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愛しい気持ち

アルベルト視点

 父上から俺を庇おうとするマリの姿に、胸が締め付けられるほどの感謝と愛おしさを感じずにはいられなかった。


 あの日、謁見の間で放たれた彼女の言葉。俺を信じていると言い切った、あの凛とした声。


「……っ」


 考えるよりも先に体が動き、彼女を抱きしめていた。戸惑うマリの柔らかな体温と、甘い花の香りに触れながら、「離したくない、誰にも渡したくない」と独占欲を覚える自分がいる。

 この想いは、もう、理性の鎖で堰き止めることなどできないだろう。

 マリと別れ、自室へ戻ると、ラルフが山のような書類を整理していた。


「おかえりなさいませ」


 作業の手を止めずにラルフが声をかけてくる。彼とこうして二人きりになるのは久しぶりだ。溢れ出しそうな思いを無理やり抑え込み、俺は重い足取りで執務机に向かった。


「……マリ様とはお話しできましたか?」


 不意に、ラルフが問いかけてきた。


「あぁ。少しな」


 短く答えると、ラルフはふっと口角をわずかに上げた。その微かな変化に気づけたのは、彼と長年共に歩んできたからだろう。


「……マリ様があそこまでおっしゃるとは。私も、不敬だと怒るに怒れませんでした。あんなにも真っ直ぐに、一点の曇りもなくアルベルト様を肯定されるお姿は、我々臣下から見ても……胸にくるものがありました。」


 規律に厳しく、滅多に人を褒めないラルフが、「王への不敬」を笑って許容している。


「ラルフも、マリを気に入ったようでよかった」


 俺が少しだけ揶揄うように言うと、彼は一瞬だけ間を置いて、どこか遠くを見るような目で答えた。


「えぇ、まぁ……」


 ラルフは珍しく言葉を濁した。それだけではなく、いつもは冷静なはずのその翠の瞳が、行き場を失ったように泳いでいる。

 彼は私からの視線を避けるように、慌てて手元の資料へと目を落とした。

 否定もしなければ、いつものように淡々と肯定もしない。その分かりやすい動揺に、俺は少しだけ眉を上げた。

 生真面目な彼がここまで動じるとは。それほどまでに、あの真っ直ぐなマリの存在は、彼にとっても想定外の衝撃だったのだろうか。

 少しの誇らしさと、彼女という光を独り占めできないもどかしさが、胸の奥をチリリとくすぐった。



 それから丸三日間、城を離れている間に溜まった膨大な資料と政務を片付けるのに忙殺された。


 各地の被害状況、騎士団の再編、そしてエルフ族との通商に関する予備会談。頭を巡らせるべきことは山ほどあったが、集中力は驚くほどに散漫だった。文字を追うたびに、あの夜のこめかみへの口付けの感触が蘇り、ペンを握る手が止まる。


「……マリに会いたい」


 不意に、無意識の思考が重い空気の中で口を突いて漏れた。

 会議室が水を打ったように静まり返り、居並ぶ重臣たちの視線が俺に集中する。


「ははは! アルベルトよ、これが終わればお前が抜けていた分の仕事は一段落だ。しばらく休みをやるゆえ、マリと出掛けてくるが良い」


 静寂を破ったのは、父上の高らかな笑い声だった。その隣で、バルディ宰相までもが、眼鏡の奥を細めて肩を揺らして笑っている。


「くくっ……殿下、こればかりは陛下のおっしゃる通りですな。恋の病を会議に持ち込まれては困ります。……あれほどの言葉を贈られたのです、男として早く応えになってくるといい」


 俺は顔が焼けるような熱さを覚え、誤魔化すように何度も咳払いをした。何事もなかったかのように資料に視線を落としたが、背中に突き刺さるような好奇と祝福の視線が、やけに熱く居心地が悪かった。

