災害の力を持つ者達
PCデータ吹き飛んだのでストックを使う羽目に、クソが
「さて、これで…あれ?」
シアはルミナを蹴り飛ばし、意識を落としたはずだった。
だがそのルミナは立っていた。しっかりと蹴りの威力を殺し、シアの誘惑する魔力も霧散させていっていた。
さっきまでとは明らかに違う気配。警戒自体は変わらないものの、恐怖すら感じる突き刺すような視線。そしてさっきまでとは違う目の色。
シアが別人だと判断するには十分過ぎる変化だった。
「あんまり乱暴なのは彼女に嫌われるわよ?」
「……あなた、誰?」
シアの目つきは鋭くなり、両手を前に出し掌に夥しい程の魔力が集まらせる。それは解放すれば一撃で町の南半分は吹き飛ぶクレーターができるであろう威力だ。
だが目の前の黒い服に変わった女には大して効かないと感じ取っていた。牽制にしかならないが、臨戦態勢として最低限の形にはなっていた。
「安心なさい。戦う気はないわ。町が吹き飛んで安住の地が消え去るのはあなたも不本意なところでしょう?」
「それはそうだけど」
余裕そうな笑みを浮かべる女にシアは姿勢を崩さない。その底知れなさがシアの災害程の強さにも匹敵するのがシアには図れてしまう。故に軽口を言えても殺される可能性があるため、警戒を緩めるわけにはいかなかった。
「ルミナはガイードが今起こしに行ってるところだから少し雑談でもしましょうか」
「いいけど……多分そろそろ」
だがそれはあくまでシア単体であればの話。シアにはたった一人だけ命すら託せる者がいた。
「シアから離れろ」
ルミナだった女の背後に、赤い槍を突き付けるローズの姿があった。その声色には殺気が充満しており、動けば貫くという意志が明確に込められていた。
「ローズ、だったかしら?早いわね」
「二度は言わない」
ローズの赤い槍が女の首筋を皮一枚切り裂く。ジュワという音と共に傷が焼かれ回復を阻害にかかる。が、突如として女から噴出した黒い魔力が首そのものを覆い、斬り焼かれたはずの傷が一瞬にして消え去った。
二人にはニタリと笑う女の笑みは馬鹿にしているにしか見えない。だが戦えば死闘になると直感していた。
そしてその直感は正しいものだと答えが告げられた。
「ええ、安心しなさい。手を出すつもりはないわ。それにしてもその魔力…まさか、赤い羽根から借りたのかしら?」
赤い羽根。それはルミナ達がここに来た理由であり……ローズが主と呼ぶものの名前である。災害獣の中でも最上位に位置する戦力を保持する赤い羽根は、他の災害を支配するような災害ではない。一体の災害であらゆる災害を破壊する災害だ。
かの災害が唯一部下のように扱うローズは、力を貸し渡されている。それは赤い羽根からすれば1%どころの数値ではなく、0がいくつも付く程であり正確に表すには余りにも少なすぎる力だ。
だがそれだけでも扱うのに万年という時間がかかる程のもの。もちろん、知っている者はそうそういない情報なのだ。
それを知っている。それだけで恐ろしいほどの戦力を持っていることは明白だった。
「……!どこでそれを!?」
「え、嘘。ホントに?人辞めないと超えられない試練超えたの?」
その言葉に思わず目を見開くローズ。確かに女の言う通り、ローズが赤い羽根の下につくために超えた試練は人の領域のものではなかった。
そしてかつて赤い羽根は力を借りるための試練を超えたものはいないとローズに言っていた。故に試練という存在を知っていること自体が信じられないことだった。
「貴様何者だ!何故知っている!?」
「それは赤い羽根に聞きなさい。ルーナについて教えて、とそう言えば喜んで教えてくれるから」
ルーナ。それが相対している女の名前だと二人は認識し、自身の過去にいないかと思考を加速させる。ローズには誰なのか見当もつかなかった。が、ローズよりも勘の良さという点では上を行くシアには一つだけ微かな心当たりがあった。
それはかつて二人が挑んだ災害獣の存在。それも、二人よりも格上だった災害獣が、トラウマを刻み込まれていた存在の一人だ。
「ルー…ナ…?ドワーフ…。…ねぇ、あなたの武器は何?」
「これだけど」
ルーナが軽い言葉と共にゼルを大槌形態で展開する。そこに込められている力はキグンマイマイを倒したときと変わらない――否、それ以上のものとなっていた。
だが内包している力にではなく、その形状にシアは動揺と驚きを隠せなかった。それはかつて、敵対した災害がトラウマとして再現し、自らに降り注がせた形状とほとんど同じものだったからだ。
「嘘、でしょ?ローズ、戦う意味は無いみたい」
だが同時に安心もしていた。かつての敵の、敵なのだ。味方であるかは別だが、敵対する必要は特にないことが分かった以上、戦う必要もない。
警戒を薄れさせ、掌に集めていた魔力を霧散させる。ローズはその様子を見て動揺を目に浮かべるも、首スレスレまで突き付けている槍は動く気配はない。
「え、シア?」
「あの武器は見たことがある。私たちがかつて戦った敵と敵対していた武器だと思う」
「……分かった」
シアのその言葉でようやくローズは突き付けていた槍を下ろした。その瞳から突き刺すような殺気を隠さずに。
