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学校で幼女の面倒を見る係に任命されました  作者: aaa
第二章 保育部の活動
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18


「理事長、いますか?西条です」


 理事長の扉を叩きながら、声をかける。


「どうぞ」


 中からは、いつもより余裕のない理事長の声が聞こえてきた。


「失礼します……って、酷い顔ですね」

「女の子にそんなこと言っちゃだめよ」

「女の子って歳でもないでしょう」

「そうね……」


 自分で振ってきたネタだというのに、それをおざなりにしてくる理事長。

 その顔は、明らかに日々の疲労を語っていた。


「そういえば今日呼び出されてたじゃない……どうかしたの?」

「まあその件で来たんですけど……疲れてるんですか?」

「……私のことはいいから。由香ちゃんのことでしょう?」


 そういう理事長は、どこか寂しそうな表情をしていた。

 不意に、僕の中でその表情と由香ちゃんが別れ際にする表情が重なる。

 気のせいだったのかもしれないが、僕にはその表情を見逃すことはできなかった。


「……何があったのか、僕でよければ聞きますよ」

「生意気ね」

「でも、否定はしないんですよね?疲れてるってこと」

「……そうね」


 沈黙が流れる。

 しばらくすると、理事長は甘えるようにぽつりぽつりと弱音を吐き始めた。


「大人になるって、つらいのよ」

「はい」

「誰にも甘えられないの」

「旦那さんは?」

「……逃げられたわ」

「そうだったんですか……」


 何の気もなしに聞いたことが、藪蛇だった。

 さらに空気が重くなる。

 僕にはカウンセリングの才能がないのかもしれない。


「元々ね、私は仕事人間だったの。それでもたまに時間を作って二人で過ごしていたんだけど……由香ちゃんが生まれてからはそんな時間も無くなったわ」

「それは、仕方がないことなんじゃないですか?」

「私もそう思ってた。でもね、あの人はそうじゃなかったのよ」

「……」


 なんて酷い旦那なんだ。などと軽く言うことはできなかった。

 何も知らない僕には、理事長に声をかけることすら憚られたのだ。


「最初の頃は何も思ってなかった。いえ、思う暇もなかったのよ。私も忙しくて、由香ちゃんもまだまだ赤ちゃんだったから。でもね、由香ちゃんが嬉しそうに西条くんの話をしていると思うのよ。やっぱり、父親って必要なのかなって」

「僕は……父親代わりってことですか?」


 その言葉は、喉を滑るように出ていった。

 そこに怒りはなかったし、喜びも悲しみもなかった。

 自分でも、どんな感情を抱いているのかがわからなかったのだ。


「……違うつもりだった。最初は由香ちゃんから助けられたって話を聞いて、どんな人か気になっただけだったわ。それで西条くんに話を聞いて、素直でいい子だなって思ったから、由香ちゃんの遊び相手になってくれればなって思っていたの。由香ちゃんも信頼してるみたいだったから」

「それが、保育部ってわけですか」


 淡々とした声が出る。

 やはりそこには何もなく、僕は自分が人形になったような感覚になっていた。

 まるで自分のことなのに他人事のように感じられたのだ。

 そして、理事長はその時、下を向いて自分を抑え込むような表情をしていた。


 ───由香ちゃんが甘えたがる時と、同じ表情を。


「ええ。あの時から、西条くんをそういう目で見ていたのかもしれないわ。……最低でしょう?」


 僕は、やっぱり自分の気持ちがわからなかった。

 理事長がしたことが悪いことなのかどうかも、わからない。

 どこかにふざけるなと思っている自分もいるし、別に構わないと思っている自分もいる。

 理事長を糾弾したい自分もいれば、抱擁したい自分もいる。

 だから僕は───


「最低だと思います」


 理事長の肩がビクンと跳ねた。


「……だから、今度からはきちんと甘えてください」


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