アルベルト・リグノーア
アルベルト視点
昨日は召喚の義が夜通し行われた。
魔力のない俺はただ父や兄達が必死に魔法を使う様子を眺めているだけだ。
何も出ないやり切れなさを感じながら、冷たい石壁に背中を預けその様子を見守る。
「今回も駄目だったか。どうしたら良いものか……」
気丈な父上が珍しく弱音を呟く。
俺はその言葉に何も返すことのできない惨めさと不甲斐なさと、色んな感情がぐちゃぐちゃになったまま自室へと戻った。
凄い顔をしていたのだろう、俺の顔を見た執事がとにかく早く寝ろと言うので大人しくベットに入るといつの間にか眠っていた。
目が覚めたのは今までにない魔力を感じたからだった。
王子という立場上、命を狙われる、毒を盛られるといったことに慣れていたがまさか少女が天井から降ってくるとは予想外だった。
すぐに捕えようとしたが、彼女はこの国の状況下では使うことのできない水魔法を使用した。
水の精霊がいなければ水の魔法は使えないはずなのだ。
「殺さないで」
涙が滲む瞳で訴えた後、少女は意識を手放す。
崩れ落ちる体に手を伸ばし抱きかかえ、とりあえず自分のベットに寝かせることにした。
彼女の魔力が混濁している。
魔力の安定していない状態での水魔法の使用は命取りだ。
精霊が女性の長い髪が好きだと言われているこの国で、肩かかるほどしかない髪型は騎士以外では初めて見たかもしれない。
それにこの見慣れぬ服装ににあの様子、俺を狙ったわけではないとすると……
“うふふ”
確信に迫ろうという時に、幼い少女のような精霊が再度姿を現した。
嬉しそうに光を生み出しながら俺の周囲を舞い始める。
「君は彼女の精霊なのか?」
“そうだよ。 マリとずっと一緒だったの”
「この娘の名か」
“マリ・コツカ。本当の名はマリーナ・ティレニーと言うんだけどー?”
精霊が私の様子を探るように覗き込むが、何のことだかさっぱりな俺は無言で彼女を見つめる。
“ふふふ、まぁいいけどね”
面白そうに口元を手で隠しながらクスクス笑っている。彼女が動く度にキラキラと粉が舞って美しいと思った。
「まさか、昨夜の召喚が成功したとでも言うのか?」
時間差で儀式の効果が出たのだろうか。
彼女の魔力の強さは感じるが16.7の普通の少女にしか見えない。
“そうだ、……召喚は成功した”
その精霊からは想像のできない重々しい声で答えが返ってきた。
彼女の大振りな瞳がスッと細められ魔力が格段に上がっていくのを感じ、俺は間合いをとりながら短剣に手を伸ばした。
「お前は何者だ、なぜ召喚の儀を知っている?」
“あの術はヴェルナードを救う者を呼び寄せる、時は来た”
「どう言う……‼︎ まさか貴方は」
“ほぅ、我が何者か分かったか若き王子よ”
精霊が面白そうにクククと喉を鳴らして笑う。
「貴方は今どこにいるのですか?」
“その娘がいずれ我の元へ辿り着くだろう”
その言葉を最後に、精霊はゆっくりと姿を消してしまった。
彼女もしばらくすると目を覚まし、やりとりをしながらマリという名の少女と精霊を手放さずにいる方法を考えている最中だった。
彼女の魔力が更に上がり、父上の元に連れていくことに決まってしまった。
温厚な父上だ、マリの命と引き換えに召喚の儀式を行うことはないだろうと思っていたが、俺の考えが甘かった。
「精霊王でないのなら、呼び出す贄になってもらいましょう」
その言葉を耳にした瞬間、冷たい震えが背筋を駆け抜けた。
ラルフがあの場面で進言したことにも驚いたが、まさか父上がそれを承諾し、即座に実行に移すとは思わなかった。言葉を失った俺は、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
運ばれる祭壇を見つめる間に、俺の脳内で一つの答えがとっさに浮かぶ。それは、ただ一つの方法――マリを婚約者にすること。
驚いたのは俺だけではない。王の後ろに控えていた兄、レオナルドも表情を変えた。普段から冷徹で、どんな状況でも動じない兄が、その場で目を見開いて動揺を隠せていない。
「父上、それは……」
彼の顔には、深い不信と驚きが浮かんでいる。今まで見たことのない兄の表情に、俺はさらに心の中で焦りが募った。
「ニエって、もしかして私、死ぬの? ウソでしょ……」
マリが顔面蒼白になりながら、俺の腕の中で震えている。恐怖に満ちた彼女の目を見つめると、俺の胸が痛む。婚約者になってしまえば、少なくとも命を奪われることはない――それだけが思い浮かぶ。だが、そんな考えがまともでないことはわかっている。
「マリ、安心してほしい。君を守る」
震える声で彼女を励ますが、俺の声は届いていないようだ。祭壇が目の前に運ばれ、時間がどんどん迫ってくる。
祭壇の準備が整い、祭壇の前に立つと、俺の心に決意が固まった。マリの命が奪われる前に、彼女を必ず守らなければならない。
「マリ……どうか俺を信じてほしい」
必ず守り抜く――その覚悟を胸に、俺は祭壇に向かって一歩を踏み出した。
