赤い羽根の呼び出し
ルーナ視点です
ザディアスが転移したディアインの外周部にルーナとデルスはいた。転移跡に残った情報からザディアスを追って転移したのだが、既にそこにザディアスはいなかった。
広範囲に展開した魔力感知にはコルドークに高速で向かっているのが捉えられた。
転移しないのはコルドークにいる戦力が不明だからか、戦力が分かっていて転移した時の不意襲撃が起きるのを恐れているからだろう。あそこにはローズ達がいるのだ。ルーナでさえ危険視する存在がいるのだから、ザディアスも同じように考えてもおかしくはない。
「ここからコルドークに向かっているようね」
「追いましょう」
デルスの言葉にルーナは首を横に振る。
ルーナは装備しているガイードをバングルに収め、ゼルも指輪へと戻した。ガイードは休ませるためであり、ゼルは槌にしているだけで魔力消費がゼロではないからである。
「まずは傷を癒してからよ。あなたも私もダメージを負い過ぎてる」
ルーナはゼルによる願い行使が多かったため魔力消費が酷く、さらにルミナがいないのに魔法を二回も使っていた。ガイードもルーナ程ではないが、再現展開を突破するためにかなりの魔力を消費していた。デルスは傷跡がまだ直っておらず、回復魔術を使っても数秒では治らない傷だった。
どれもこのまま戦闘を行えば弱点として狙われるダメージである。デルスも頷かざるを得なかった。
「一分もあれば終わります」
「私もそれくらいね」
一分後、二人は立ち上がる。と、ほぼ同時に二人の目の前に火柱が燃え上がった。
火柱が誰の魔力でできているか分かっている二人は警戒していなかった。むしろこういう風に転移するのかと興味深く見ている程だ。
火柱の中から一人の人影が現れる、ローズの姿だった。
「こんなところにいたのね」
「ローズ、どうしてここに?」
もっともな疑問をルーナが問いかける。ローズはコルドーク防衛の最大戦力だ、離れる程の問題が起きたとなると非常に面倒なことになる。
ローズは溜息を一つし、用件を一言で話した。
「赤い羽根に、あなたを連れてこいって言われたの」
赤い羽根の命令。直属の部下だと知っている二人も仕方ないことだなと溜息をついた。どうしてこんな時に、という溜息だった。
「拒否権は?」
「ないわ。できると思ってるの?」
赤い羽根の力は五大種族すら燃やし尽くす、なんなら世界すら燃やせる程だ。ローズの数万倍ですら比較できない程とは、それほどの強さということだ。
それほどの強さを持つ災害獣を怒らせれば何が起きるか、考えたくもなかった。
「仕方ないわね。赤い羽根の怒りを買って世界を燃やされたくはないもの」
渋々とルーナはローズの方へと歩いていく。デルスは自身に強化魔術を展開していた。
「私はコルドークに向かいます。ザディアスを討伐しなければ」
デルスは三人でザディアスを止められるとは考えていなかった。シアの制御云々が解決できたならともかく、そうでないなら時間稼ぎがいいところだろうという見立てだ。
ルーナとローズもコクリと首を縦に振る。二人も同意見であり、奇策かかなりの無茶をしなければザディアスに対抗すらできないと予想していた。
「私もこいつを赤い羽根のところに送ったら戻るわ。あれ、かなり強いでしょ。今の状態なら私一人でなんとかなるけれど、今ならって話よ」
ローズはディアイン全域に魔力感知をかけ、魔力の残滓からザディアスの強さに検討を付けていた。それに加えてコルドークに居た時に感知した魔力から。現在のザディアスがどの程度の戦力なのか判断する。それらの情報はローズでも戦うのは今の、ルーナ達の魔法を受けダメージを負っている状態でなければ討伐はきついという結論を見出していた。
討伐できるのは今しかないから、ローズが急いでいる理由の一割くらいがそれだ。では残りの九割はというと……愛する者のためだ。
「シア……いえ、ジルクが心配なの」
愛する妻シア、愛する夫ジルク、彼らの嫁がローズ……いや、ローザリッサだ。彼らを守ることだけが生きる意味とすら言えるローザリッサは、一時たりとも離れたくないというのが本音なのだ。
ローザリッサの気持ちが分かるルーナは、何も言わない。言葉に出したところで他所の重い事情には大して意味がないと分かっているのだ。
代わりにルーナは行動で示す。心配なら話している暇はないのだと。
「ならさっさと行きましょう」
デルスはディアインから高速で地上を駆けだしていく。来た時とは比べ物にならない速度であり、あの速度ならコルドークに向かうザディアスには……追いつけない。が、三人が時間稼ぎできた最中で到着する速度ではあった。
