無理じゃないかしら。戦争は相手もいる事なのだし。
「フェルセルム様も馬鹿じゃありません。あの方も皇帝を目指しているなら、南部を弱らせても後で自分が苦労するだけと分かっています。必ず戦争はしても戦闘はなるべく回避する方向で動くでしょう。それに乗れば、ある程度は戦闘が回避出来るはずです」
むーん。あのフェルセルム様の考えに乗るのですか? 何を企んでいるのか知れたものでは無いと思いますけれど。
「出来るだけ戦わず、最小限の戦闘で勝利を掴むようにしてください。大丈夫です。貴女なら出来ますよ。リュー」
殺し文句きたわね。クローヴェル様にそう言われては仕方がありませんね。頑張ってみましょうか。
私が頷くと、クローヴェル様は微笑んだ。……そのお顔を見て、私は何故か気圧されるような心地がした。
いつものお優しい微笑みや、社交の時の如才ない微笑みと一味違う、凄みのある笑みだったのだ。息を呑む私に、クローヴェル様は怖い微笑みのまま仰った。
「リュー。もうすぐです。私達の夢が叶うまで。必ずこれで決着を付けて、私達が皇帝になりましょう」
私の胸の鼓動が高まった。そうだ。もう少しなのだ。あの日、星降る夜空の下で「皇帝になる」とクローヴェル様が仰ってから、もう十年になろうとしている。あの時の衝撃、感動、熱い思いを、私は思い出す。
クローヴェル様を皇帝に、そして私は皇妃に。
帝国を今よりも強く良い国に。
その目標に向けて、この十年間一生懸命頑張って来たのだ。いよいよなのだ! 私の気分もググググっと盛り上がる。我知らず、私もニッと歯を見せて笑う。恐らくクローヴェル様と同じように怖い笑い方になっているだろう。私は立ち上がり、クローヴェル様の前に歩み寄り、手を伸ばす。クローヴェル様も立ち上がって手を伸ばす。
「「必ず、私達が皇帝に!」」
私達はお互いに手を握り合ったのだった。





