雪だるまと人魚1
体が浮く感覚の後、すぐに体の重みと地面の冷さが尾びれに伝わりここがもう水の中ではないことが分かった。
真っ白だった視界が晴れると、薄暗い無機質な部屋にいるガラス玉の中のリアンと目が合う。
ここはあの地下室だ。
“……矛を見つけたのか”
リアンは表情を変えることなくポツリと呟いた。
「はい、水乙女の湖の底にありました」
“あそこには私の魔力を長年流している、矛も心地良かったのだろう”
リアンは人魚になった私の姿に驚く素振りもなく、静かに私が握る矛を見つめる。
凄まじい魔力を放っていた矛は大人しく私の手中に収まっているが、槍の3叉に分かれる根本にある青い石には不思議な光が宿っていた。
リアンの視線を感じ彼の瞳を見ていると、先程の思いがジワジワと蘇り私は這いつくばりながらもガラス玉に近付きそっと手を触れる。
「リアン……」
うっとりとリアンを見つめた私に彼は怪訝な表情を見せる。
そのおかげで少し冷静さが戻ってきた。
「えぇっと、確かリアン・ラ・ベル・メール!」
“!?”
私の言葉にリアンの顔つきがすぐさま変わる。
「貴方を愛しいと思う、私と同じ髪色の女性は誰ですか?」
“何故それをっ!?”
急に色が宿った瞳を大きく開き、リアンは入っていたガラス玉を音もなく割り私に詰め寄る。
“どうしてその名を、その女を知っている”
「矛が見せてくれました」
“……あぁ、そうか。 矛がフィオレの血を感じて反応したのか”
リアン様の表情ががほんの少しだけ和らぐ。
フィオレ・ティレニーはこちらの世界にいた時の母さんの名。
私の記憶の中に母さんが人魚だった思い出はなく、髪色も以前の私と同じありふれた黒髪だった。
もしかして、元々は母さんの髪は水色だった?
じゃあ水色の髪の人魚はまさか……。
「マリ、私も話をしても良いだろうか?」
気付けば私の隣にいたアルベルト様が、少し緊張した面持ちでリアンを見つめている。
リアンは答える代わりに、アルベルト様に視線を向けた。
“ヴェルナードの王子と会うのは二度目だな”
「水の精霊王であるリアン様が何故こんな所に捕らわれているのですか? 貴方ほどの力があればすぐにでも出られるはずでは」
“王子よ、我々は人が思っているほど万能ではない。 ましてや、強力な封印石を使われては私とて容易いものではないのだ”
「封印石?」
“今もヴェルナードの海に沈んでいる。 我の源である海の力を奪っていった”
「まさか、まさかあの日にですか……?」
アルベルト様の表情が強張る。
“海が濁り、波が国を襲った。 それを防ぐべくお前の母親は己を犠牲にしてあの国を守った”
幼い頃アルベルト様と2人で海にいた時、急に海中の様子が変わったことを思い出す。
もしかして、あの時に封印石が投げ入れられた?
皆に囲まれて倒れていたのはアルベルト様のお母様だったのではないだろうか。
現王妃がいる手前、全王妃の話は中々聞こえてこないが魔力の強い穏やかな方だったと1度だけラルフが教えてくれた。
精霊に愛されるアルベルト様を産んだ方なのだ、想像以上の魔力を持っていたのかもしれない。
“さて、矛の力で思わず出てしまったがどうしたものか。 気付かれるのも時間の問題だな”
リアンの言葉に我に返ると、粉々に砕かれたガラス玉を見つめる彼の姿が目に入った。
しばらくすると、ゆっくり私に向き直ったので自然と彼に矛を差し出す。
“久しぶりだな”
久々に合った友人に語りかけるような親しみを持った口調で、彼は指先で矛に触れながら全体を確認する。
その仕草と、矛を手にして力が完全に戻ったリアンの姿が神々しく目が離せない。
彼が軽く矛を私たちに向かって左右に振ると、私とサラ様の尾びれをスッポリと包むような水球が現れる。
少し乾きを覚えていたので助かった。
心地よい水温と魔力を持つ水球は、床から浮いて好きなところに動き回ることができた。
「ふふふ、不思議な感覚だわ!」
サラ様は無邪気に跳ねながら部屋を行ったり来たりしている。
その様子を見ていると、少し胸がホッとした。
自分が思っていたよりも張りつめていたようだ。
そう言えば、私はいつまで人魚のままなのだろうか。
記憶では海に入ると自然と人魚になり、陸に上がれば尾びれを足に変えることができていた。
試しに尾びれに魔力を注いだが特に変化はない。
“そんな不安定な魔力では戻らない”
私を見ていたらしいリアン様がしれっと呟く。
確かに、まだまだ戻った魔力を自分の中で馴染ませられず行き場がない魔力を抑えるだけで精一杯だったりする。
アルベルト様は大丈夫なのだろうか?