ローザリッサは手をルーナへと差し出す。手を取れと態度で示していた。
「移動は転移して少し歩く。手を」
「はい」
軽い了承の言葉と主にローザリッサへとルーナは手を伸ばす。
二人を中心に火柱が立ち上がる。ローザリッサは当然問題はないが、ルーナに火への耐性はない。が、ローザリッサが何かしたのか、ルーナに熱さや暑さは何も感じなかった。
火柱が収まり、目の前の光景が変わっていた。
「ここは……」
「赤い羽根の居所。中々悪くない活火山でしょう?」
ディアインから東の方角、百数十キロ先にある活火山。レドラード山だった。火口を覗けば今もマグマが流れており、ゴポゴポと空気の泡が表面に出てきていた。
赤い羽根はローザリッサを見れば分かる通り、熱を操る災害だ。一言で熱と言っても規模が桁違いどころか次元すら違うレベルだが。
当然のように熱を遮断する二人。ローザリッサが一歩先を歩み、歩を進めようとする。
「で、どこまで歩くの?」
「今いる火口から数メートル降りればいいだけね」
ローザリッサの言葉に、何だそんなことかとルーナは溜息を一つついた。
「ならこうすればいいじゃない」
「あっ!?」
ルーナは火口のマグマに近い足場へと飛び降りる。同時に、まるで世界が引き延ばされて自身が極限まで薄く染められるような感覚に襲われる。
私は誰なのか、何故ここに来たのか、ルーナという存在そのものが消失するような感覚だ。倒れ込みマグマに落ちていたとしても何らおかしくない現象だった。
気力を極限まで奪われゼロを通り越してマイナス反転すらさせる。常人やただの軍人レベルなら死ぬか、倒れてマグマに落ちるか、廃人となり魂が消滅する程の……試練である。
自らを強固な意志で保ち続け、進み続ける意思こそが試練の突破方法であり、この程度で倒れるようなら赤い羽根に会う資格はないのだ。
強固な意志などルーナはとうの昔に決めていた。それに何より、赤い羽根とルーナは知り合い以上だった。
「赤い羽根の試練を私が知らないはずが無いでしょう」
足場に平気で飛び降り、赤い羽根の試練をルーナは軽く突破する。
ローザリッサも飛び降りについてきていた。申し訳なさそうな顔をしてローザリッサの口が開く。
「ごめんなさい。でも赤い羽根からの指示だったから」
「分かるわ。だって向こうは……私を知っているけれど知らないから」
ローザリッサは二人の関係は知らない。だがジルクという名前を出しても何も言わなかったルーナにローザリッサは何も言わない。
二人は親友でも何でもないのだ。知るべきでない情報は聞かないというマナーくらいはわきまえていた。
「詳しくは聞かないわ。どうせ私が知っても碌なことにならない」
ローザリッサは手をひらひらと向けてルーナの前を歩く、足場のすぐ横に洞窟があり、そこには赤い結界があった。
結界をすり抜けたローザリッサは結界の外にいるルーナへと手を差し出す。ルーナも先ほど転移した時同様に手を取った。
「手を」
「はい」
手を取ったルーナが赤い結界へと進むと、何事もなくすり抜けた。ローザリッサが身体を接し、招くことこそがこの結界に入れる鍵なのだ。
赤い結界はそこまで大きいものではなかった。直径百メートル程度であり、その中心には小さな赤い花畑があった。
ローザリッサは歩みを進め、花畑へと近づいていく。そこにいる小さな赤い蝶へと恭しい態度をし、膝をついて頭を下げた。
「お待たせしました」
ひらひらと赤い蝶はローザリッサへと近づいていく。大きさが露わになるにつれ、その姿がおかしいとルーナは気づく。
二メートルを超える羽をもった赤い蝶。見た目だけならただの大きな赤い蝶にしか見えないのだ。存在感や魔力が一切感じられないことから赤い羽根当人だと分かるものの、何かおかしなことでも起きているのかと感じていた。
瞬きを一つするとルーナの背丈より大きな羽が無くなり、手のひらに乗るほどの赤い蝶となった。姿すら見せようとしない様子に何か試練めいたものを感じる。
そこまで考えてルーナは頭から考えを放り投げる。会えたことに変わりはないのだ、ならば挨拶から入るのが基本だろうと。
「最後にこうやって会ったのはいつだったかしらね、赤い羽根?」
「あなたはもう覚えていないくらい昔ですよ」
甲高い女性の声で、赤い羽根は答えた。
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