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ヴェルナード王国3

 私はアルベルト様に俗に言うお姫様抱っこをされながら、しっかりと腕の中に包まれている。彼の腕は力強く、でもどこか優しさを感じさせるような温かさがあった。


 廊下に敷かれた質の良い絨毯が足音を吸い込み、静かで落ち着いた雰囲気が漂っている。豪華な装飾が施された廊下は、王家の威厳を感じさせ、少しだけ気圧されそうになる。足元からは温かな光が差し込み、天井には美しい絵画が描かれていて、まるで別世界にいるようだ。


 アルベルト様の顔がこんなにも近く、彼のスカイブルーの瞳が私をじっと見つめている。澄んだ空のようなその瞳は、どこか神秘的で魅力的だ。視線をどこに置けばいいのか迷ってしまう。


 整った顔立ち、彫刻のような鼻筋、絵に描いたような完璧な顎のライン――まさに「王子様」という言葉がぴったりだ。こうして間近で見てしまうと、息を呑んでしまう。

 難しそうに眉をひそめていたアルベルト様が、ふと口を開いた。


「体調はどうだ?」


 彼の声が、私の耳元に柔らかく響く。心配そうに顔を近づけられると、思わずドキッとしてしまう。


「だ、大丈夫です! おかげさまで、だいぶ楽になりました!」と、慌てて答える。


「そうか、良かった」


 彼は少しだけホッとしたように微笑み、でもその笑顔はすぐに消え、真剣な表情に変わった。


「急な話だが、これから私の両親に会うことになる。正式な謁見だ」


 その言葉に、私の心臓が少しだけ早く打ち始めた。彼の両親――つまり、この国の王と王妃に会うことになるのだ。


「アルベルト様のご両親ですか……」


「この国の王と王妃だ。そう固くならなくても大丈夫と言いたい所だが、念のため私の指示に従って欲しい」


 彼は真剣な眼差しでそう言い、私もその目の奥に込められた決意を感じ取る。その真剣さに、私は自然に頷いてしまった。


「わかりました」


 彼は切実な口調で続けた。その真剣な眼差しを前に、私は自然と頷いてしまう。


「助かる。さぁ、もうすぐだ」


 長い廊下の先に、煌めく真っ白な扉が見えてきた。天井まで届くその巨大な扉は、青や青緑の宝石が散りばめられ光を反射して輝き、まるで神殿のように荘厳で、思わず息を呑んでしまう。


 その扉の向こうには、王と王妃、そして彼らの前に立つであろう人々が待ち構えているのだろう。そう考えただけで胸が苦しくなる。


 ふと、緊張感の中で我に帰る。

 こんな姿で入場してしまっていいの? お姫様抱っこなんて、普通じゃない。このまま登場して、私はどう思われるのだろう。

 第一印象がいかに重要か、社会人になってからよくわかっている。今ならまだ間に合うからアルベルト様に下ろしてもらおうか?


 頭の中で色んな考えがグルグルと考えていると、ふとアルベルト様と目が合う。


「マリのことは、俺が必ず守る」


 その言葉と共に、彼の腕が強くなる。



 ギギィィ―――


 そんなことを考えているうちに、重厚な音を立てながら、扉がゆっくりと開かれ始めた。どうやら、私があれこれ考えている間に、もうその時が来てしまったようだ。


「――大丈夫か、マリ?」


 アルベルト様が、心配そうに私を見つめる。彼の眼差しに、少しだけ胸が温かくなる。

 私はゆっくりと頷く。


「えぇ、大丈夫です」


 もう、腹を括るしかない。というか、もう逃げる術はないので諦めに近い気持ちだ。

 私が不安がっていると思っていたのか、アルベルト様は少し驚いたように私を見つめたが、すぐに表情はなくなり前を見据えた。


 会場に足を踏み入れると、まず目に飛び込んできたのは、眩いばかりのシャンデリアの光だった。その煌めきに一瞬目を奪われ、少し目を細めると、深海のように深い青色の絨毯が広がっているのが見えた。

 絨毯の先には、威厳を感じさせる装いをしたアルベルト様の両親が、堂々と玉座に座っている。


 彼らの背後には、厳しい表情を浮かべたアルベルト様の兄、レオナルド様が控えている。彼の鋭く冷徹な眼差しが、まるで鋼のように私の心を刺すような気がした。


 アルベルト様の2つ年上の兄、第1王子レオナルド・リグノーア様。彼の短い輝く金髪と、碧い瞳からは知的な印象がにじみ出ている。

 国の重要な役割を担い、王様に助言を求められることが多いと、アルベルト様がここに来る途中に教えてくれた。彼の存在が、さらに場の緊張感を高めているのを感じる。


 絨毯の脇には、剣を携えた兵士たちが立ち並び、その姿勢はまるで一本の鋼のように真っ直ぐだ。厳格な雰囲気に、自然と身体がすくんでしまう。


「こちらへ」


 王様の一声が、冷たい空気を切り裂くように響き渡る。その言葉と共に、絨毯の上を歩く足音だけが静かに響く。


 アルベルト様に抱えられていることで、少しだけ心の中に安心感が湧いてきた。彼の温かい腕に包まれながら、この圧倒的な空気の中で少しだけでも心が落ち着く自分がいる。それが、何とも言えない矛盾した感情だった。


