リアンの矛
「マリーナ・ティレニー」
アルベルト様に名を呼ばれると、一気に過去に戻った気分になる。
無邪気に笑い、遊んだ楽しかった日々。
時間が経つにつれて、記憶が戻ってくる。
魔力の強い私の両親はヴェルナード王国で魔法師として働いていた。
両親達が王族の護衛が多かったことがきっかけで、私はアルベルト様と出会いよく遊ぶようになる。
そしてある日を境に記憶を失い、私は別の世界で平凡に生きてきた。
皆と同じように学校に通い、就職をして、少しだけ恋もした。
あっちの世界では海と1度も関わることのない生活で、両親があえて避けていたのではないかと今では思う。
ふとヴェルナードに召喚される前に母さんが言っていたことが頭をよぎる。
『あなたの本当の名は、マリーナ』
きっとその後はティレニーと言いたかったのだろう。
「マリーナ?」
私の顔を覗くアルベルト様に驚き、我に返ると彼はいつもの少し余裕のある微笑みを見せる。
半月も経っていないのに、その顔を見るのは随分と久しく感じた。
「そんなに見つめられると、またキスしたくなる」
「ななっ!」
私の反応にアルベルト様がクスクスと笑う。
冗談だと分かってもさっき触れたばかりの唇は熱いが、体は異様な程に軽かった。
大量の魔力をアルベルト様は預かってくれたらしい。
彼の見慣れないはずの金色に輝く髪に既視感があり、また過去の記憶へ気持ちがそれてしまいそうになる。
「ところで、フォンテから聞いたのだがユミルがマリを湖へ?」
アルベルト様の声のトーンがぐっと下がると同時に体にピリッと刺激を感じたのは彼の魔力の波動だろうか。
サラ様の表情も一瞬で固くなるのが見えた。
「はい、ラルフを追っていたらこの湖に辿り着いてユミル様にここに……」
話す内にピリッとした感覚が強くなり、最後の方は声が掠れてしまった。
「で、でも! サラ様に会えましたし、この湖にはなんとリアンの矛があります」
「リアンとは水の精霊王のか?」
「はい、彼は今コルタリア城の地下に閉じ込められています。 矛を持ってきてほしいと頼まれました」
簡単に経緯を話すと、アルベルト様は納得し一緒に矛を探してくれることになった。
「さすがだね、矛の気配が分かるのは人魚でもそういないよ」
話を聞いていたサラ様が意味ありげに言い、彼女も行動を共にしてくれると言う。
「けれど、こんなに視界が悪くては難しいな……」
アルベルト様がそう呟くが、私には普段以上に視界がクリアだった。
日の光が僅かにしか届かない湖の底のはずだが、何故か数メートル先の岩の形まで正確に捉えることができる。
これが人魚の力なのかもしれないと思いつつも、自分が人ではなかったことを改めて自覚すると少し寂しくなる。
けれど今は凹んでいる暇も考えている時間もない。
「私には見えます、サラ様も分かりますよね?」
「もちろん! でもね、ここってそんなに広くないし矛の気配も感じるんだけど、実際に見たことないのよね~」
「こんなに強い魔力を放っているのにですか?」
「だから言ったじゃないの、矛の存在を感じ取れる子なんて早々いないのよ……。 って! 話聞いてる?」
サラ様はそう言うが、矛に意識を集中すると私にはどこにあるか何となく分かる。
リアンと同じ冷たく、とても澄んだ神聖な魔力。
導かれるように尾びれを揺らし湖をしばらく進むと、私たちの数倍以上ある真っ白な一枚岩が姿を現した。
近付こうとすると見えない蜘蛛の糸のようなものが手に引っ掛かるので、払いのけるとサラ様がギョッとした表情を見せる。
滑らかで傷1つない美しい岩に触れると急に魔力が体に伝わり、その強さから高揚感さえあった。
「やっぱりこれよね」
「サラは知ってたのか?」
「知ってたも何も、そもそもここ周辺結界が張ってあったのよ? マリが何となく手で払ったら一瞬にして消え去ったわ」
恐ろしいものを見るような目をこちらに向けるのは止めて欲しいが、私は気付かないふりをして岩に触れる手に集中する。
確実にリアンの矛がある。
一見鋭く冷たい魔力だが、触れていけば深い海を思わせる青、たゆたう波、そして一瞬だったが私と同じ水色の髪を持つ女性の姿が頭の中をよぎる。
そして次に見えたのは、あの地下室にいるガラス玉の中のリアンだ。
傲慢さなど欠片もない、眉根を寄せ今にも泣き出しそうな弱々しいリアンの姿は美しくそして儚い。
今すぐ側にかけよって、その弱々しい背中を抱きしめてあげたかった。
耳元で愛を囁いて、少し照れる貴方の横顔に口付けを贈りたい。
誰が、誰に?
「マリ、何を言っている?」
ハッと気付けば2人が私を心配そうに見つめていた。
アルベルト様が私の手をそっと握るが、今すぐにでも振りほどきたい感情があった。
「マリ大丈夫? あなた急に泣き始めて、とても愛しげにリアン様の名前を何度も呟いてたわよ。 まぁ、分からなくもないけどね」
私もリアン様大好きよと納得しながら、サラ様が私の肩をポンポンと叩く。
私はその強い彼の魔力に惹かれてしまったのだろうか。
けれど、あの想いはでは私のものではなく誰かの想いだった気がする。
そして最後に頭に流れてきた言葉があった。
「リアン・ラ・ベル・メール」
ふと呟くと、アルベルト様が目を見開く。
「どうして君がその名を? それは各国の王家しか知らない精霊王の名だ」
「私も知らなかったわ! 素敵ね~」
驚くアルベルト様の隣で、サラ様が手を頬に添えながらうっとりとした表情をしているが私はそれどころではなかった。
急に矛のある岩から猛烈な魔力が放たれた。
2人が分からないことに焦るが、とりあえず再度岩に両手を当ててみる。
先程のような気分にはならず意識もしっかりしていることに安心した束の間、急に触れていた岩が綺麗に真っ二つに割れて中から金色に光る矛が現れた。
その存在感は凄まじく、アルベルト様とサラ様も耐えるようにして矛を見つめる。
ピリピリとかそんな可愛いものではなく、ビリビリと目に見えて湖の水が震えている。
矛の光が更に強まり、直視することが出来ない。
「このままだと国に影響が出るかもしれない!」
確かにアルベルト様の言う通り、魔力の存在感はこの湖だけの問題では済まなそうな勢いだ。
意を決して矛に手を伸ばそうとする私の肩をアルベルト様が強く抱いてくれる。
サラ様も自身の魔力を私に授けてくれるのを感じた。
手が痺れて痛みさえあるが、構わず輝く矛を無理やり両手でしっかりと握る。
「とりあえず、抑えてみます!」
敵うはずもないと分かりつつも、自分の魔力で矛を抑えようと力を注いでいく。
すると矛は更に光輝き、目の前が真っ白になっていった。