 会議が終わり席を立とうとすると、出口で待ち構えていたかのように兄上が声をかけてきた。


「……あの娘に会うことがあったら、礼を言っておいて欲しい」


「礼ですか?」


「あぁ。……あの娘のおかげで、フォルトナの森も、そこに住む者たちも救われた。」


 兄上の口から出た、素直で重みのある感謝に、俺は少しだけ毒気を抜かれた。だが、続く言葉はやはり氷のように冷ややかだった。


「彼女のおかげで、お前を支持する貴族も増えてきたな。……俺は別に、お前と王位を争うつもりはないが、それを決めるのは私ではない。……せいぜい精進することだ。」


 兄上は返事も待たず、翻した青いマントを風になびかせて去っていった。

 魔法を使えない俺が王位を継ぐことなど、誰も想像だにしなかった。俺自身が誰よりそれを諦めていたからだ。


「……王、か。忙しくなりそうだな」


 独り言のように呟いた言葉は、自分でも驚くほどすんなりと胸に落ちた。

 あの日、マリが俺の存在を全力で肯定してくれたから。

 魔法が使えないという欠落を嘆く時間はもう終わりだ。

 彼女が隣にいてくれるなら、俺は俺なりのやり方でこの国の頂を目指そう。


 ――頑張るしかないな。


 そう決意を固めると、体中の熱が少しだけ高まったような気がした。


 それから三日。ようやく南庭園の入口で彼女を見つけた。

 マリは柱の影で、城の研究者らしき男と向かい合っていた。男が興奮した様子でマリの手を両手で握りしめ、何事か捲し立てている。

 不安げに揺れる、金の瞳。


 その姿を見た瞬間、頭の中で何かが音を立てて切れた。カッと血が上り、理性が吹き飛ぶ。

 俺は無意識に腰の剣の柄に手をかけそうになりながら、二人の間に割って入った。


「……彼女に何か用か?」


 声をこれ以上ないほど低く沈ませ、隠しきれない凄みを利かせる。男は弾かれたように手を離し、真っ青な顔でその場にひれ伏した。


「ヒッ……ア、アルベルト様! 失礼いたしました!」


「アルベルト様、この方はただ、私に尋ねたいことがあっただけで……」


 なぜ、マリがこいつを庇うのか。理不尽な苛立ちが止まらず、俺は彼女の細い手首を掴むと、返事も聞かずに庭園の奥へと連れ出した。

 秋の色に染まった庭園は、赤や黄色の花々が静かに燃えるように咲き誇っている。

 いつものベンチに彼女を座らせ、俺もその隣に、逃げ場を塞ぐようにして深く腰を下ろした。


「……あの、さっきの人は、私が持ってきた苗が食料難の助けになると喜んでいて、詳しく聞きたがっていたんです」


「手を握る必要はあったか?」


「え? 手を……?」


「……君の手を、執拗に握っていただろう。」


 自覚がないのか。俺は苛立ちを紛らわせるように、彼女の柔らかな掌に自分の指を割り込ませ、指を絡めて強く握りしめた。


「……そんな風には、握っていませんでした」


「知っている。俺の握り方は、逃がす気のないものだ」


「ア、アルベルト様、変です。私、どうしたら良いか分からない……」


 耳まで真っ赤にして視線をそらすマリ。その愛らしさに、胸の奥で制御不能な衝動が暴れ出す。三日間、彼女に会えなかった反動は、俺が思っていたよりもずっと重い。


「明日、街へ出かけないか。……二人きりで、ゆっくり話をしたいんだ」


 これ以上逃がさないように、静かに、けれど有無を言わせない響きを込めて告げる。マリは困ったように眉を下げて、消え入りそうな声で答えた。


「……恥ずかしいこと、しないなら」


「それは、マリの反応次第だな」


「っ! もう!」


 慌てる彼女が愛おしくてたまらない。俺は絡めた指の力を緩めないまま、彼女の小さな掌を自分の方へと引き寄せた。

 驚いて顔を上げたマリの瞳が、金色の光を散らして揺れる。俺は彼女の目を見つめたまま、その白く柔らかな手の甲に、ゆっくりと自分の唇を寄せた。


 ――チュッ。


 静かな庭園に、わざとらしいほどはっきりとした秘めやかな音が響く。

 マリの指先がピクンと跳ねた。肌に触れる熱い吐息に、彼女は息を呑んで硬直している。


「ア、アルベルト様……っ」


「明日、待っているよ。……忘れないように、ここに刻んでおいた」

 

 唇を離し、赤く染まった彼女の指先を名残惜しそうに親指でなぞる。

 これ以上いじめてしまえば、明日のデートに来てくれないかもしれない。俺は湧き上がる独占欲を必死に理性で抑え込み、半ば強引に約束を取り付けてからその場を後にした。


 明日こそ、すべてを話そう。

 「契約」という言葉の裏側に隠してきた、醜いほどの執着と、濁りのない愛を。


 彼女はどんな顔をするだろうか。拒まれる恐怖よりも、彼女の瞳を独り占めできる喜びの方が、今の俺には大きかった。

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