婚約の義が終わると父上が、ちょうど俺しか気付かない角度で含んだ笑みを一瞬見せる。
そして同時に理解する、これは仕組まれていたと。
反論する間もなくマリから離れなければならず、不安はあったがラルフに彼女を任せ会場を後にした。
―――――
重くて静かな空気が広がる王室の部屋。石の壁が冷たく響き、豪華に装飾された室内の空気はどこか重苦しく、一歩一歩が異常に大きく感じられた。
壁には歴代の王の名前が刻まれており、その名がひとつひとつ、深い歴史を物語っている。長い年月をかけて刻まれた文字は、まるで時を超えて語りかけてくるようだ。
「あの娘が心配か?」
ソファにゆっくりと座った父上が、からかうような声で問いかけてきた。アルベルトはその問いに少しだけ目を伏せたが、すぐに顔を上げ、冷静を装って答えた。
「ラルフに任せていれば、問題ないかと」
ラルフは俺の護衛騎士で腕が立つだけでなく、博識で信頼のおける唯一の側近である。
「だが、あやつは真っ先に生け贄を進言したぞ」
その言葉にアルベルトは一瞬、言葉を詰まらせた。父上が意図的にその言葉を選んだのが分かる。
「彼なりの国の未来を考えてのことでしょう。少々、過剰な手段だったかもしれませんが、後で厳しく注意しておきます」
父上はしばらく黙っていたが、やがて頷き、アルベルトに向かって言った。
「それが良い。だが、あやつの判断は素早く、的確だった。そしてアルベルト、お前の決断もな」
ラルフの判断は、この国の未来を考えると最善の選択だったのかもしれない。しかし、それも成功するかどうか分からない危険な道であるのは確かだ。
だからこそ、俺は別の方法でマリの力を、可能性を信じたかった。
「そう甘くはないぞ、アルベルト」
その言葉には、圧倒的な力が宿っていた。父上の目は、全てを見透かすかのように鋭く光る。その目を見据えながら、少しずつ意を決して口を開く。
「……分かっています。国の未来を背負う覚悟、責任。それがどれほど重いか、痛いほど分かっています」
分かっている。父の姿を近くで見てきた自分は、責任がどれだけ重いものかを痛感している。だが、心の中で誓った。自分がこの国の王子としてできることをしっかりとやり遂げると。マリに口付けた瞬間から、その覚悟は決まっていた。
「ならば、結果を出せ。あの娘をどう使い、この国に役立てるか。それが今のお前に求められている」
父上の厳しい言葉が心に深く突き刺さる。だが、その言葉の裏に込められた期待もまた、確かに感じられた。
そして隣に座っている兄、レオナルドがゆっくり頷きながら静かに口を開く。
「父上の言う通りだ。今はマリの力をどう使うかに集中すべきだな」
さらに、宰相がその言葉に加わる。
「確かに、今は状況が急を要します。アルベルト殿がどのように進めるかで、国の未来が決まるのは確かです」
宰相の言葉に、国を動かす者として、その重さを痛感しつつも、今こそ自分がしっかりと立ち向かうべき時だと感じる。
彼はラルフの父親である。息子に関して思うところもあっただろうが、そこには触れずに宰相としての立場でこの場に立っている。
父上の強い視線を感じ見れば、しばらくの沈黙の後にゆっくりと口を開いた。
「良いか、アルベルト、お前にはまだ若い。若さは武器だ。それを無駄にしてはならない。あの娘も、ただの道具ではない。だが、お前が国を守るために力を使える者なら、利用する価値がある」
「その言葉、しかと胸に刻みました」
「お前の覚悟を見せろ。どんな結果を迎えようとも、我々はその結果を受け入れる。」
「はい」
その後、父上、兄さん、宰相に現在分かっている情報を伝え、これからの方針を決める会議が開かれた。計画を練りながらも、頭の中ではマリをどう守るかという思いが絶えず渦巻いている。
会議が終わってからも、すぐに彼女に会うことはできなかった。目まぐるしく時間が過ぎ、ようやく会えたのは三日後の朝だった。
久しぶりに顔を合わせたマリは、以前よりも堂々としており、少し冷静さが増したように感じた。彼女の瞳の奥に宿る強さや、ラルフから学んだであろう知識が今までの彼女とは異なる印象を与えている。
ラルフが予想以上にしっかり支えてくれていたことが、目の前のマリの姿に表れている。ただ、彼女の優しさや覚悟が伝わってくる瞬間、それが胸を締め付けるような苦しさを生んだ。
だが、今さら躊躇するわけにはいかない。覚悟は決めたのだ。もう後戻りはできない。国を守るため、そして何よりマリを守るために進むしかない。
俺は彼女の手を取ると、心の中で強く誓いながら言った。
「マリ、私の婚約者になってほしい。君を守りたい」
その言葉に赤面した彼女の可愛らしい表情を見て、少し胸が痛んだが、この一歩は踏み出さなければならない。
そっと手の甲に口付けをする。
決してマリを逃がさない、そして守るための覚悟を示すための、強い誓いを。
甘く、優しく俺は彼女に触れる。
[南の庭園]




