過去の記憶2
アルベルト視点
城の仕事が片付き、マリを追いかけコルタリア砂漠を抜けた時だった。
急に身体が熱くなり、息も出来ぬほどの胸を突き上げる痛みが襲う。
地面に横になれば少し楽になったが、動くことはできない。
従者達が、毒か、敵襲かと慌てているが1人私に治癒魔法をかける者がいた。
フードを深く被り顔は見えないが、注がれる魔力からすぐに分かる。
「……フォンテ」
"大丈夫、すぐに落ち着くよ"
マリに付き添っていた彼女が、どうしてここにいるのだろうか。
"精霊王の魔力がマリを助けてくれるけど、アル王子を助けられる人はいないと思って。 間に合ってよかった"
虚ろう意識の中でフォンテが頭の中に直接語りかけてくる。
"力が戻ったらお願い、急いでマリのところへ。 混乱してると思うから助けてあげて"
何のことだか分からずにいると、不意に幼少期の記憶が次々に甦ってくる。
金の瞳を持った人魚の女の子、自分達を飲み込もうとする黒い海、そして愛する母。
気付けば頬が濡れていて、身体が随分と楽になっている。
「助かったよフォンテ、これは一体……」
"時間がないから簡単に言うと、マリが記憶と魔力を解放したの。 彼女は今、コルタリア湖の底にいる"
「コルタリア湖ということは……、まさか!」
コルタリア湖、別名を水乙女の湖と言う。
長年雨が降らないコルタリアが、雨乞いの儀式の生け贄として少女達を沈めていると有名な所だ。
"エミル様はマリを守ってくれようとしたんだけど、ユミル様が……"
一瞬フォンテの表情が歪み言い淀む。
"ラルフの手伝いもあって、ユミル様がマリを湖に落としたわ"
フォンテがその名前を口にしても私は驚くことはない。
城の仕事もほとんどそれに関してのことだったからだ。
「あ、あのアルベルト王子」
私とフォンテが話していると、しばらく様子を見ていた側近が遠慮がちに話しかけてくる。
「どうした?」
「顔色が良くなりましたが、体調はいかがでしょうか?」
「あぁ、この者のおかげで助かった」
「左様ですか、急に倒れられたので驚きました。 様相もお変わりになられて一体何があったのでしょうか?」
様相とは?
何のことか分からずにいると目の前にいるフォンテが私の髪を指差す。
見れば、金色に輝く自分の髪が目に入った。
金の髪は王家の印。
そして、魔力を持つ証だ。
「これは……」
どこか懐かしい髪色に見とれていると、フォンテが急かすように私の服を引く。
"あの、完全に記憶が戻ってない所悪いんだけど私と来てお願い! マリが心配で……"
「そうだったな、行こう! 案内を頼む」
私が起き上がり、馬に乗ろうとするとすぐ様フォンテに止められる。
"違う、違う! 私の魔法で飛んでくの、従者さんたちー! コルタリア湖に早く来てね"
フォンテは従者に告げるとそっと私の手取った。
すると目の前が急に真っ白になり、水音が聞こえたと思えば私たちは湖の中にいたのだった。
そして目の前には身体を丸め苦しそうに耐えているマリの姿が飛び込んでくる。
彼女に尾びれがあっても全く驚かないのは、甦った記憶のおかげだろう。
「アル……」
マリは私を視界の端に捉えると、息も絶え絶えに名前を呼んだ。
懐かしいその呼び名に心が震える。
"真珠から解放した魔力を抑えようとしているんだけど、アル王子手伝える?"
フォンテが今にも泣きそうな顔で私にすがる。
記憶と魔力が戻った今、どうすれば良いか分かっていた。
そっとマリの体に触れると、氷のように冷えきっていた。
たまらず抱き締めると彼女から小さく息がもれる。
「遅くなってごめん」
唇に触れれば、彼女の中で魔力が渦巻いているのが分かった。
古から魔力を扱う国では、唇を重ねることは特別な意味を持つ。
それは誓いであったり、呪いであったり、魔力の受け渡しであったりと様々だ。
マリとは仮初めでも婚約の儀を交わしているためか、彼女の中にある大量の魔力を預かることがたやすくできた。
真っ青だった彼女の頬に赤みが戻ってくる。
「アルベルトさま……」
息を乱しながら私の名を呼ぶマリに、更に深い口付けを贈ると、どうやら正気に戻ってきたらしく私の胸を押し返そうとしている。
「ちょっ、もう……!」
これ以上は可哀想になり名残惜しげに離れれば、恥ずかしそうに両手で自分の顔を隠すマリ。
「体は楽になったか?」
「お、おかげさまで……」
「良かった」
「……はい」
私達の気まずい雰囲気を打ち消すように、真っ赤に燃える髪を乱しながら1人の人魚が目の前に現れる。
「もしかして、アル王子? うわぁ、まさか会えるなんて!」
髪と同じ色の深紅の尾びれを嬉しそうに揺らしながら、彼女は私の手を握る。
「サラか? いや、だが君は水乙女に選ばれて……」
「はい! 生け贄になって湖に沈められたら、たまたま水の精霊王がいらっしゃって人魚にしてもらいました」
「そんなことが精霊王にはできるのか? まぁ確かに、そうでないと説明がつかないか」
「悔しさで天に昇れずにいる魂だけの私を、リアン様は救ってくださったんです」
そう言って私を見る彼女の瞳は、更に赤く染め上がる。
年に1度コルタリア国の祭に合わせて来日する度、エミルとサラとはよく交流があった。
太陽のように明るく無邪気なサラは国民思いで、皆から愛される少女だった。
私のことを本当の兄のように慕い、彼女とは婚約の話も上がっていた。
そのくらい仲が良かったのだ、あの日が来るまでは……。
「コルタリア王国で反乱が起きた、しばらくは足を運べなさそうじゃ」
父上がぽつりと呟いた。
コルタリアは雨が降らず国民が飢えていることから度々暴動が起きることがあり、その際王が変わることもあった為ヴェルナードは支援を送るか迷っていた。
暴動がやっと治まったという知らせを聞いたのは、それから数ヶ月後のことだった。
そしてすぐ、王が代わったこと、サラ亡くなったと知る。
もう10年前以上の話だ。
彼女は私が最後にあった時のままの、まだあどけなさの残る少女の笑顔で私に微笑みかける。
「また会えるとは思わなかった」
何と声をかけて良いか分からず、思わず本音が漏れてしまう。
そんな私の呟きに彼女は少し切なげな表情を見せる。
「そんな泣きそうな顔をしないでください。 これでも結構楽しくやってるんですから、ほらほらアル王子のお姫様が困ってますよ?」
サラが冷やかすようにマリを指差すと、彼女はまだ混乱しているのか私から背を向けてまだ顔を手で隠している。
流れるように腰まで伸びた水色の髪に純白の尾びれを揺らめかせているマリを改めて見ると、本当に彼女が幼き頃に出会った彼女だと実感する。
「マリ?」
名前を呼ぶが返事はない。
「マリーナ・ティレニー?」
そう懐かしい彼女の本当の名を呼ぶと、彼女が息を飲む音が聞こえた。