それが分かっていると言わんばかりにルーナはチラリと後ろを向く。その仕草が二人には忌々しくも見えた。
が、底知れない存在はそこまでだった。
「っと、時間みたいね。それじゃルミナに替わるわ」
「「え」」
漆黒のドレスがワンピースのような服へと変化していく。同時にルーナの瞳に灯っていた紅い魔力がその中に消えていく。
クタッとした様子になったルーナに戸惑うも、戦う意志がないからなのかと疑ってかかる二人。ルーナの底知れなさという存在を刻まれている二人には、ルーナの前にいたルミナという存在がどんな者だったのかを即座に思い出せなかった。
同様に、ルミナの下に向かってきている者がいる、ということにも。
「ルミナ!」
空から地面に罅がはいる勢いをして、ミグアがローズの槍を踏みつけるように降ってきた。ローズがハッとして数歩下がり、そこでようやくシアとローズはルミナ達の元々の目的を思い出した。
「ん……ミグア?私は一体?」
ミグアの言葉に目覚めるルミナ。ルミナの最後の記憶はシアと相対していた時であり、何が起きているのかを把握できていなかった。
もっとも、生きている以上ルーナあたりが何かしたのだろうと無意識下で予想していたが。
「あの二人に倒されかけてた」
「二人?シア一人じゃなくて?」
ミグアの言葉に記憶から来る疑問をそのままぶつける。ルミナがシアの方を、ミグアがローズの方を背中合わせに向いているが、シアとローズがばつが悪そうな顔をしていた。
当然のことだ。二人はルミナと戦闘と言えるほどの戦いをしていないのだから。今はルーナから切り替わったところで意識が落ちたという時であり、ミグアが到着したタイミングが悪かっただけなのだ。
「ローズ、シア。二人が街中にいる二体の災害?」
ミグアが確認をとる。ルミナがコクリと頷くと、めんどくさそうな顔をシアたち二人はしていた。正しく伝えられていないから敵対されること程面倒なことはないのだから。
しかもそれが下手な災害獣なら軽く討伐出来る程の戦力なのだからなおさらだ。
「私たちは災害獣ではないけれど?」
ローズの言葉に横から割り込む声が、シアとローズ二人の背後からそれぞれ飛ぶ。
「それを判断するには材料が足りない」
「ええ、まったく」
そこにはディーエにカティナの姿があった。ミグアが到着したのだから、二人が位置的に到着していてもおかしくないことだった。
そして二人が着いたということは、もう一人が着いてもおかしくないという意味でもある。
「まぁ、交渉できるならそれに越したことは無いですけどね」
屋根の上からデルスの声が届いた。これでルミナ達の作戦が成功し、カティナとデルスはどこか笑みを浮かべているようにすら見えた。
「私たちは戦う気はないのだけれど……悪目立ちさせられたらイラつくものでしょう?」
「それで見つけたルミナを殺そうとしたと?」
デルスの敵意を込めた言葉に呆れたような顔をするシア。それはデルスという戦力を正しく理解できているからこその態度だった。
「殺す気なんてないわ。その証拠に、ダメージはそこまで大きくないでしょう?」
全員の目がルミナに集中する。さっきまでクタッとしていたのが嘘のようにいつも通りの姿になっていた。ダメージという意味では既に無くなっているといってもよかった。
とはいえルミナが蹴り飛ばされたのは事実。そしてその威力が分からない程ルミナは弱くなかった。
「デルスがしばきで首に手刀打ったらこんな感じってくらいかな」
「それ高位軍人レベルじゃなかったら死ぬやつですよね?」
ディーエから突っ込むような声が届くも、デルス本人とその力を知るカティナはダメージがどれくらいか伝わっていた。
何よりデルスはルミナの力がルミナ本人だけからくるものではないことを知っている。ガイードやルーナといったルミナ本人よりも遥かに強大な力を内包しているのだ。
それらから出た結論は、ルミナの力を二人が誤認してもなんらおかしくない、だった。
「……ガイードを考えれば確かに大きくない」
「ルミナの力量を見誤ってたという意味なら謝るわ。内に眠る力が私たちと比べてもそこまで差がない程に大きい。コントロールできて当然と思うのは仕方ないことじゃない?」
それはお前ら視点での話だろうと言いたいデルスだが、ぐっと言葉を飲み込む。上位存在が力をコントロールできない訳がないのを下位に押し付けるのは理不尽にすら近い。
「デルス、殺されるって意味なら話してたときからそんな気配はなかったから……大丈夫だと思う」
「話してる感じここで暴れられると私の町が消えるから止めてほしいんだけど?」
煽りとも取れる言葉を受けたデルスだったが、ルミナとカティナ二人の言葉が動きを押しとどめた。考えるでもなく当然の事実であったため、無理な動きをとる必要もないのだ。それが交渉の時に有利になるかもしれないが、相手を考えればやるべきではない。
「はぁ…それでは話しますか。危害を加える気がないのならそれに越したことはないのですから」
そこまで思考を加速させたところでデルスは敵意を向けるのを止めた。交渉の有利という意味では戦いにならなければそれでいいのだと自分に言い聞かせて。
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