「この娘が精霊王というわけではないな」


 王様の深い溜め息とともに、落胆した様子で私を見定める。

 視線を向けるのはこの国の王、リッカルド・リグノーア様。後ろに束ねられた長い金髪は、半分ほど白髪が混じり、皺が刻まれた顔には疲れの色が滲んでいる。アルベルト様と同じスカイブルーの瞳が、少しだけくすんで見えた。


 それもそのはずだ。ヴェルナード王国では雨が降らなくなり、儀式を始めてからもう一年が経っている。 それでも精霊王の力は目覚めず、状況は変わらなかった。精霊王を呼び出す儀式には膨大な時間と魔力が必要であり、そう簡単に行えるものではないらしい。


 昨夜、最後の儀式が行われた。しかし、その後、アルベルト様の部屋から強い魔力が発せられたという知らせを受け、王様はその原因を調べるため、私をここに呼び出したのだ。


「精霊王でないのなら、呼び出すためのにえになってもらいましょう」


 突然、眼鏡をかけた栗毛の男が前に進み出て、白い手袋を付けた指でそっと眼鏡を直しながら王様に向かってそう進言した。


 ニエ? その言葉に一瞬、私の思考が止まる。


「ソレは最終手段だと申したはずだが」


 んん? 生贄!? 私が?


 心臓がバクバクと鳴り響く。動揺が止まらず、何がどうなっているのか理解できないまま、アルベルト様がぐっと私を引き寄せ、守るようにその腕に力を込める。


「我々にはもう時間がありません! この娘の魔力であれば、精霊王を呼び出すことが可能です。陛下、どうかご判断を」


 栗毛の男が更に言葉を強め、王様に決断を迫る。


「……分かっておる」


 王様は一瞬ためらったが、最終的にはローブを着た者たちに指示を出した。

 私たちと王様の間に、すぐさま青い絨毯と同じ色の祭壇が運び込まれる。それは美しく手入れされており、まるでいつでも使えるよう準備されていたかのようだった。


「大丈夫だ」


 アルベルト様が私を見つめ、スカイブルーの瞳に強い決意を込めて言う。その瞳の中には、迷いは微塵もなかった。彼の覚悟を感じ取った私は、自然と腹をくくり頷いた。アルベルト様は小さく「いい子だ」と呟き、私を祭壇の方へと連れて行く。


 祭壇に着くと、彼はまるで壊れ物を扱うかのように丁寧に私を座らせた。


“マリ、何かあったら私が助けるからね”


 肩に乗っているフォンテが優しく微笑みかけてくれる。どうやらこの子は私とアルベルト様以外には見えていないようだ。フォンテの言葉に、私は少しだけ心を落ち着けることができた。


 アルベルト様が再び王様の方へ向き直り、深く頭を下げた。


「儀式の前に、彼女に最後の言葉を……」


「うむ、許可しよう」


 王様に承諾を得ると、アルベルト様は片膝を床に着き、私を見上げてそっと手を握りしめた。そして、彼は静かに言った。


「ヴェルナード王国、第2王子アルベルト・リグノーアは、ここにマリ・コツカとの婚姻を誓う」


 その瞬間、アルベルト様の体が不意に輝き始めた。まるで内側から光が溢れ出すかのように、彼の身体が淡い金色の光に包まれ、まるで神聖な儀式の一部であるかのような神々しさを放った。契約の力が形を成しているかのようで、その光が私を包み込むように広がっていく。


「え?」


 思わず声を上げると、同時にレオナルド様の怒声が飛び交った。


「アルベルトを止めろ!」


 騎士たちが慌てて剣を抜き、私たちに迫ってくるのが見えた。しかし、アルベルト様はその光をさらに強く放ち、素早く立ち上がり、祭壇に私を組み敷く。


「な、なぜ……?」


 混乱する私を見つめながら、彼は低い声で呟くように言った。


「こうしなければ、君は生贄にされる。強引だがどうか許して欲しい」


 その言葉に、私はようやく状況を理解した。彼は私を守るために、この大胆な行動に出たのだ。


 会場はざわめきに包まれ、騎士たちは確実に距離を詰めてくる。しかし、彼らが一定の距離まで来ると、その足は突然止まった。


“ふふ、王子様、私も手伝うよ〜”


 フォンテが笑みを浮かべ、祭壇の周りを飛び回る。薄い水の壁がドーム状になり、私たちを包み込んでいく。騎士たちが剣を振りかざしても、その壁を切ることはできなかった。


「さて、マリ。君に恋人はいるか?」


「は?」


 状況にそぐわない質問に、私は思わず聞き返した。アルベルト様は至って真剣な表情で私を見つめている。


「まぁ、いても仕方ない。後で文句は聞くから」


 彼はそう言いながら、ゆっくりと顔を近づけてくる。私はそのまま彼の瞳に引き込まれ、目をそらすことができない。

 彼の黒髪が私の顔に触れると同時に、彼の唇が優しく私の唇に重なった。



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