彼もサラ様を見ており、その表情は優しくとても穏やかだった。
私の魔力まで少し預かってくれているのにも拘わらず余裕すら感じられる。
「どうかしたか?」
私の視線に気付いたアルベルト様がそっと私の頬に手を添える。
ドキリッ
心臓が大きく跳ねると同時に、アルベルト様とキスをしてしまったことを思い出して恥ずかしさで胸が苦しくなる。
この状況で、この動揺は非常にまずい。
「マリ?」
何とか堪え慌てて下を向くと、追うようにして私の顔を覗くアルベルト様。
心臓の音が最高長になるのと、身体から魔力が放出されるのはほぼ同時だった。
ドスンッ!!
地下室にまで伝わる音と振動。
これは盛大にやってしまった。
私とアルベルト様の目がすぐに合う。
「まさか、マリ?」
アルベルト様の表情がひきつっている。
「アルベルト様のせいですよ……」
耐えられなかった自分のせいなのだが、こんな今にも崩れ落ちそな魔力を抑えるのは初めてのことで泣きそうになる。
私は被害が出ていないことを心から祈った。
“これは丁度良いのではないか?”
気が動転している私とは対照的に、リアン様はとても冷静で先程と同じように矛をゆっくりと左右に振る。
すると矛に飾られた青の石が目映い光を放つと共に、私の身体は軽くなり一瞬にして地下室から外へと移動していた。
目が慣れてくると、ここが城門近くだと言うことが分かりアルベルト様とサラ様も目をシパシパさせながら周囲を見渡している。
「これはヴェルナード以上だな」
太陽が出ているのにも拘わらず降り続けるぼたん雪。
気温が高いため地面に触れるとスッと消えてなくなっていく。
とても不思議な光景に見とれていると、あの騒音の原因だろう物を見つけた。
「あれは、雪の塊?」
城門の脇に2階建てくらいの高さのある白い塊がどっしりと構えている。
近寄り恐る恐る触れてみると、ヒヤッとした感覚と馴染みある強い魔力があり私の作った物なのは明らかだ。
水の精霊が1人2人と次々に集ると、雪の塊を囲むようにクルクルと踊り始めたのは一体何なのだろう。
"ふふ、マリの出した雪の塊に魔力がたっぷり入っているから水の精霊達が大喜びだね~"
今まで何処に行っていたのか、当たり前のように私の肩に座りフォンテが楽しそうに精霊たちの様子を見ている。
「フォンテ~!」
"遅くなってごめんね。 アル王子の魔力を馴染ませていたら疲れちゃって、回復するのに時間がかかっちゃった"
「大丈夫か? 先程は本当に助かった、ありがとう」
アルベルト様がフォンテに近寄り、そっと背中を撫でている。
"ほっといたらアル王子、あそかこに半日寝てることになっちゃいますもん"
そう言ってフォンテはアルベルト様に向かってウィンクをした。
“さてっと、リアン様これ使えそうですね。 私がやりますか?”
“お前はまだ魔力が戻っていない、ここは我と我を名で呼ぶ無礼な人魚とやろう”
リアンが怪訝な顔をしながら私に視線を向け、私は水の精霊王様を呼び捨てしていたことを自覚した。
それと同時に、彼の考えていることが私の頭にガツンと入ってくる。
さすが精霊王。
これは良い考えかもしれない。




