異世界は彼を試す
圭介の視点に移ります
人間国の王城、その広間。そこにドサリと倒れる圭介の身体があった。
「はっ!はっ!っ!!」
圭介は倒れた身体でこれまでの人生になかったほどに息を吸い込もうと足掻く。
身体が鉛になったかのように重い。息が苦しい。息をしているにもかかわらず身体が遮っているかのようにすら感じられる。
「zdaratbafdfas!!」
「っっ!!はっ!何っをっ」
ぼんやりとした視界に映るのはローブを纏った老人の姿。RPGとかでしか見たことのない恰好だ。
何を言いたかったのか知らない、今は身体がまともに動かないことが全てだった。
「っがっ!ぁ!」
あまりにもパニックな状態になったら深呼吸をして落ち着くべきだが、ほんの少し息を止めたから分かった。
空気がまともに吸えていない。息ができないこと以外の痛みが全くないから五体満足なのは間違いない。だが不快感もひどい。内臓とかが大丈夫じゃないかもしれない。
老人たちが何かを俺の近くに放り投げる。ぼんやりした視界では明白に見えないが、何か棒のようなものが5本近くに投げられた。
これのどれかを掴め、ということだろうか。だが一番近いものですら這って近づかなければ触れることができない。
彼らが何者かわからないが、それが助かる方法だというなら縋るしかなかった。
「っ!はっ!」
ズズ…と身体を這うように無理やり動かす。そしてそれが正解だったのはすぐに分かった。
這ってほんの少し近づいただけというのに、息がほんの少し軽くなったように感じた。息だけではない、鉛のようだった身体もほんの少しだけ軽くなる。
「は…っ」
またほんの少しだけ這って近づく。安定して息ができるわけではないが、さっきまでは水の中にいたも同然だったことを考えれば、2分おきに息ができるような状態だ。だがそれでも限界状態に違いはない。
「っ―!」
限界の身体を無理やり近くへ這わせる。火事場の馬鹿力というやつだろう。さっきまでがいつもの一歩歩く分なら、5歩分は近づいたと言える。
だがそこまでだった。息が続かず、意識は再び暗闇へと落ちていく―
―はずだった。
(手を…伸ばせ…)
「……?」
まるで頭の中に直接響かせたような声が、暗闇に落ちる俺の意識を少しだけ繋ぎとめた。
だが息は続いていない。身体は重いまま、まともに動かせるのはせいぜい手を伸ばすことくらいだった。
意識はもはや無いに等しい。だが脳裏に残る言葉が手を伸ばさせる。…何かにカツンとあたった気がした。
限界まで手を伸ばした俺は、今度こそ意識を暗闇へと落としていった。
手を伸ばした先に、彼ら魔術師たちに神器と呼ばれた腕輪があることに気づかないまま。
圭介は気が付けば白い光の中にいた。
「ここは?。……息ができる!?」
言葉に出してから気づく。さっきまで息ができない上に身体が鉛のように重かったのに、ここではそんなことは全くない。
視界が全て真っ白に埋め尽くされており、何かが見える気配も全くない。
別の場所に移動したのだろうか?。空気が肌に触れる感覚がさっきまでとはまるで違う。服を着た水の中から抜け出して、春一番の季節になったみたいだ。
(気が付いたか)
「っ誰だ!?」
頭の中に何かの声が響いた。
耳から聞こえた感じじゃない。意識に直接ぶつけるような、瑠美たちと喋るときと全然違う気味の悪い感覚だ。
真っ白だった視界に徐々に影が現れていく。クリアになった視界には腕輪が一つ、空中に浮かんでいた。
(誰……そうだな。まず私はお前の知識で言うところの生き物ではない)
「生き物てか腕輪だしな。俺の知識?。何を言ってるのかさっぱりだ」
(……それでいい。知りたいことは魔力を通じてくれてやる)
「魔力?何だそれは?話が通じてる気もしないが」
(だがここで今伝えねばならないことが二つある)
さっきから話が通じていない。俺のためになることを話してくれているつもりなのかもしれないが、あまりにも怪し過ぎて信用する気にもならない。
(一つ。ここにいたこと、ここで話したことは瑠美以外の誰にも伝えてはならない。)
「待て。瑠美だと?。瑠美に何かしたのか!?」
こいつは話を聞く気もないだろうが、叫ばずにはいられなかった。
なぜこいつが瑠美のことをどうやって知ったのかそんなことはどうでもいい。だが瑠美を知って、何かしたのかしようとしているのか、それ次第だ。
(二つ、瑠美のことを想い続けろ。)
「はっ?」
想像の斜め上の台詞に怒りに囚われかけた思考が完全にストップする。
俺と瑠美は幼馴染だし友達と言える関係だ。想い合うというのもある意味では間違っていない。
だが聞こえた声はまるで恋人同士のような―否、夫婦ともいうべき関係性を意味しているようにしか聞こえなかった。
「俺と瑠美はそんな関係じゃない」
やはり俺の言葉なんぞ知ったことではないと言わんばかりに腕輪は話を続ける。
(危険などというにはあまりにも……、一度や二度の死でさえもまだほど遠い。それほどに塗り潰される恐れがある)
「さっきからよく分からんことばっかりいいやがって……どういうことだよ!おい!」
(お前の中から瑠美が消える。それだけは避けねばならん)
「俺の中から瑠美が?。……忘れるってことか?。あるわけないだろ!」
ようやく意思疎通ができたかと思えばありもしないことをほざきやがった。
俺が瑠美を忘れるなんてことがあり得るわけがない。十年以上も近くにいたんだ、そんな人を忘れるなんて、自身の記憶がぶっ壊れるも同然のことでもない限りあり得ないだろう。
(想い続けろ。ただただ瑠美のことだけを。死せども絶対に忘れぬと、絶対にお前と一緒になると)
「随分と重いな」
(例え世界が自分一人になっても見つけ出すと、自身の身体が滅びようと隣にいると)
「……あんた。俺たちのことを心配してくれてんだな」
返事はない。けれど、これだけ念押しするような言い方が既に言いたいことは言ったと語っている。さっきからこいつが言っていることは瑠美のことを想い続けろ、それだけだ。さっき倒れたところに瑠美がもしいたら、なんて考えると心配してくれることは馬鹿にできない。
怪しい腕輪だと思っていたが、存外いい腕輪?なのかもしれない。
「俺のことか、瑠美のことか、どっちが大事か分からないけど……あんたはそう思ってくれてるとみていいのかな?」
(時間切れか)
「うっ!?」
急激に身体が重くなる。だがさっきのところにいた時みたいな鉛のような重さではない。
疲労が溜まってベッドから身体が起き上がれないときみたいな、どこか心地いい感覚。それも今までの人生で味わったことのないレベルのそれ。
睡魔が襲ってくる。俺の眠ってはダメだという抵抗も小さな波が大きい波にさらわれるように消えていく。
「瑠美……。る……み……ぅ…ぃ」
そのまま、俺の意識は再び暗闇に落ちていった。
そして意識が消える直前、残響のように残った声が一つ。
(かつての俺が力になろう)
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